極と赤道と気温

 前に架空の惑星の気温設定について紹介した。気温を決めるのは恒星の光度、恒星からの距離、アルベド、温室効果などだという結論だったが、実はあの方法で算出できるのはあくまで惑星の「平均気温」。惑星上の各地域が個別にどのような気温になるかというと、単純に平均気温に合わせて変化するわけではない。実際には赤道付近よりも両極地域の方が大きな気温変化に見舞われると考えた方がいいようだ。
 足元で生じている温暖化についても、地球全体で見た場合と個別地域で見た場合とでは影響度が異なっている。IPCC報告書によれば北極域の温暖化は地球全体平均の2~3倍の速さで進んできたし、これからも1.5~2倍の速さで温度が上昇すると見られている。両極にある海氷や氷雪のアルベドが高いことは前にも記したが、温暖化でこれらの氷が溶ければアルベドが低下し一段と温暖化がしやすくなる正のフィードバックが働く点も懸念されている。
 逆に言うなら、寒冷化が進む場合も地球全体より両極の方が気温が大きく下がることになる。実際、こちらの記事では直近の氷河期の気温について調べた論文を紹介しているのだが、それによると地球全体の平均気温は20世紀に比べて摂氏で6度低かったのに対し、北極海などの高緯度地方では14度も低かったことが紹介されている。掲載されている世界地図を見ると、両極に近いほど濃い青(低温)が広がっているのが分かる。
 Glacial cooling and climate sensitivity revisitedというこの論文自体は有料だが、同じ筆者の同じ題名のプレプリントは普通に全部読むことが可能だ。そこには氷河期の水面温度(SST)と地表の気温(SAT)が今に比べてどのくら低かったかを示したFigure 2が掲載されているのだが、確かにどちらを見ても極に近いほど低温になっている(なぜかシベリアの一部など現代より温度が高い場所もある)。目盛りを見ると水温は低い場合でも現在より7度低いくらいだが、気温は欧州や北米を中心に15度ほども低い場所がある。
 このプレプリントにも氷河期の気温は今に比べてほぼ6度ほど低かったと書かれている。一方で熱帯地域(緯度30度以下の地域)の気温は今より4度ほどしか下がっていないことも指摘されているし、おそらく赤道付近に絞ればもっと低下度合いは限定的だっただろう。例えば現在のシンガポールは最も寒い季節でも摂氏27度前後はあるのだが、それが4度下がった場合で23度、赤道付近だからもっと下げ幅が限定的だったして3度低下なら24度となり、熱帯の条件(最寒月で18度以上)は引き続き満たしたままだ。
 要するに地球全体の平均気温が低下したといっても、熱帯がすぐ温帯になるとは限らないわけだ。逆に寒い地域(亜寒帯)などはすぐに気温が大きく低下し、ツンドラや氷雪地帯は急拡大すると思われる。実際、氷河期には現在では温帯に入っている欧州西北部などが氷に覆われていた。おそらくアルベドも地球全体に均等に働くわけではなく、アルベドの高い高緯度地方は一段と寒くなり、低い低緯度地方はあまり寒くならないといったメカニズムも働いていたのだと思われる。
 緯度に応じて気温の低下度合いが変わってくるだけではない。おそらく降水量も影響する。例えば全球凍結時には海の大半が分厚い氷に覆われた結果、水蒸気の蒸発がほとんど起きず雨も雪もほとんど降らなかったという。氷河期の気候は全球凍結ほと極端ではないものの、それでも似たような効果はあっただろう。実際、氷河期の植生について記したこちらの地図を見ると、熱帯雨林の範囲が狭く、代わりにサバナ気候や熱帯草原が広がっている様子が分かる。
 前に惑星の気温計算サイトを紹介した時には、安直に恒星の光度や惑星の位置を変えれば平均気温が変わると紹介したが、実際にはそうした平均気温の変化は惑星各地で気候の大きな変化をもたらすことになる。単純に寒いor暑い星を用意すればいいやと思っても、実はそれだけにとどまらない影響があるわけで、もし凝った世界設定を進めたいのならそうした色々な側面について考えた方がもっともらしくなるわけだ。
 例えばシンガポールを熱帯から温帯にするため赤道付近の気温を9度下げるとしよう。直近の氷河期に赤道付近が今より3度ほど低かったとすれば、その時より3倍も気温を引き下げる必要がある。地球全体の平均気温は今より18度引き下げて摂氏マイナス4度にする必要があるし、両極地方は実に42度も下げなければならなくなる。惑星全体の平均がマイナスなのだから中緯度地方まで氷河で覆われる可能性があり、要するに赤道付近以外は極寒の地みたいな星になりかねない。
 それだけ氷が広がればさらに降水量が減り、残された地域も非常に乾燥した気候になる恐れもある。赤道付近に集中的に海があればまだ蒸発が続き、一定の降水量を確保できると思うものの、今度は「温帯で農業発祥」をするための陸地が極めて限定的になってしまう。後々の複雑な社会の発展を達成するには広い陸地が必要なのに、温帯である赤道付近に陸地が増えすぎると降水量が減って乾燥帯ばかりになるという事態が想定されるのだ。
 こうした事態を避けるには、もう少し気温の低下を抑制する方法がある。シンガポールは諦めるが、例えば最寒月に20度付近まで気温が低下するコルカタを温帯にするのだ。コルカタは北緯22度にあり、直近の氷河期並みの気温変化があれば普通に4度くらいは今より気温が下がるだろう。もちろんそれでも今より赤道付近の乾燥化が進むのは間違いないが、架空の惑星なら中緯度地方の陸地を大幅に海に変更することで一定の降水量の確保を図るのもできない話ではない。とはいえ緯度20度付近は亜熱帯高圧帯の優勢なエリア。赤道収束帯をうまく動かし、モンスーンをきちんと発生させないと、結局温帯が乾燥帯にのみこまれましたというオチになるリスクもある。
 実のところ、北半球でも1月の気温が25度以上というシンガポール並みの地域は場所によっては北緯20度付近まで存在しており、これらの地域は4度ほど下げてもなお熱帯の範疇から外れることはない。惑星全体の気温を9度ではなく18度引き下げ、北緯20度付近の気温を8度ほど下げればこれらの地域もぎりぎり温帯に入ってくるかもしれないが、効果は限定的。一方でそれだけ降水量への影響は増えるわけで、デメリットも増える。
 惑星全体を冷えさせるのが厳しいのなら、もっと安直に赤道付近で山脈や高原を東西に延ばすという方法もある。これならさしたる苦労もなく温帯エリアを赤道付近に設定できる。実際、南北20度以内の地域にはアンデス、メソアメリカ、ニューギニアという高地農業が生まれた土地があり、さらにこれらの高地が東西に延びていればその農業がより広範囲に広がることも期待できるだろう。ただし、そういった地形で暮らしている場合、馬を使うのはかなり困難。軍事革命を通じた複雑な社会の発展までたどり着けなくなってしまいそうだ。

 というわけで今回は「赤道付近に広い温帯地域がある」架空惑星を作れるかどうか検討してみた。方法はいくつかあるが、いずれもそれに伴うデメリットがあり、複雑な社会を構築するにはかなりの困難がありそうだというのが分かった。ナーロッパ世界にこうした設定を投入するのはちと厳しそう。もちろん、魔法など他の手段を使って辻褄を合わせるのはいくらでも可能だし、そもそも最初からそこまで細かい設定にこだわらなければ無問題。途中で設定が変わったとしても面白ければそれでよしという声もある。
 逆に惑星の平均気温を上げ、亜寒帯を温帯にするという方法はどうだろうか。熱帯でも多少は気温が上昇するが、高緯度地方の方が気温の上昇幅が大きく、それだけ植生が豊かになる可能性もある。というかそもそも地球では大きな氷河が陸上に存在しなかった時代もあり、地球上の広範囲で今より湿潤な気候であった。単純に農業面でのメリットを考えるなら、気温は低いより高い方がよさそうだ。
 問題は年中湿潤な気候は複雑な社会を生み出しにくいのではないか、という点。気温が上がり、氷河という形で蓄えられていた水が大気循環に加わるようになれば、水の少ない乾季を経験する地域がそれだけ減ると考えられる。これまた文明の発展にとってはマイナス要因だ。ナーロッパがどこかで見たような設定になりがちなのは、実はこうした「文明にとってちょうどいい世界」が現実の地球とほぼ一致しているから、なのかもしれない。
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