QBの選択

 NFLに限らず、最近は様々なスポーツでアナリティクスの発展が見られる。例えばサッカーだと、足元でxG(Expected Goals)という指標が関心を集めるようになっている。アメフトのEPAと似たような概念で、xGは「基本的にチャンスの質を評価する指標です。シュートを打った選手の技術的な能力やシュートの質は無視するのが普通です」という。
 実際には何種類か計算方法があるようだ。と言っても結果は似たよなものになるそうなので、おそらくそれほど細かい違いを気にする必要はないのだろう。むしろ重要なのは、xGはあくまでリーグ平均の期待値であり、個々の選手のシュート能力はそれとは別に考慮する必要がある点だろうか。チームとしてはxGを高める努力も必要だが、一方でxGを大きく上回る得点力を持つ選手を手に入れることも重要、と考えられる。
 ネット上を探すと世界各地のリーグにおけるxGを算出しているページも見つかる。例えばプレミアリーグではxGで見た得点期待値が最も高いのはLiverpoolであり、一方ディフェンス(xGA、つまり相手のxG)が最も低いのがManchester Cityであることが分かる。Jリーグの場合、xGが最も大きいのはマリノスで、xGAが最も低いのはサンフレッチェのようだ。両者の差で見るとレッズもマリノス並みに強いはずだが、xGと実際の得点との差がリーグでも最も悪く、ストライカーの質がかなり劣っている可能性が窺える。
 もちろんxGはあくまでゴールに絞ったデータであり、他の要素に注目したものではない点には注意が必要だろう。それでも単なるゴール数だけで見るよりはアナリティクス的な観点を持っているのは確か。そしてこうしたノウハウを生かした取り組みは別の切り口でも始まっており、プレミアリーグでは試合中の勝利確率(Live Win Probability)を計算し、さらにはテレビで提供するようにもなっている。アメフトに比べて試合中の流動性が高いのでプレイごとに算出するのは難しいかもしれないが、それでも面白い取り組みではある。

 で、NFL。サッカーですらアナリティクスが役立っているのにNFLでそれに抵抗する見解があるのはおかしい、とBen Baldwinは主張している。確かにNBAやMLBに比べて後塵を拝しているのは確かなんだろうが、それでも各チームでアナリティクス分野の人材登用が進んでいるのは確かで、その意味でリーグが変わってきているのは間違いない。
 実際、最近もEvaluating NFL quarterbacks’ decision-making processという、なかなか面白い分析がPro Football Focusに載っていた。QBの実力については、プレイごとに生み出すEPAやパスの成功率に注目したCPOEといったデータがよく取り上げられるようになってきているが、これらはプレイコールからQBの判断、実際のパスとレシーバー及びディフェンスの能力などといった要因すべてをひっくるめた結果を出しているものだ。このうちQBの判断についてもう少し詳しく分析できないか、というのがこの記事の狙いである。
 使ったのはレシーバーのルートごとの分析。どのレシーバーが最もEPAを稼ぎやすいかについてリーグ平均を算出し、そのうえで実際に稼ぎやすいレシーバーにどのくらいQBが投げているかを見ている。レシーバーのルートEPAに与える影響はパス成功率が最も大きいものの、他にも残り時間やFDまでのヤード数、ダウン数といった試合状況が影響するし、オープンか否か、カバーするディフェンスの能力、ルートの深さ、投げるまでの時間や距離、パスラッシャーなども影響する。と言ってもパスラッシャーの影響はカバーする選手に比べれば圧倒的に小さく、やはりパスカバーの方がディフェンスにとっては重要なようだ。
 実は最適な判断をする度合いと実際のEPAとの間にはほとんど相関がない。一方でQBの期待できるEPA選択と実際のEPAとの相関を見ると相関係数0.72(R自乗は0.52)となっており、両者の相関はかなり高い。最良のルートを選ぶ「確率」ではなく、トータルでルートEPAの「期待値」をできるだけ高めるような選択ができるQBは、実際のEPAも高く出るということだろう。個々のプレイごとに最適の判断をするより、大きく儲けられる時にきちんと正しい判断をする傾向の方が望ましい、というわけだ。
 そうした「正しい判断」の能力を見ると圧倒的に高いのがBradyで、以下Rodgers、Jackson、Staffordといった面々が続く。逆にこの数値が低いのはFoles、Brissett、Daltonなど。Mahomesはそれほど高いわけではなく、Hurtsより下でAllenより上といったところ。BurrowやHerbert、Prescottあたりの方がいい数字を残している。そしてBreesやWatsonなどはむしろ「判断の悪い」QBのジャンルに入ってくる。
 ただしこれはあくまでEPAの期待値を高める能力だ。xGが低くても高いゴール数を記録するサッカー選手がいるように、QBでも判断は悪くても実際のパスが優れているために結果的に高いEPAを記録できる選手はいる。パスを投げた時点での期待EPAと実際のEPAの差(つまりパス実行力)を見ると、BreesやMahoes、Watsonといった面々はかなり高い数字を残している。彼らは判断は得意ではないが実行には優れているQB、と言えるだろう。ちなみにRodgersはこちらの数値も高く、一方Bradyはこの数値は平凡(Mac Jones並み)だ。
 両者を組み合わせた分布図を見ると、この数年いい成績を残しているQBが右上に、逆の選手が左下に来ている。先発の座を脅かされているDarnoldはまさに左下だ。ルーキーを比較するとJonesが真ん中付近に踏ん張っているのに対し、Lawrenceは左端に近いところにあり、まだまだ苦戦中。ベテランではRoethlisbergerがさすがにもうガス欠状態だったことが窺えるが、それと同レベルのWentz、それより悪そうに見えるDaniel Jonesあたりは、果たして先発として機能しているのだろうか。
 さらに、QBの差をもたらすものについての分析をしているのが次の分布。最良の選択をした時のEPAと、そうでない時のEPAとを見たものだが、前者(X軸)が比較的真ん中付近に集まっているのに対し、後者は上から下までかなりばらけている。NFLで先発QBになれる選手はそもそものレベルが高く、いい選択をした時にいい結果を出す能力は誰もが備えている。問題はそうでない時にどこまでリカバリーできるかであり、この能力はNFLのQBと言えども格差が大きい。QBの有能さが決まるのは、このような厳しい状況下でのパス能力にある、というのが記事の結論だ。

 だがこの記事から真逆の感想を持ち出しているのがTimo Riske。QBの判断がもたらす予想EPAと実際のEPAとの相関が0.72あるということは、QBがパスを投げるまでにプレイ結果の72%は決まっている、というのが彼の主張だ。実際には0.72はR自乗ではなくRなので、QBの判断時点で決まっているのは結果の52%ではないかとのツッコミもあるのだが、だとしてもアメフトのデータとしてはかなり高い数字なのは間違いない。
 この「QBの判断」には、実際にはQBの手からボールが離れる前のすべての要因、つまりプレイのデザイン、レシーバーのルートラン、相手のカバーなども含まれているわけで、逆にQBの手からボールが離れた後のパスの正確さや位置、レシーバーのYACといった要因は半分未満にしかならないわけだ。厳しい状況下で投げるQBの能力よりも、むしろその前段階(特にプレイコールなどのQB以外の要因)の方が、実は重要性が高いことを示しているのではないか、というのが彼の指摘である。
 この指摘に違和感はない。PFFの記事だけだと一見して最良の選択でない時のQBの能力が重要に見えるかもしれないが、実際には最良の選択をした時の方がEPAは高いし、幅も大きい。厳しい条件の時のQB成績にばらつきが出るのは事実だが、そのばらつきの幅は実は大したことはない、とも言える。あくまで基本となる「QBの判断」によってもたらされるEPAの方が大きく、そちらの影響の方が重要、という結論を導き出すのは、むしろ普通だろう。
 一方、チーム作りとしてどちらのタイプのQBが理想か、というとまた話は変わってくる。もちろんRodgersのように両方の能力に優れたQBを使うのが一番望ましいのは間違いないが、そうでない場合はBreesやWatsonのようにヤバい時に能力を発揮するQBの方がいいかもしれない。最良の選択の部分についてはQBだけでなくレシーバーやコーチの能力で穴埋めが効くのに対し、選択後のプレイ実行はQBの個人能力がモノを言う、という考えだ。
 ただしこれも程度問題。いくら実行力が高くでも判断力が低すぎるQB(WinstonやFitzpatrick)などは、よほどうまく弱点をカバーしてあげなければ機能せずに終わってしまうリスクも高い。優秀なQBを自在に選ぶ機会などはほとんどない(このオフのWatsonが例外的であることは言うまでもない)ことを踏まえるなら、コーチングスタッフや他の選手をどう強化して最終的なQBのパフォーマンスを高めるかという点でこそ、チームの力量が問われるのだろう。
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