家父長制史 下

 家父長制について論じているこちらのエントリーについての続き。家父長制の大きな波をもたらした3つ目の要因とされているのがイスラムだ。世代間の協力を促進するために血統が優遇されるようになり、そうやって密接に結びついた父系の血族関係が名誉を生んだ。その血族の協力と男性の名誉、そして結婚を通じた同盟関係を維持するためにとられた策が、男性による女性のセクシャリティのコントロールだった、とblogの筆者は指摘している。
 社会が大きくなった時に、女や富を巡る争いを抑制し、協力を促すために導入されたのが道徳化された超自然的な罰だった。その中では姦通も禁止され、それによって嫉妬の感情も改善されたという。それだけなら伝統的宗教、あるいはTurchinらの言う枢軸宗教の特徴として特に異論を抱くことはないのだが、その後に筆者は「イスラムは特に家父長的になった」と一言付け加えている。
 なぜそう付け加えたのか。この後で特にイスラムを中心に取り上げる場面が出てくるからだ。だがこの3つ目の要因の説明は、前回紹介した2つの要因に比べてかなり議論が無理筋の印象が強い。理由は簡単で、イスラムの話で批判対象となっているのは、実際は家父長制というより族内婚、もっと言うならいとこ婚だからだ。いとこ婚は男性が家族の富と力、信頼を固めるための仕組みをイスラム世界に提供し、女性はその中でより従属的な立場に置かれた。これも家父長制の一種だ、というのが筆者の主張。
 でも族内婚というのは果たして家父長制の一形態なのだろうか。もしそうだと主張するのなら、前回も紹介した説の中にあった「農業以前は族内婚が中心で族外婚の場合は母方居住の傾向」という社会も家父長制だったと主張できてしまいそう。そうなると語るべきは「家父長制の1万年」ではなく「家父長制の数万~数十万年」になる。でも筆者が主張しているのは新石器革命が家父長制の大きな波の1つという考えなのだから、その場合は族内婚を家父長制という観点で取り上げるのはおかしなことになる。
 なぜ筆者は族内婚にこだわったのか。実はこのblogでは中世キリスト教会がいとこ婚を禁止したことが原因で欧州はユーラシアの家父長制から離れるようになった、と記している。もちろん論拠になっているのは、以前こちらでいくつかの歴史家による批判と合わせてを紹介したこの主張だ。正直、この話が出てきた瞬間に「これはやめた方がいい」との感想が思い浮かんだ。
 この本に対する評価が賛否入り乱れているのは、上のwikipediaでも認めている(またこちらの書評は、本が持つ弱点をいくつも指摘している)。もちろん現代の西欧がユーラシアの他地域に比べずっと家父長制の弱い地域であることは否定しないが、それを説明するうえで中世教会にまで遡り、いとこ婚の話を持ち出すのはむしろ説得力を下げるように思う。だがblogの筆者はこれを取り上げ、それと対比させるためにイスラムの族内婚がより家父長制的で女性に対し抑圧的であるという主張を持ち出した。家父長制的であり、またDV的であるという点ではキリスト教会もかなりのものであるはずだが、そうした点からは敢えて目を背けているようにしか見えない。
 もう一つの問題は、これまた指摘済みだが中国の家父長制に対する評価が微妙なことになってしまっている点にある。中国も纏足のようなかなり女性に対する抑圧的な慣習を長く続けてきた社会であり、その意味ではやはりここもイスラム教やキリスト教と同じ枢軸宗教(儒教)の影響を受けてきた社会だと言ってよさそうなのだが、一方で族内婚については厳しく禁止しているため、blog筆者の主張と辻褄を合わせるためにイスラムよりも家父長制が弱い扱いにしなければならなくなっている。もうこうなると家父長制という言葉自体がむしろ邪魔。単に女性に抑圧的な社会として父方居住や父系性、族内婚など様々な要因があると指摘した方がすっきりと説明できそうな気がする。
 さらに問題なのは、前にも書いた通り、西アジアや北アフリカにおける族内婚はイスラム以前から存在していたという事実を無視してしまっている点だ。blogでは7世紀のアラブ人による征服によって女性の自立性がさらに奪われ、父系の血族関係が強化されたと記している。だが実際にはイスラム以前の方がより極端な族内婚(最近親婚)が大っぴらに行われていたし、その時代からペルシャは男性のみが跡継ぎとなれるとても家父長的な社会であった。要するにイスラムは族内婚の原因ではなく、その結果にすぎないのに、なぜか筆者はイスラムこそが問題であり、その問題はいとこ婚にある、という風に話を進めたがっているわけだ。賛否両論の一方に立つのはまだしも、明らかに事実を無視した言及は、筆者の主張の説得力を大幅に下げる。
 他にも首をかしげるところはある。中国が常に家父長制的だったわけではないとの説明中に出てくる韓国や日本への言及。そこでは「同様に儒教以前の韓国や日本では女性[複数形]が統治していた」と書かれている。私は韓国の歴史には詳しくないが、日本の場合で女性が統治していた事例と言えば古代の女性天皇くらいしかいない(卑弥呼が支配していたのは日本ではなく邪馬台国)。そして古代の女性天皇といえば、基本的に皇位を継ぐ予定の男性が幼少の場合などの中継ぎとしての役割が主であったと見られている。もちろん女性の地位が比較的高かったことを示す材料としては使えるが、男系での継承を続けている天皇制での事例を家父長制否定の論拠に使おうとするのは、さすがに無理があるんじゃなかろうか。
 同様に雑な主張に見えるのが、「サブサハラ・アフリカは少なくとも3000年前までは大半が母系制であった」と書かれている部分。こちらも私は詳しくないので間違いと断言できるわけではないが、日本や韓国について書いているところと同様に論拠が示されていないのが気になる。そうした論文があるのなら是非紹介してほしいところだが、紹介されていない限り安易に信用はできないしするつもりもない。
 仕方ないのでこちらで調べてみたが、例えばPhylogenetic reconstruction of Bantu kinship challenges Main Sequence Theory of human social evolutionという2014年の論文では、過去のバンツー族(サブサハラ全体ではない)の拡大初期について母系制や母方居住を主張する側とそうした傾向は明確に存在しなかったという両方の説が議論している真っ最中だと書かれている。そしてこの研究自体は、最初のバンツー族集団は父系制の父方居住だったとの主張をしている。本当にサブサハラ・アフリカがかつて「母系制であった」と断言していいのかどうか、やはり疑問を抱かされる論文だ。
 面白い部分もある。ラテンアメリカやフィリピンなどで存在していた母系的な社会がどのようなものであり、それが時代とともにどう変化していったかといった知見は興味深い。ただ、これらについても全体の傾向ではなくチェリーピッキング的な紹介にとどまっている部分は残念。エピソードは分かるが流れは分からないというタイプの歴史叙述だ。また産業化が女性の解放を進めたとの主張については別に違和感はない。というかこの話をするのならむしろここにこそ描写の中心を置いて強調すべきではないかと思う。そして共産主義が女性の社会進出を後押しした面があるのもおそらく事実。要するに最近の話についてはそんなに的を外したことは書いていない。
 でも時代を遡った部分では、説明不足な分、論争中の案件について一方の見解のみを採用した分、そしてそもそも間違った事実認識を基に主張している分など、色々と問題を含んでいる文章でもある。何より家父長制をテーマとしているのに、男性による女性のセクシャリティ支配、父方居住、族内婚、女性の経済的地位など、かなりバラバラなテーマをろくに整理していない状態で提示してくるため、話が極めて散漫で焦点がボケている。最初から女性の抑圧とか地位の低下という表面的現象を様々な要因から読み解くような文章にしておいた方が、よほどすっきりしたんじゃなかろうか。途中でも書いたが、ろくに説明もなく出される家父長制という概念は、むしろ議論を進めるうえで邪魔になっていると思う(そして実際に歴史家によるこの用語の使用は減っているそうだ)。

 むしろ生物学的に見れば「男の強さって女子供より命の価値が低いとこにある」という主張の方が、個人的にはよほど説得力を感じる。哺乳類のオスは数が減っても繁殖(包括適応度の向上)に及ぼすマイナスは限定的だ。いやむしろオスの性淘汰は突然変異の悪影響を効率的に排除するうえで役立っているらしい。無駄死にこそが男の役割なのである。それを認めたうえで、「簡単に命を捨てられるからといって男が偉いわけではない、それは自然主義の誤謬だ」と批判するのが、正しい女性の地位向上策ではないだろうか。
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