家父長制史 上

 以前こちらのエントリーで道徳的な神に関するツイートを紹介したことがある。そのツイートの主が先だって、「家父長制の1万年」と題したblogを書いていた。ツイートの時点では家父長制的なユーラシアで大きな神が生まれたことが、そうした道徳的な神の性格を規定したのではないかとの見方を述べる一方で、まだ論拠は弱いとも記していた。その後で本人は家父長制の起源に関する色々な仮説を調べ、そのうえで家父長制がどう生まれたかについてフローチャートにまとめるなど、色々と考えを整理してこのblogを書くに至ったようだ。
 だが実際にこのエントリーを読んだ範囲だと、個人的には必ずしも説得力のある説が記されているようには見えなかった。もちろん役に立つ指摘もあったが、論拠が弱かったり、議論が混乱しているだけに思える場所も多々あった。実のところ、このエントリーを読んで最も強く感じたのは、家父長制という言葉が持つ曖昧さである。

 エントリーの冒頭で取り上げられている家父長制の起源、より正確には「家父長制化をもたらした3つの主要な波」は、新石器革命、遊牧、そしてイスラムだそうだ。上に紹介したフローチャートに従うなら、新石器革命は牛と耕作、灌漑を通じて土地の価値を高め、不安定な世界で相続した富を守るための父方居住を作りだした。また遊牧も同じ父方居住を作りだし、それが女性の純潔によって決まる男性の名誉を生み出し、それを守るために宗教が誕生したという。結果、それほど価値のない土地で継続していた父方居住でない社会も、この宗教との相互作用に巻き込まれた、という流れになっている。
 遊牧については、以前こちらで放牧と道徳的な神との間に弱い因果関係があると指摘したことがある。道徳的な枢軸宗教が家父長的な性格を持っているとの視点で見れば、遊牧と家父長制との間に関係があるとの主張には一理あると言えそうだ。ただ筆者はそうした議論をしておらず、「コミュニティを襲撃し、地元の男性を虐殺し、男性優位を制度化した」といった定性的な説明しかしていない。しかもその際に持ち出した論拠がA recent bottleneck of Y chromosome diversity coincides with a global change in cultureという論文だ。
 この論文については前にこちらでちょっと触れている。要するにY染色体のみ多様性が急減する現象が新石器時代に起きたという話であり、その原因についての考察で「男性が行った征服、例えばモンゴルの勢力拡大」が可能性の1つとして示されている。だが別論文ではこの現象について単に「父系クラン」(父方居住)の影響ではないかとの説が主張されていた。つまり家父長制さえ存在すれば遊牧とは無関係にこうした現象が生じ得たわけだ。もしかしたらblogの筆者はヤムナヤによる征服を想定していたのかもしれないが、Y染色体の多様性論文ではヤムナヤとあまり関係のない地域でも多様性が減っていると指摘しており、要するに論拠としてあまり適切なものには見えない。
 2つ目の要因とされているのが、牛や穀物の存在によって土地の価値が増し、それによって土地を継承し、かつ不安定な社会で土地を守る男性の地位が高まったという主張だ。このうち牛についてはこちらのツイートで紹介している文章が論拠だと思われるが、blogではそちらへのリンクは貼っていない。穀物については以前、その「私物化のしやすさ」について説明した際に、それが社会の複雑さを増す要因になったのだとの指摘を紹介しており、こちらについては論拠の1つとして提示されている。ただ、複雑な社会がなぜ家父長制になるかについての説明はなされていない。
 富が家父長的な相続につながる点については、こちらの論文が紹介されている。ヒトの生産能力とそれがもたらす社会的な組織との関係についてモデル化し、それを採集民や遊牧民、農耕民の社会に当てはめるとどのようなパターンが生まれるかについて検討した内容だ。なかなか興味深い論考ではあるのだが、この論文自体が歴史的なデータを使って家父長制の由来について調べているわけではないため、どのくらい論拠として信じればいいのかは判断しかねる。それに比べれば灌漑が女性の労働参加や財産を減らす効果を持っていた論拠として紹介されている論文の方は、実際のデータを使って分析しているだけ説得力がある。
 またこのblogで主張している、農業の始まりが父方居住を生み出したとの説はどこまでもっともらしいのだろうか。私はこちらで、もしかしたらチンパンジーとの共通先祖の時から父方居住が続いていたのではないかとの考えを述べたが、そうでないはっきりとした論拠があれば考えを変えたほうがいい。ただ残念ながら判断を決めるだけのはっきりとした研究がなかなか見つからない。
 農業開始前の狩猟採集社会が父方居住だったかそうでなかったのかは、昔から今に至るまでなかなか結論が出ないようだ。1970年代に出た論文では、狩猟採集社会が双方居住だという当時の通説に対し、実際のデータを見ると過半数が父方居住であると主張している(TABLE 1)。もっと最近の文章でも、狩猟採集社会では父方居住が一般的だったとしている。ただしこういった現在の狩猟採集社会を踏まえた研究がそのまま過去に適用できる保証はない。
 考古学やゲノム解析といった方法で実際の過去の居住形態を調べようとしている研究もある。だがこれも意見は様々で、例えばこちらの研究だと、大半は族内婚であり、一部の族外婚では母方居住に偏る傾向があったという。一方、こちらの研究では、父方居住の証拠は新石器時代初期まで遡ることができたのに対し、母方居住は鉄器時代初期からしか存在していなかったという結論になっている。
 こちらの研究によると、今のゲノムパターンを踏まえるなら農民が父方居住だったのは間違いないそうだ。またこちらの論文ではバンツー族やインド=ユーラシア語族のような農民たちの言語系統とその系統ごとにどこに居住していたかをまとめた研究がなされている(Fig. 1)。見るとほとんどの系統において父方居住が選ばれており、農民の社会では父方居住が多いのはおそらく事実なんだろう。でもそれだけでは、新石器革命を機に父方居住が広まったと主張するには材料不足。
 ホモ・サピエンス以前のネアンデルタール人の世界で父方居住がなされていたらしい点については、2021年の研究でも指摘されている。そして農業革命後は父方居住が広まった件について否定する研究はほとんどない(もちろん例外はあるが)。その中間にあたる期間に父方居住が中心だったのか、それとも別の、もしくは多様な居住が行われていたのか、その点は色々と調べてみたものの結局のところ分からない。
 blogの筆者は農業による土地など財産の価値上昇が家父長制的な継承を生み出したと主張している。論拠として示されているのはこちらの本。残念ながら詳しい内容は知らないので、どのくらい説得力のある論拠なのかは判断し難い。全体として2つ目の要因(新石器革命が家父長制をもたらしたとの説)については、一部で納得できる論拠が示されている一方、一部では説明不足なところがあるように見られる。
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