記事中ではJ. Boone Bartholomees jrの
Theory of Victory という概念を紹介している。それによると抵抗力は利用可能な全手段と意思の強さの積で表されるそうだが、一方でこの意思の力というのは非常に推測が難しい。そのため実際の戦略を立てる際には手段の方が尺度としては使い勝手がよくなるのだが、かといって意思を無視するのは拙い。敵を過大評価するのは拙いが、一方で特に自国での防衛にあたる敵に対しては意思の力が大きくなる可能性もある。
計算に際して取り上げられているデータを見ると、国内総生産や両軍の総兵力とそのうち実際にこの戦役で使われるであろう兵力、また装備品の持つ価値や威力といった要素を考えて計算したことが書かれている。注目すべきなのは「意思の力」といった要因を入れている様子はない点だ。純粋に装備や経済力で計算すれば、ロシアの戦闘力はウクライナの4.5倍になったということなんだろう。これは攻撃する際に必要とされる戦闘力(防御側の3倍以上)を満たしているが、一方でウクライナの意思の力がロシアの倍あれば2.25倍と必要な数値を下回るという、微妙な数字だ。
英文記事に戻ると、敵の過小評価はヒトラーもやっていたそうで、有名な
「腐った納屋」 というフレーズは今回のウクライナ侵攻でも
ちょくちょく取り上げられている 。ナポレオンの侵攻に対してアレクサンドル1世がカムチャツカまで逃げてでも抵抗するとの姿勢を示したのも、過去にあった「意思の力」を読み損ねた事例の一つだろう。プーチンは戦争の素人であり、ナポレオンのような戦争の天才ではないが、やらかした失敗という点では「著しい類似点」があると、記事は指摘している。
ロシア軍の失敗の原因について、この記事では「戦争の開幕時点でウクライナの戦力を圧倒するのに必要な質量を火力を動員せず」「何万人もの兵に作戦を知らせずに士気の危機を招き」「不必要なほど複雑な機動作戦を選び」「その勢いを維持するのに十分な補給と弾薬を備蓄するのに失敗した」点などを取り上げている。ロシア軍の失敗は彼らの軍事的能力の欠如ではなく、「勝利の方程式」の計算ミスに由来する、というのがこの記事の評価だ。
ウクライナの抵抗の意思がここまで強固になってしまった以上、たとえロシアが総動員をかけて勝利をつかんだとしても、その果実は惨憺たるものでしかないだろう。専制政治家が相手の意思を見誤り、希望的観測で始めた戦争は、たとえ交渉による和平が最も合理的であっても終わらない可能性が高い。改めて
「兵者國之大事死生之地存亡之道不可不察也」 という孫子の言葉の正確さを思い知らされる展開になっているのが、今回のロシアによるウクライナ侵攻だ。
なお話が少し横にそれるが、
こちら でロシアのウクライナ侵攻と孫子の言葉を絡めていくつか言及している中に、
「兵聞拙速未睹巧之久也」 がある。この言葉について「短期決戦に出て成功した例は聞くが、戦いを長引かせて成功した例は見たことがない」と書いているのだが、誤訳じゃなかろうか。兵聞拙速は「短期間で拙い戦い」という意味はあるが、「成功した」とはどこにも書いていない。短期決戦であっさり負ける「拙速」は聞いたことがあるが、長期戦で上手くいくという「巧久」は見たことがない、というのが孫子の言いたいことだと思う。
誤算から始められた戦争であっても始めてしまった以上は簡単には終わらない。ロシア軍はとにかくウクライナに兵を展開するため「時代遅れの軍事装備」を投入している、というのが
ISWの指摘 。何でもヘルソンではウクライナの反撃を足止めすべく1950年代の地雷を埋め込んでいるんだとか。ウクライナ側の指摘によれば、あまりにも古いため移送途中に爆発し、ロシア兵に被害が出ているという。
T-62戦車の話 も、こうした旧式兵器投入の一例としてよくSNSで話題になっている。最近は
装甲も先祖返りしている っぽい。
装備の問題はセベロドネツクでの戦闘にも表れているようだ。
こちらのツイート によるとロシア軍の歩兵装備は貧弱で、特に夜間戦闘ではかなり不利な状況に置かれているっぽい。当初は
「兵力に余裕のあるウクライナが装備で優れているロシアに抵抗」 という構図だったのが、もしかしたらロシアは装備でも劣ってきているのかもしれない。もちろん兵力の状況が改善したわけではなく、ISWによればルハンスクの自称「人民共和国」では、住民の抵抗が激しくなったため動員を緩めざるを得なくなっているそうだ。ロシアの動員センターに対する攻撃も相変わらず続いており、戦争開始以来そうした攻撃は18箇所で発生しているという。
これだけ長期化しても一向に戦い方を変えないのは、やはり戦争指導者たちが国内政治の方しか見ていないためかもしれない。例えば
こちらのツイート を見ると、ロシアのシロビキはソ連時代よりも多く、実に労働人口の6%を占めているそうで、一種のエリート過剰生産が起きているとも考えられる。
扇動者たちの中に民族的マイノリティが目立つ のも、対抗エリートが過激な言動を取っているだけかもしれない。
一方で世界的に戦争疲れと慣れが広がっているのも事実だろう。
こちら では戦局を伝えるアカウントからの情報が減っていると指摘しているし、例えば
こちらのアカウント も当初は毎日のように戦況の変化を伝えていたが、最近は1週間に1回以下の更新度になっている。1番頑張って継続しているのは、当事国を除くと
ISW と
英国防省 あたりか。
こちら でも触れたように、
国際的な関心がどんどん薄れている のは確かだろう。
スポンサーサイト
コメント
歩兵を随伴せず戦車単体で撃破される、道路に部隊の長い列ができて補給がままならない、一般通信回線を使い傍受されて将校がバンバン殺られる など、機能不全は枚挙に暇が無さそうです。
逆にロシアにまともな司令官がいて、準備と作戦をしっかり行えば、ウクライナの意思がどんなに強くともロシア側が勝利する結果になったのではないか?と思います。
2022/06/17 URL 編集
ただ、足元ではロシア側の火力がモノを言う場面も出てきているようです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220615/k10013672281000.html
細かい作戦を展開する余裕がなく、力押ししかできなくなった場面で、皮肉にも国力の差が出てきているのかもしれません。
とはいえここで勝っても、ロシアにとっては「ピュロスの勝利」のような気もしますが。
2022/06/17 URL 編集