赤道の乾燥帯

 歴史に環境が与える影響について調べているうちに、ケッペンの気候区分で気になるところが出てきた。赤道のすぐそばにいくつか存在する乾燥帯(砂漠やステップ)だ。東アジアにいると赤道直下は熱帯雨林が当たり前という感覚になるし、実際アジアの赤道直下(インドネシアやマレー半島、フィリピン南部など)はその大半が熱帯雨林(Af)となっている。
 だが気候区分を見る限り、赤道直下が常に大雨というわけではない。例えば南アメリカのブラジル北東部地域や、東アフリカのケニアあたりがその一例。赤道付近で1年中雨が降るのは赤道収束帯の影響と言われているのだが、例外があるにせよ一気に乾燥帯まで行ってしまうのは謎だ。
 なぜそうなるのか。例えばブラジル北東部には、セルタンと呼ばれる乾燥した地域がある。理由の一つは「相対的に低温な南大西洋の影響」だそうだ。確かに寒流(周囲に比べて低温の海流)沿いの地域には海岸砂漠が存在するそうだし、南大西洋の水温は西部北大西洋よりも低い。なぜ南大西洋の水温が低めなのかは分からないが、これも一因だろう。
 ただしそれだけなら、ブラジル北東部の東南沿岸部に熱帯雨林が広がっている理由が説明できなくなる。この地域はゾナ・ダ・マタと呼ばれ、春から7月にかけて多くの雨が降っているそうだ。セルタンが乾燥しているのは、この雨が山脈によって遮られ、一種の雨陰砂漠のような状態になっている面もあるのだろう。
 ケニアの砂漠も面倒だ。一般的にケニアでは冬を中心に北東のアラビア方面から風が吹き、それが乾燥した空気を運んでくる一方、夏には南東のインド洋からの湿潤な風が吹くとされている。アラビア半島の影響はケニアの北にあるソマリアにも当然ながら及んでいるのだが、ソマリアについては夏は南西のアフリカ大陸中心部から同じく乾いた風が吹いてくると説明されている。おそらくケニアも北半分はソマリアと似たような環境ではないか、と推測できる。
 つまりいずれのケースも、単に緯度を見るだけでなく、風向きまで考える必要があるわけだ。全体的な風向きはこちらの記事などで分かるが、細かい地域について知りたい時に使えるのがWeather Sparkというサイト。日本語版もあるのだが、いろいろな都市の気候条件についてかなり詳しいデータを調べられるのが特徴だ。気温や降水量などはあちこちで閲覧できるものの、風向きや風力まで細かく把握できるサイトはそう多くない。
 例えばロンドンの風向き(Wind Direction)を見ると、細かく見れば様々な方向の風が吹いているが、大半の季節で西風が多い(グラフ上部にあるW)のが分かる。4~5月に北風が強まるくらいだ。一方、東京は夏に南風、冬に北風という季節風の影響がはっきり出ていることが分かる。
 ブラジルのセルタンにあるパトスの風向きを調べると、ほとんどの季節で東風が吹いているのが分かる。夏場に少し南風が強まる場面もあるが、東南方向には山脈があるため、乾燥した季節が続くのは同じ。最も降水量の多い春は実は北風が少し強まる時期であり、アマゾン流域方面から湿った風が多少入り込んでくるのではないか、と想像できる。
 一方ケニアの砂漠気候にあるガリッサを見ると、確かに冬場は北東方面からの風も吹いているが、中心は東風だ。そして夏は圧倒的に南風。降水量が少ないのは間違いないのだが、東側にあるインド洋からの風が吹いているにもかかわらずこれだけ乾燥している理由は、単に風向きだけではよく分からないところがある。実のところ、ケニアの気象を理解するには、赤道収束帯についてもっと詳しく調べる必要がある。

 中でも重要なのは赤道収束帯の季節移動だ。Annual Fluctuations and Displacements of Inter Tropical Convergence Zone (ITCZ) within the Range of Atlantic Ocean-Indiaにはアフリカからインド洋にかけての赤道収束帯の季節移動が図示されている。例えば1月には赤道収束帯はケニアのずっと南方まで下がり(Figure 5)、7月には逆にずっと北方のアラビア半島南部まで北上している(Figure 19)。ケニアは月によって赤道収束帯から遠く離れた場所に位置することになるのだ。
 赤道収束帯は北と南の貿易風が集まって上昇気流となる場所であり、当然低圧帯となる。水分の含まれている空気が上昇すれば雲を作って雨を降らせるため、赤道収束帯のある地域は雨が降りやすい。一方、赤道収束帯で上昇した空気はやがて亜熱帯高圧帯で下降気流となり、その付近では高気圧が発生する。滅多に雨が降らないこの地域では非常に乾燥した天候になりやすい。
 ケニアの場合、高圧帯に入っている夏と冬の時期は、たとえインド洋方面から風が吹いても雲が発生しにくいためにあまり雨が降らないのだろう。逆に南北へとシフトする赤道収束帯がケニア付近を通過する春と秋に降水量が増えるのは、上に紹介したガリッサの天候を見てもよく分かる。赤道付近で雨が多いのは、あくまで赤道収束帯がその付近にあるからで、アフリカ東部のように季節ごとに赤道収束帯が大きく動く地域にはその条件は当てはまらない、ということなんだろう。
 赤道収束帯の移動についてアフリカの事例はよく取り上げられるが、それ以外の地域でも赤道収束帯は当然ながら移動している。こちらの記事には1月と7月の収束帯の位置や典型的気圧配置を描いた地図がある。見ると分かるのだが、ブラジル北東部は赤道に近いにもかかわらず、1月も7月も赤道収束帯の南側に位置している。上の方で書いた南大西洋の温度が低いために赤道収束帯が南下しないという現象が、この地図からもよく分かる。
 赤道収束帯と降水量の関係はJAXAのこちらのページで確認できる。1月はアフリカ南部やオーストラリアの降水量が多いが、7月にはアフリカ中部とインド洋に面しているユーラシア南部などが降水量の中心だ。赤道収束帯の移動によって降水量が変わること、場所によって赤道付近でも雨があまり降らない地域が存在することが分かる。
 特徴的なのは赤道収束帯が全体として赤道より北側に偏っている点だろう。南半球が夏になる1月でも西アフリカなどでは赤道の北に赤道収束帯があるし、夏には中国付近で北緯30度を超えるところまで北上している。基本的に陸地があるところでは緯度の高い場所まで移動し、海洋だと赤道付近からあまり大きく動かないようだ。陸地の方が気温の変化が大きく、夏には温度が海洋より大きく上昇するのが、こうしたうねりの理由だと思われる。上に紹介した1月と7月の気圧配置を見ても夏半球では海洋に高気圧があり、大陸に低気圧が多いのは、そうした温度変化の特性を示しているんじゃなかろうか。

 以上、気象について詳しい人なら常識の範疇と思われる話についてまとめておいた。今回はあくまで自分自身の勉強が目的だ。中緯度地方に住んでいると四季のような季節変化については直観的に理解できるが、赤道付近のように気温変化はそれほどないが乾季と雨季という降水量の変化はかなり大きい地域についてはなかなか理解が追い付かない面がある。ケッペンの気候区分にしても、やはり中緯度の人間が作ったものであり、例えば熱帯の区分などは温帯に比べればかなり大雑把だ。そこを穴埋めするうえで赤道収束帯の存在やその動き方を把握するのは役に立つと思われる。
 気候は植生をはじめとした生物相に影響し、そして生物相は歴史に影響する。鉱物資源などは交易である程度はカバーできるとしても、生物相(特に植生)はそうは行かない。生物資源の在り様が歴史に影を落とすのなら、なぜ生物相がそうなっているかを理解した方が歴史を知る上でもよさそうだ。
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