戦争ゲーム2回目

 以前こちらでロシアのウクライナ侵攻前に米海兵隊大学(Marine Corps University)で行われたウクライナ戦争の、またこちらでは米マスコミがシンクタンクの協力を得て実施した台湾への中国侵攻のウォーゲームについて紹介した。それぞれなかなか興味深い結果を示していたが、実は今から2ヶ月以上前に海兵隊大学校(Marine Corps War College)などがウクライナ戦争についてより長いタイムスパンでのウォーゲームを別途実施していた。上に紹介したゲームでは開戦から1週間が対象だったが、今回は1年に及ぶ期間を取り上げている。
 その内容はWargaming a Long War: Ukraine Fights Onという記事に載っているのだが、どうやらゲームの中で戦争は長期化したようだ。今までのところ実際の戦況も長期化するとの見解が多く、その意味ではこのゲームも割と実態に即した予想をするうえで役立っていると考えていいんだろう。ゲーム通りなら、戦線がろくに動かないまま人的及び物的被害だけが積みあがるという、非常に残念な経緯をこの戦争はたどるかもしれない。

 このゲームでは1ターンを3ヶ月とし、2023年の初頭までをカバーしている。ロシア軍はそもそも目的には全然到達しないところで作戦の限界に達し、ウクライナは防衛戦を戦い抜くだけの意思と力を持っていることを示したそうだ。特に市街戦におけるロシア軍の見通しは困難で、夏の終わり(ゲーム的には2ターン終了時)には「主な同時目標を追求する戦力も、主要都市を征服する戦闘力も、もはや持っていなかった」という。一方でウクライナ側にもロシア軍を追い払うだけの力はなく、交渉による解決がなければ戦争は終わりのない膠着状態に至るそうだ。
 そこから予測されるのは難民問題の長期化と、恒久的に近い物流インフラ確立、ウクライナ兵をより組織的に訓練するセンター設立の必要性など。第一次大戦が始まった時に言われていた「クリスマスには」という台詞が大外れになったのはよく知られているが、もしかしたら今回の戦争も同じようにクリスマスを過ぎても終わらない可能性があるわけだ。
 実はこのゲーム、当初はロシアの勝利後に戦争はゲリラ戦に移るという想定で進めていたそうだ。そのため実際よりは早い段階でマリウポリ、スーミ、コノトプをロシアが落とし、それによって自由になった戦力を使って夏にはウクライナへの圧力を増加させる、という前提でゲームを進めた。ところが夏の間にウクライナ軍を崩壊させるだけの力がロシアにないことがすぐに判明。実際のロシア軍はスーミもコノトプも落とせず、マリウポリ攻略にもずっと長い時間をかけていた。従ってこのゲームの想定は現実よりもロシア側に有利なものだったわけだが、それでもウクライナ征服はできなかったのである。
 ゲーム中のロシアは夏の間、象徴的な成功を収めるための局地的限定的な攻勢を行なったが、戦線はほとんど動かず、むしろウクライナ側の反撃でキーウ北西部からは押し戻された(これも現実にはもっと早くロシアが撤収を強いられた)。動きが少ないといっても両軍とも休んでいたわけではなく、損害はすごい勢いで積みあがったという。ゲーム内でロシアはクリスマスまでに1350両の車両を失うことになったが、これでもウクライナの戦闘力を過小評価だろうと記事にはある。そして実際、OryxのOSINTによると、クリスマスまで半年以上が残された今時点で既に759両の戦車、417両のAFV、828両のIFV、112両のAPCなど、とっくの昔にゲームの数字を超える車両が失われている。ゲームでは結局、1年の戦争でロシアの兵員と車両の損失は戦争開始時に侵攻した全兵力に近い水準に達したという。
 大量の損害により、ゲームは「1915年のように双方とも人員と弾薬をほぼ使い果たし、主要な攻勢に出ることができない」状態になったという。こちらでちょっと触れた防御の優位を思わせるような展開だ。それでも夏から秋にかけてロシアは広い地域で圧力をかけることはできたものの、主要目標には到底届かなかった。ロシア側の軍担当者は東部戦線に兵力を集結させるよう求めたが、プーチン役はそれを断ったそうで、この点は実際の展開とは異なっている。現実の方が損害の増加ペースが早いためプーチンがゲームより前倒しで現実的目標にシフトせざるを得なかったのかもしれない。実のところ、このゲームでは国家指導者の政治的目標が将軍の提供する最善の軍事的助言を打ち消す効果も確認できたようだ。
 結局ゲームでは、プーチンの矢の催促にもかかわらずオデーサに向けて行われた攻撃は失敗に終わり、兵力を分散させられたロシア軍はドニプロとドニエプルの交差点にたどり着く前に進撃が止まった。ハルキウもウクライナ軍が確保したまま冬に入ったところで、ウクライナ軍は東部の部隊を西側へ引き下げ、包囲される懸念を減らすとともに戦線を縮小したという。ウクライナ側もロシアほどでないにせよ損害が積みあがっていた様子が窺える決断だ。そしてゲーム内で1年が経過した時点でもウクライナ側は当初よりは相対的に強い立場になったものの、失った領土を取り戻すには至らなかった。
 通常戦力で目的達成ができない場合、化学兵器や戦術核兵器を使うという選択肢はなかったのか。台湾のゲームでは通常戦の真っ最中にあっという間にエスカレーションが進んだが、今回のゲームのロシア担当者は、そうした手段の使用が米軍やNATOの反応を招き、むしろロシアの最終的な成功という希望にとって破滅的だと考えたようだ。一方で西側も効果的なことができるわけではないようで、人道介入などは現実がそうであるようになかなか進まなかった。
 ウクライナにとっては国外で兵の訓練を行なうことの有効性や、ロシア軍の力を削ぐあらゆる方法の活用が効くことが分かった。一方のロシア軍は、マリウポリの陥落後は主要都市を落とせるだけの訓練を受けた歩兵が不足するようになった。このあたりは現実でもそうした状態になりつつあるようで、ゲーム内で目標となったオデーサやハルキウどころか、セベロドネツクのような小さな町ですら奪えずに逆襲を受けている。また都市に戦力を集めれば他の地域でウクライナの反撃を受けることもゲーム内で判明していたが、これまた現実でもヘルソン方面で反撃を受けている
 経済制裁については、総動員をかけないかぎり陸軍再建が不可能になるほどの衝撃を制裁がもたらすまで、プーチン体制は揺らがないともしている。だがもしロシアに対する厳しい政策が続き、彼らが資本市場から切り離された場合、急激な経済崩壊が起こる可能性があることも指摘。その場合はゲームのように1年にわたる戦争を維持できない可能性もあるようだ。一方でゲームを通じた限り、ウクライナが急激に崩壊するような道筋は示されていないそうで、「ウクライナの戦場での明確な勝利」を考えるべき時が来ている、と結論付けている。

 このゲームが行われてからも2ヶ月が経過しており、状況はゲームと色々違っていることは上でも指摘した。だが全体として戦線が膠着し、戦争が長引くという流れはゲームと同じ。最近のISWの報告でも、久しぶりにキーウにミサイル攻撃があったという話以外は、ロシア側の苦戦を告げるものが中心となっている。セベロドネツクは対岸から見下ろされる場所にあるため力押しではなかなか落とせず、一時期話題になっていたポパスナの突破も結局食い止められているもよう
 そもそもこの方面で戦わされている戦力の中には、ロシア兵だけではなくウクライナ東部の分離主義者たちも含まれているそうだ。彼らの装備はロシア正規軍より劣っており、当然ながら攻撃力もないし損害も多い。ロシア側は自分たちの戦力が減るのを嫌がってこういう兵士を投入しているようだが、ドネツクの兵士はルハンスクの市街戦については戦闘拒否しているそうで、そりゃ町1つ奪うのにも苦労するはずだ。
 うっかり正規兵を投入すると、複数の旅団の「戦闘可能な歩兵が各々100人未満に減り壊滅状態」に陥ってしまうようで、そりゃいつまでもそんな戦闘を続けていられるわけがない。相変わらず将官の死亡も発生しており、wikipediaによれば今回の侵攻で戦死した将官は11人に達したもよう。ただしロシア側は4人しか認めていないという。なお今回戦死したのは「クトゥーゾフ」将軍。ちなみに歴史上のクトゥーゾフもクリミアで戦ったことがあるそうで、その際に彼は片目を失ったという。
 ただし、戦争の先行きを考慮する際には、長期化による別の影響も考えに入れなければならないだろう。即ち国際世論における関心の低下だ。戦況の膠着は人々の注意を引き付けにくくするし、死者数が積み重なるほどそれが日常化してしまい、やはり人々の関心は薄れてしまう。チェチェンにしてもシリアにしても、争いが長引くほどニュースの扱いも話題として取り上げられる頻度も下がり、日本では「他人事化」していった。もしかしたら戦争の結果を決めるのは、ロシアが経済で追い詰められるのと、国際世論が無関心になっていくのと、どちらが早いかの勝負になるのかもしれない。
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