ワーテルローと漫画

 ものすごく久しぶりになるが、ナポレオン漫画の最新号掲載分について取り上げたい。いよいよワーテルロー戦役が始まるところであり、読んでいていくつか言いたいことが出てきたためだ。それにしてもずっと昔に「ワーテルローまでたどり着くのは不可能じゃないか」みたいなことを書いていたのが、本当にワーテルローまで到着する時が来るとはね。思えば遠くへ来たもんだ。
 また事前に言っておくが、漫画自体はフィクションなのでどのような描き方をしても自由。面白ければOKだ。その前提のうえで、史実と異なる部分についてこれまでもこのblogで色々と紹介してきた話と照らし合わせてみたい。漫画における話の流れは、割と一般的な「ワーテルロー・インダストリー」(英語圏で粗製乱造されるワーテルロー本に対する皮肉)に沿っている印象が強いので、それが必ずしも最近の研究と一致していない点を確認することになる。

 今月号はまずブリュッヒャーとウェリントンという連合軍側の話からスタートしている。ベルギーに展開していた連合軍がナポレオンの侵攻までどのように準備を整えたかについては「ワーテルローへの道」のシリーズでまとめている。de Witの研究に基づいてかなり詳しく経緯を紹介しているので、これを読めばどのような流れをたどったかは大体分かるだろう。そしてまた人間が「後知恵」に引きずられがちであることもよく分かる。
 漫画の冒頭でグナイゼナウが英軍に対する不満を述べている場面がある。彼がウェリントンに対して不満を持っていなかったとは思わないが、一方で単に文句をつけていただけではないことも指摘しておきたい。実際、グナイゼナウの赴任前にはベルギーにおける両軍の連携についての話し合いはデッドロックに乗り上げていたのだが、彼がやってきてウェリントンと交渉すると事態は一気に動いたという事実がある。単に同盟国に対して不信を抱いていただけではない。それにしてもグナイゼナウが頑固でブリュッヒャーがなだめ役に回るというのは、なかなか珍しい配役だ。
 続いて登場したウェリントンと部下との話では、クリケットの話題が出ていた。クリケットで思い出すのはシャープシリーズのドラマでワーテルローを取り上げた際に、オラニエ公がクリケットに興じていた話だ。原作にそういった話があったかどうかは分からないが、ドラマ内では「戦場でもクリケットのフィールドでも同じくらい無能」という酷い扱いになっていた。もちろん、史実のオラニエ公は遊びに興じるどころかずっと忙しく仕事をしていたことは「ワーテルローへの道」でも紹介済みだ。漫画では今のところオラニエ公は登場していないが、さて、出演機会はあるだろうか。キャトル=ブラで戦死するブラウンシュヴァイク公の方が可能性は高そうだけど。
 その後でウェリントンがブリュッヒャー絡みで「(73歳の)老人は引退すべきだ」と言っている場面は、もしかしたらこの漫画でよく見られるシュールなギャグの一種かもしれない。実はウェリントンは1842年8月に、つまり73歳の時に英軍総司令官の地位に就いている。彼についてはワーテルローがある意味人生の頂点で、その後は「ピータールーの虐殺」と首相として議会改革に消極的だったことが結び付けられ、人気が落ち込んだとされている。その後もなお陸軍の総司令官になったのだから、当時の若者から見ればおそらく老害に見えたことだろう。
 続いてナポレオン側の話になり、ダヴーが「スルトは参謀長向きの男ではありません」と言っている場面が出てくる。これについても前に「ナポレオンの元帥評」という形で指摘しているが、スールトに対するナポレオン自身の評価は「戦時の大臣として、あるいは軍の参謀長として卓越していた」というもの。むしろ現場の司令官としてよりも参謀長になった方が役立つと見ていた節すらあり、「彼の助言は信頼に値したが、実行においてはお粗末だった」とも述べている。
 スールト自身が漫画内で「俺は現場の人」と述べている場面もあるが、これまた研究者によっては疑問視している人もいる。彼は1800年にジェノヴァで重傷を負った後、決して最前線には出てこなくなったとPaddy Griffithは指摘している。にもかかわらずスールトが参謀長には向いていないという議論は、既に19世紀には登場していた(たとえば1891年に出版されたJohn Codman RopesのThe First Napoleon, p246など)。ワーテルローの戦いから間もない1818年に出版されたThe Battle of Waterlooの中ではルフェーブルの参謀長を務めていたスールトについて、マルソーとルフェーブルが高い評価をしていたことが紹介されていた(p190)のに、時間の経過にともなって評価が大きく変わってしまったことが分かる。なぜそうなってしまったのかは不明だが。
 さらに時系列的に妙な部分がある。ウェリントンが敵の動きを聞いた後で「まだ急ぐ必要はないな」と考えて舞踏会に向かったシーンの後で、ヴァンダンムに送られた伝令の落馬、ブールモンの脱走といった場面が描かれているのだが、伝令の落馬は15日の早朝(1815, Waterloo, p61)、ブールモンの連合軍側への寝返りも同日朝(同, p62)だったのに対し、ウェリントンがリッチモンド公夫人の舞踏会に向かったのは同日夜である(同, p83)。
 そしてもちろん、この舞踏会における「一杯食わせやがった」から「ここで戦うことになります」までの逸話は事実である可能性が極めて低い。この話が出てきたのはワーテルローから半世紀以上後になってからだし、リアルタイム史料では話題に上ることすらなかったキャトル=ブラやワーテルローといった地名がどんどん出てくるあたり、いかにも後知恵で書かれた感が満載だ。でもフィクションの中では大人気であり、だからこの漫画で使われているのは全く不思議ではない。一方でこういう話を通じてこのミームが広がっていくのも否定できない事実。人間はもしかしたらフィクションを嘘八百として認識する能力に欠けているのかもしれない。
 こちらではストア哲学の話に絡め、レトリックに基づいて物事を考えてはいけないと指摘している。レトリックを使うと客観的な事実認識が難しくなるため、という理屈。でも現実にはレトリックどころかフィクションを事実と見誤ってしまい、フィクションの中にしか存在しない「お話」が広まるケースが多々存在する。その責任はもちろんフィクションの側ではなく、ミームに囚われやすい人間の脳の方にあるんだが、現実にはなかなか悩ましい問題を引き起こすところがある。
 繰り返すが漫画自体には問題はない。そもそも漫画を含むフィクションは最初から嘘八百なのであり、あくまで楽しく読めればそれで十分なのだ。漫画の評価は面白いかつまらないかのみで決まる。フィクションを無理に現実に当てはめようとする方がおかしい。全人類がフィクションはフィクションと割り切って楽しむ時代はいつになれば訪れるのだろうか。訪れないかもしれない。

 まじめな話、史実を知りたければそもそも漫画ではなくきちんと史料を調べた方がいい。例えばワーテルロー戦役についてはde Witが一次史料に関する素晴らしい調査をしているので、それを参考に……と思って彼のサイトを見たら、何とこれまで調べた内容を書籍にして出版しているではないか。見ると全9巻&地図1巻のトータル10冊で、まずは第1巻が出版されたところ。にしても1巻だけで500ページ超えだぞ。こりゃ凄い。
 見たところ1巻は戦役開始前の段階を、2巻は侵攻初日(6月15日)を、3巻はリニーの戦い、4巻はキャトル=ブラの戦いを扱っているもよう。5巻は17日の動きを、6巻と7巻でワーテルローの戦いそのものを扱い、8巻はワーヴルの戦いから連合軍のフランス侵攻までを取り上げ、9巻は非英語史料と戦役全体への所見が記されているという。彼がこれまで調べ上げた史料の中身を考えるなら、ある意味ワーテルロー戦役に関する決定版的な存在になるかもしれない。少なくとも史料集として考えればこれは実にありがたい本になるだろう。
 問題は、金額もさることながら、これ読んでいる暇があるだろうか。欲しい気分はあるんだが、手に入れても全てに目を通す時間的余裕がないまま終わってしまうのではないかとの恐れがある。いやほんと、人間の一生は短すぎる。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント