銀英伝のサイクル

 最近、銀河英雄伝説絡みのこんなツイートまとめそこそこ話題になっていた。もちろんフィクションをどう楽しむかは個々人の自由であり、登場人物を巡るこういうやり取りも楽しみ方の1つだろう。面白いのは、銀英伝を架空歴史小説と考えた場合、個別の登場人物の性格に注目が集まるあたりが実に英雄史観っぽい点だ。ま、そもそも銀英伝自体が(題名にある通り)「英雄」史観に基づいたフィクションなのだから、そういう視点で読む読者が多いのは当然ではある。
 でも作者の想定通りに読むばかりがフィクションの楽しみ方ではない。敢えて異なる視点から作品を見ることも可能なはずだ。一つの方法として、こちらで紹介した歴史の「法則」を当てはめてみよう。架空世界の気候プレートテクトニクスを推測したのと似たようなヤツだ。何しろ銀英伝はこちらの年表を見る限り、作中で実に1350年近くの範囲をカバーしていることになる。といっても大半は背景の説明文にすぎないのだが、これだけの長さがあれば、イノベーションサイクルは無理でも永年サイクルを年表から引っ張り出すことは可能、かもしれない。作者がそうした歴史の流れを意識して設定を作っていれば、だが。

 というわけで早速やってみよう。と言っても序盤は非常に粗い情報しかないので詳しく考えるのは無理。一応、超光速航行というイノベーションによって複雑な社会の規模がもう一段拡大したところから「法則」を想定してみる。年表によると超光速航行を生かした恒星間植民時代が西暦2400年頃から始まり、活動域の拡大が停滞に至ったのが2630年頃とされている。つまり統合トレンドの成長局面が230年ほど続いたことになる。
 これは過去の歴史と比べると、かなり長い拡大期になる。Secular Cyclesの中で異様に長い拡大期とされている共和政ローマですら170年程度(紀元前350~180年)だ。とはいえこの時代が、新しいイノベーションがもたらした最初の成長局面であることを踏まえるなら、それほどおかしくはないかもしれない。結局のところ共和政ローマの成長は馬と鉄器の時代に入った少し後から始まっており、新技術の恩恵をフルに生かした成長とまでは言えない。
 それから半世紀強のスタグフレーション局面を経てシリウス戦役の開始に伴い解体トレンドに入る。この危機局面は銀河連邦と宇宙暦が成立する2801年まで続き、さらにそこから宇宙海賊(実際はおそらく地方の独立政権だろう)の一掃を終えるまでの約100年が沈滞局面だとすれば、この「恒星間植民」サイクルは実に500年に及ぶ長い長いものだったと考えられる。イノベーションがもたらす急成長期(断続平衡説における急速な変化が起きる時期)には、パイの急拡大が寄与するため永年サイクルは長期化する傾向がある、といったもっともらしい理屈も考えられそうな話になっているあたり、なかなか興味深い。
 続く「銀河連邦」サイクルは、まず辺境開拓が加速した宇宙暦100年頃から社会全体が停滞に入る250年あたりまでの150年ほどが成長局面となる。これも結構長い。それだけ人口が減っていたのか、あるいはまだ開拓できる宙域が残っていたのだろう。そしてまたも半世紀ほどのスタグフレーション局面を経てルドルフの台頭からゴールデンバウム朝2代目が即位して5億人の共和主義者を殺害するあたりまでが解体トレンドと考えられる(このあたりは年表以外にこちらも参照)。このおよそ50年の期間のうちどこまでが危機、どこからが沈滞局面であるかは不明だが、全体を合わせたサイクルの長さは250年ほどになる。
 その次の「ゴールデンバウム」サイクルの成長期はどのくらい続いたと考えるべきだろうか。実はこのあたりから年表は社会全体の動きよりも個別の出来事中心になり、また歴代皇帝の記事を見ても個別の事績に焦点を当てるような記述ばかりになっているため、上記2サイクルほど分かりやすくサイクルを把握するのが難しくなる。英雄史観で歴史を見ようとしても個別のエピソードだらけになってしまい、逆に大きな流れはつかみにくくなる、ということかもしれない。
 一応、大量虐殺が起きているかどうかを調べると、第7代の時に「豪商300人を無実の罪で一族皆殺し」という話が出ているのがまず目につく。と言っても5億人殺害に比べれば桁は全然少ないし、それをやらかした皇帝は廃位後に普通に軟禁のみで済んだっぽい。その時代よりも6年の治世で600万人から2000万人を殺し、最後は自身も寵臣に殺されたという第14代の方が危機局面の到来を示す可能性が高いだろう。逆に言えば彼が即位する帝国暦247年までは統合トレンドだった可能性が出てくる。これもおよそ200年と長い統合トレンドだ。
 期間が長くなった要因の1つはハイネセンの長征かもしれない。帝国暦162年から218年まで続いたこの脱出劇をきっかけに、対抗エリートを含む過剰人口が帝国外に出ていくようになったと考えることは可能だろう(ハイネセン一行だけではその後の同盟の人口増が説明できず、実際には同様に帝国から逃げだした者が他にも大勢いた可能性があるため)。英国が19世紀に各植民地に大量の移民を送り出すことで国内の社会政治的な安定性を確保したのと同じ役割を、ハイネセンらの脱出劇は果たしていたのかもしれない。要するにハイネセンは帝国の延命に大いに貢献したわけだ。
 それでも結局はエリート過剰生産を止められず、帝国は再び危機局面に入る。といっても第14代以降の帝国の歴史はこれまたろくに説明されていないため、この解体トレンドの内実がどうだったかは明確には分からない。ただ330年から337年に相次いで4人の皇帝が即位した時期までは解体トレンドが続いていたと思われる。なおこの時期には自由惑星同盟が帝国と初めて接触し、同盟側が勝っている。建国110年ちょっとの同盟が勝利できたのは、帝国が解体トレンドにあったから、と解釈できるだろう。結局この「ゴールデンバウム」サイクルはおよそ300年続いたことになる。
 そして「ゴールデンバウム=ローエングラム」サイクルだが、統合トレンドが終わり明確に危機局面が訪れたと判断できるのはリップシュタット戦役が始まる488年となる。成長局面とスタグフレーション局面を合わせた統合トレンドは150年続いた計算となり、過去のサイクル(少なくとも200年以上)に比べると短い。超光速航行の実用化、宇宙海賊一掃による辺境開発、ハイネセンらによる同盟地域の開拓といった、過剰人口を吸収するフロンティアはこのサイクルでは存在しなかったため、統合トレンドが短くなったのだろう。作品はこのリップシュタット戦役開始からほんの4年ちょっと後まで描写したところで終わっているため、この解体トレンドがどのくらい続き、そこからどう成長が始まるかは分からない。
 一方、同盟側のサイクルはどうなっているのだろうか。帝国で解体トレンドが始まったのと同じ年である宇宙暦797年に同盟でも軍事クーデターが起き、スタジアムの虐殺などの社会政治的不安定性を示す事件が起きているので、同時期にこちらも解体トレンドに入ったと見て間違いはないだろう。同盟が成立した宇宙暦の復活時点(527年)からは270年とこれまた長い時間が経過しているのだが、この時期の同盟がほぼ誰も住んでいない地域に急速に居住域を広げたことを考えるなら、彼らのサイクルは「恒星間植民」サイクルと同じくらい恵まれた条件にあったと考えても不思議はない。
 ローエングラム朝によって帝国と同盟はほぼ統一されたため、今後の両地域の永年サイクルはほぼ同期すると予測できる。フェザーンのみを通じた限定的な交易だったのがより広範囲な経済交流へと変わるのはおそらく確かだ。改革開放で中国が急成長したように、グローバル化ならぬギャラクシー化でリカード的分業が進み、結果として彼らが再び成長トレンドに入る可能性はある。一方で小説の終了時点でエリートの数が十分に減らされていないとすれば、その内紛がしばらくは成長の足を引っ張るかもしれない。解体トレンドに入ってからの期間の短さを踏まえるなら、まだ当面は混乱が続くと見る方が妥当だろう。

 とまあ適当に永年サイクル用語を銀英伝に当てはめてみたが、意外にハマリがいいのには驚いた。原作が書かれたのは1980年代であり、TurchinはもとよりGoldstoneの著作ですらまだ世の中に現れてはいない時期だ。その時代にでっち上げられた「銀河帝国の歴史」が、イノベーションサイクルや永年サイクルで想定できる流れに沿っているという点は、この作品の「もっともらしさ」のレベルがそれだけ高いことを示しているのだろう。もしくは「理屈と膏薬はどこにでもつく」という格言の正確さを表しているのかもしれないが……。
 最後に念のため一言。繰り返しになるがそもそも原作がフィクション、つまり嘘八百なのであり、だからここで書いたことも単なるネタでしかない。中身の妥当性はかなりどうでもよく、この取り組みで楽しめるかどうかこそが大切だ。個人的には楽しかったのでOK。
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