エリートの動態

 ロシアのエリートがどうなっているかについてはこれまで何度か書いている。最近、ロシアのエリートについて経済学者へのインタビューが行われたようで、主にDeepLを使って翻訳した長尺の文章がこちらで閲読可能となっていた。これまた内容が実に興味深い。
 まずはロシアのエリートを分析するうえでの枠組みとして、2つの理論が出てきた点に注目しておこう。1つは有名なアセモグルとロビンソンの「国家はなぜ衰退するのか」で唱えられた収奪的(extractive)及び包括的(inclusive)な制度の話だ。内容はこちらで確認してもらいたい。なお余談だが包括的という言葉については、DeepLの翻訳で使われている「包摂的」の方が分かりやすい日本語かもしれない。
 もう一つ、この経済学者が取り上げているのは、Northが唱えた「アクセス制限型秩序」と「アクセス開放型秩序」という切り口だ。簡単な説明はこちらで読めるし、2012年にNorthらが書いたLimited Access Orders: Rethinking the Problems of Development and Violenceという論文もネット上で確認できる。経済資源や政治組織へのアクセスがエリートによって制限される「アクセス制限型」は途上国や新興国でよく見られる制度で、一方の「アクセス開放型」は先進国によくあるタイプだ。
 North論文のTable 2には「脆弱なアクセス制限型」「基本的なアクセス制限型―権威主義」「基本的なアクセス制限型―競争的なクライエンテリズム」「成熟したアクセス制限型」「アクセス開放型」国家の例が記されている。旧ソ連は権威主義であり、アフガンのような国は脆弱な事例、クライエンテリズムはフィリピンやバングラデシュ、そして成熟型はインドや中国が紹介されている。インタビューを受けた経済学者は、この枠組みがソ連崩壊後のロシアを見るうえで適切ではないかと指摘している。
 実際、インタビューはこの2つの視点でフルシチョフ以来のロシア政治の流れを見るとどうなるかについて説明したものとなっており、なかなか分かりやすい。当初、フルシチョフらは豊かな生活を目指していたそうで、おそらく包摂的な制度を目標としていたのだろう。だが共産主義ではその目標は達成できず、ブレジネフの時代になるとそうした夢は捨てて単にエリートがいつまでも権力の座にしがみつくだけが目的と化していった。この政治は若いエリートたちが地位を得る機会すら奪い、その結果として権力を手に入れることのみを渇望する若い世代が積みあがっていったという。
 ソ連の崩壊後、共産党エリートが没落する一方で新しいアクセス権限を持つ3種類のエリートが浮上してきた。オリガルヒ、官僚トップ、そしてシロビキ(治安・国防関係エリート)だ。Turchinが紹介しているエリートの種類で言うなら、経済エリート、行政エリート、軍事エリートが1990年代に連合を結成し、ロシアを支配していくようになったということだろうか。ただしこの3者の関係は常に変化していたようで、当初はオリガルヒと官僚トップが強かったが、やがてユコス事件を経て前者が没落。その後は官僚トップとシロビキの連立がしばらく続いたが、アラブの春を通じて民主化の動きを恐れたシロビキがやがて優勢になっていったという。
 重要なのはこの過程でソ連時代と似たような動き、つまり「最初は全体の繁栄を目指していたはずの政治がやがて権力者の利己的な利益のみを指向する」ような流れが発生していたことだ。元々ソ連時代からロシアでは囚人のジレンマで短期的利益ばかりが選ばれるような不信感が各政治勢力間に存在していた(以前紹介した奴隷貿易の影響を受けたアフリカ地域と似たような感じだろうか)。それでも2000年代初頭にはリスクを覚悟で相手を信じることで経済成長に向けた改革を望む人たちがいたという。ところがそれを妨げる要因が出てきた。ソ連時代は経済停滞がその要因だったが、ロシアではむしろ好況、具体的に言えば石油価格上昇が改革の流れを断ち切ったようだ。
 資源の呪いについても以前に触れているが、実際に石油価格上昇は石油利権を巡るオリガルヒと官僚トップの争いをもたらし、ユコス事件を通じてプーチン政権が産油量の7割を握るようになった。成長のために協力し合うのではなく、収奪的な方法を通じて利益を手に入れたわけで、囚人のジレンマにおける短期的利益優先指向が再び表に出てきた格好だろう。インタビューに答えた経済学者は、ロシアではグループ間には不信感が根強いと指摘している。
 しかし石油価格はいつまでも高いわけではなかった。リーマン・ショック後の世界的な不景気でロシアは窮地に陥り、そして2011年のアラブの春とモスクワでの抗議行動に恐れをなしたシロビキらは、より強権的な政治にシフトした。だがそれで経済成長が成し遂げられるわけもなく、エリートも含めて分配すべき利益が減ってくると、プーチン政権は今度はクリミア併合によって愛国心を扇動するかたちで不満を逸らそうとした。でもこの方策は「一般庶民が国益のためにベルトを締める」という内容であり、要するにエリートによる大衆収奪度合いをさらに高めることで一時しのぎを図ったにすぎなかった。
 クリミア後は西側の経済制裁が始まった。当初は中小企業の中に輸入代替で利益に与ることができるとの見方からプーチン政策を支持した人もいたようだが、2018年以降になるとそうした幻想も消えていったようだ。今やエリートは完全に暴力を使った収奪的な制度に頼るようになり、経済制裁はより厳しくなって豊かさとは逆の方に進み、大国幻想よもう一度と始めたウクライナ侵攻はあちこちで擱座している。インタビューの最後には、利益の配分がないと「万人の万人に対する戦い」が始まり、時期は不明だが深刻な経済危機から「遅かれ早かれ政変が起こる」と記されている。
 その他にも色々と面白い話が載っている。例えば中国とロシアの違い。中国はまだ自分たちの価値観を持つエリートたちが残っており、また習近平が出てくるまでは10年ごとにトップを代えることで若いエリートたちのインセンティブが存在していた。だがロシアではそうした、世の中をよくしようとする価値観を持たないニヒリズムに浸ったエリートたちが権力を握り、その権力を使ってひたすら利益やレントを手に入れることに没頭する政治体制ができてしまったそうだ。まさにマフィア国家である。もちろんエリートが収奪を図るなら下っ端も同じで、協力して経済成長なんて言っていられる状況からは程遠い。
 以上、このインタビューはエリートの動態に注目する点ではTurchinらの視点と同じだが、Turchinがより抽象的な「エリート過剰生産」と「エリート内競争」という概念で済ませている部分について、よりブレークダウンした説明がなされていると見ていいだろう。分配できる利益がなくなればエリートの内紛が起きるというのは、GoldstoneやTurchinが内戦や革命のメカニズムとして指摘しているのと同じであり、もしこの説明が正しいのならロシアもまた「不和の時代」に突入していることになる。2000年代初頭までは西側の経済体制が目指すべき改革の青写真と思われていたが、足元では彼らも「モデルとして機能し得ない」そうで、だとするとロシア人はなかなか厄介な危機局面や沈滞局面の到来に備えた方がいいのかもしれない。
 と同時に、奴隷貿易の影響を受けたアフリカもそうだが、一度こういった不信に基づく政治体制が出来上がってしまうと、そこを脱して「相互信頼とアクセス開放型秩序に基づく経済繁栄」への道を進むのがとても難しいことも分かる。この経済学者は、プーチン政権が崩壊しても次にできる政権はやはりアクセス制限型であり、開かれたアクセスへの移行は達成できるとしても40~50年はかかると述べている。開放型の包摂的な社会に(経済面で)メリットがあるのはおそらく間違いないのだが、その領域に到達するのは容易ではないのだろう。

 一方、ウクライナ侵攻では東部のセベロドネツクが新たな焦点になってきている。少し前にはロシア軍がこの地域のウクライナ軍を孤立させようとする取り組みが行われていたのだが、ISWの5月27日の報告あたりから、なぜか都市への直接襲撃が始まったという。29日の報告でも同市への直接攻撃が継続されているようで、この方面のウクライナ軍との激しい攻防が続いている。一方、ウクライナ側はヘルソン北西で反攻に出たそうで、ウクライナ南部の足場を固めようとしているロシアの妨害を図っている。
 戦争は一進一退だがロシア国内の状況はよろしくないように見える。こちらのツイートではそのいくつかの例が取り上げられているのだが、例えばパイプラインの火災なるものは山火事に巻き込まれたのが理由らしいが、ロシアの山火事は戦争がなくても広大な面積を焼き払ってしまうことがあるらしく、もしかしたら鎮火するための人手が足りていないのかもしれない。また南部ではダムの修理をロシア軍が許可しなかったために水門から派手に放水中という。
 こうなると問題はロシアの内政や経済が逼迫し戦争が継続できなくなるのはどのタイミングか、に注目が集まりそうだ。こちらによると、既に4月には財政が赤字に陥っており、歳出が急増しているという。こちらでも足元で再び債務残高が増加している様子が記されている。さらに大衆から収奪し、エリートを黙らせられるだけのニンジンをいつまで分配し続けられるか、中期的にはこのあたりが重要になってくるんだろう。

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント