女性の学歴と子供

 興味深い研究があった。Salaries, degrees, and babies: Trends in fertility by income and education among Japanese men and women born 1943-1975―Analysis of national surveysという論文がそれだ。題名にある通り日本を舞台にした研究であり、大学からのプレスリリースも出ている。ネットでも話題になっていた
 内容を思い切り簡単にまとめたのがこちらのツイート、ではあるが、日本語のリリースまであるのでそちらを見た方がいいだろう。それによるとポイントは3点。まずこの研究は子供の数と学歴・収入との関係を調べるためのもので、そのために出生動向基本調査のデータ分析を行っている。次に子供を持たない人の数は男女とも30年で3倍近くに増えている。そして男性では高学歴・高収入であるほど子供を持つ割合が高い。
 正直、このポイントだけなら前々から指摘されていた点を具体的にデータで裏付けただけの研究だと思う。実際、図1にある「男女が持つ子供の数の変化」が時とともに右肩下がりになっている点や、図2の「学歴・収入と子供の数の関係」で男性の、特に収入との関係で子供の数に明白な差がついているのは、ほとんどの人にとって予想通りの結果だと思う。雇用形態で見ても男性の場合、非正規雇用であれば子供を持っている人の割合、及び3人以上の子供がいる割合は、正規雇用に比べて少なくなっている。
 一方、女性の学歴を見ると、1970年生まれまでは大卒未満の方が子供の数が多いし、正規雇用の方がそれ以外に比べて子供を持っている割合や3人以上の子供がいる割合が少なくなっている。男性とは逆の傾向だ。ただし、1971~75年生まれだと大卒と大卒未満の間で子供の数に差がなくなっている。そして最後に、男女とも都市部に住む人の方が子供を持っている割合や3人以上子供がいる割合が低くなっている。以上の分析結果を踏まえた議論の部分も、基本的にこれまで言われてきたことを改めてまとめなおしている部分が大半だ。
 ただ、女性の学歴と子供の関係については、興味深いことが記されている。高学歴女性ほど子供を持たない割合が高いという調査結果は欧米でも出ていたが、最近はこのギャップが縮小傾向にあるという。特にスカンジナビア諸国を対象にした研究では、むしろ学歴が低い女性の方が子供を持たない割合が高くなっているそうで、つまり一部の国では男性同様、学歴や収入の高い女性の方が子供が多くなっているのだそうだ。「貧乏人の子沢山」というフレーズは、今や間違いになりつつある、のかもしれない。
 このスカンジナビアでの研究は、Education, Gender, and Cohort Fertility in the Nordic Countriesという論文にまとめられている。まず興味深いのがFig. 4に示されている男女の学歴。高いレベルの教育を受ける度合いが男性の場合は20~35%程度にとどまっているのに対し、女性は低くて40%、高いと5割を超えている。ここでも学歴で女性が上回る傾向があるということは、前に紹介した女性の方が数学や言語の能力が高いという米国での研究結果がより普遍的に当てはまる可能性を示している。
 Fig. 6では学歴と子供がいない割合が図示されており、男性はやはり学歴が高い方が子供のいない確率が低くなっている。問題は女性の方で、フィンランドを除く3ヶ国では学歴が低い層が最も子供のいない確率が高くなっている。そして以前は4ヶ国とも高学歴が最も子供のいない確率が高かったのに、いまではどの国でも中程度の学歴の女性と同じくらいの割合にとどまるようになっている。独りぼっちで不満を抱えた者が、男女とも学歴や収入の低い層に集まりつつある、のかもしれない。
 日本でも1971~75年生まれの女性に注目すると「学歴と子供の数の間に見られたギャップ」が消失していることは上に述べた通りだ。おそらく男女とも高学歴化が進んだことなどが背景にあるんだろうが、この傾向がさらに続き、スカンジナビアのように逆転現象まで生じるかどうかはまだ分からない。だが、これまで存在した「学歴の高い女性と低い男性はなかなか結婚相手が見つからない」という現象が今後も続くかどうかは、実は思ったほど自明ではなさそう。

 この研究が気にかかった理由は、こちらで紹介した「エリート内競争の主役が女性になる」という可能性に影響を及ぼすと思われるからだ。特にその中で指摘した女性の上方婚指向がどうなるかが重要。このエントリーでは上方婚指向には進化的背景があるかもしれず、だとしたらその変化にはかなりの時間が必要になるのでは、との見通しを示した。でも、北欧で比較的短期間に子供の有無と母親の学歴との関係が変わっているのだとしたら、その想定を見直す必要が出てくるかもしれない。
 北欧の女性が実際に上方婚指向をどこまで減らしているかは不明。そもそもそうしたデータは該当論文には載っていない。一応、男性より女性の高学歴化が進み、一方で高学歴の女性のうち子供のいない率はほとんど上がっていないことを踏まえるなら、彼女らが下方婚を厭わない可能性はあると考えられるが、具体的な数字がない以上、断言はできない。それこそ高学歴女性は例えば外国の高学歴男性と結婚しているのかもしれないからだ。それでも昔に比べて上方婚指向が弱まっている、くらいなら言えそう。
 だとすれば男女の結婚における指向の違いは生物学的な行動の差というより、あくまで社会的な判断に基づく傾向だったと見ることもできる。女性の上方婚や配偶者の生活力をシビアに見積もる傾向は、過去の社会においてはその方が有利だったために行なわれていただけ。社会が複雑さを増し、より知識が求められるようになれば、そうした社会でより有利な行動を取るようヒトはすぐに変化する。女性の場合、配偶者をシビアに見定めるより自分で学び働く方が包括適応度を高めるのであれば、そちらへとシフトするのにやぶさかではない、ということだろうか。
 この仮説に対する疑問を呈するとすれば、哺乳類においては身体構造的に母親が子育てにおいて大きな役割を果たすようになっている、という点が挙げられる。だがこの点は現代の文明を使えば克服は可能だ。そもそも母乳の代わりは容易に手に入る時代になっているし、先進国では様々な形の子育て支援が存在している。さすがに母胎内で一定期間子供を育てる真獣類としての機能を代替することは(研究はなされていても)現時点では不可能だが、そこさえクリアすればある程度はカバーできるようになりつつある。親族の支援が得られれば、包括適応度を高めるために学歴と収入を増やす方が女性にとってはプラスという環境は整えやすそうだ。
 環境を整える方法の1つが移民かもしれない。こちらの記事では、単純労働である移民の流入により、時給の高い女性ほど家事代行サービスにお金を払ってでも仕事を増やす方が効率的だとの研究結果が紹介されている。つまり家事を家庭内ではなく外部にアウトソースできるなら、たくさん働いた方が包括適応度が上がるという計算だ。こちらのグラフを見ても北欧は急激に移民が増えている地域であり、それゆえに女性が学歴や収入を高めることが包括適応度の向上に直結しやすかった可能性はある。
 そのような社会になると女性にとって上方婚の重要度は下がり、自分の稼ぎこそが子育てにとって重要度を増す。となればたくさん稼げる人間ほど子沢山になるのは男性と同じだ。結果、男女とも学歴や収入が高いほど包括適応度が高まって子供を持てるようになり、それが低いほど子供はもとより結婚相手すら見つからなくなっていく。そもそも所得が低いほど孤独を感じる割合が高まるとの研究結果もあるくらいだが、今までは男性ほどその傾向が強かったのがこれからは男女を問わなくなってくる、かもしれないのだ。

 かくして世の中は男女を問わず、学歴や収入が高く配偶者や子供にも恵まれた高い包括適応度を享受する層と、いずれも持たず不幸や孤独に苦しむ層とに分断されていく……と考えていいのだろうか。
 そうなりそうな理由の1つは、上にも記した通り現代社会が複雑さを増した知識社会と化している点にある。こういう社会では性別よりも知能の方が包括適応度に直結しており、だから学業成績の高い女性が必然的に社会の上層部に求められるようになる。彼女たちにとってもその方が上方婚よりメリットがあるなら、もはや遠慮する必要はない。結果、男女ともベルカーブの右側にいる者たちが繁栄し、左側の者たちはさらに取り残されてしまう
 だがそうならない理由も考えられる。これまた上にも記した身体構造的な要因のうち、特に子育て部分が問題だ。移民や祖父母といったサポートのない状態で、小さな子供を抱えた親が労働時間を増やすのは容易ではないだろう。そして現在、世界的に人口増のペースは鈍っており、いずれは頭打ちになる。そうなると家事代行サービスを任せるような安価な労働力は簡単には手に入らなくなることが考えられる。家事のアウトソースが割に合わなくなり、やはり家庭内で担うしかなくなるかもしれないのだ。
 洗濯や掃除のように子育ても安易に機械化できるのなら、おそらく前者の道に進む。でも育てなければならないのが、将来の知識社会を担うだけの人材であることまで考えるなら、そう簡単に機械化できるかどうかは不明だ。高学歴女性が上方婚より仕事を狙うのが当たり前の社会が本当に来るのか、そのあたりは正直分からない。
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