内戦と勢力拡大

 気がつけばロシアのウクライナ侵攻が始まって3カ月。あっという間のようにも感じるし、長かったようにも感じる。これまではほとんど見ることのなかったニュースやSNSアカウントを追いかけ始めることになってしまったが、とにかく早く終わらせてほしい
 追いかけているアカウントの1つが、派手にツイートを繰り返しているGaleev。その彼が興味深いことにAndradeの本Lost Colonyに言及していた。中国が台湾に攻め込まないことにロシアのエリートが酷く落胆しているという話に関連しての言及で、足元の政治情勢についてではなく、歴史についての見解を記したものである。
 ツイートではまず、中国の数多い内乱、内戦の中には、むしろ彼らの領土を増やしたものもあると指摘。女真族の侵入に対して反対勢力が本土から撤収し、オランダが植民地を築こうとしていた台湾を奪い取った事例を紹介してる。こちらでも触れた鄭成功による台湾占領、つまり「国性爺合戦」だ。Andradeはこの戦いで中国側が西欧に勝利したことから、16〜17世紀は東西の力が拮抗していた「均衡の時代」であるとの見方を示している。
 GaleevはAndradeの本を称賛した後で、この戦いは北京の中央政府による台湾征服ではなく、内戦の敗者が行ったものと指摘。同様に内紛が領土拡大のきっかけになった事例として、ステュアート朝で抑圧された清教徒たちによる「ビルグリム・ファーザーズ」の話も紹介している。また内乱になって清教徒側が勝利すると、敗北した高教会派も国外に逃げ出し、それをヴァージニア州が迎え入れたという話もあったそうだ。
 Galeevはこれらの話を踏まえ、飢えや渇きよりも互いに一緒に暮らす方が我慢ならないという衝動こそ、ヒトが勢力を拡大した要因ではないかと書いている。現在の台湾も同じで、共産党と一緒に居られなくなった国民党がかつての鄭成功ばりに台湾へと移っていった。本土からは安全な距離を保っていられる一方、大勢の人が逃げ込めるくらいは近い場所である台湾は、内戦の敗者にとってわかりやすい避難所だったわけだ。
 最後にGaleevは歴史に関するこぼれ話を付け加えている。実は第2次大戦が終わった1945年時点で、共産党は国民党と中国を分割することを想定していたのだそうだ。自分たちの方が弱いと思っていた共産党は、国民党が中国南部を維持し、自分たちが北京を含む中国北部を押さえるという案を提案した。国民党はこれを拒絶したため国共内戦が続いたわけだが、事態はむしろ共産党側に有利に進み、国民党は本土から台湾へと逃げ出すことを強いられた。今でこそ共産党は中国が一体であると主張しているが、必ずしも最初からそうではなかった、というオチである。
 Geleevの話は面白いが、少しばかり乱暴なところがあると前にも書いた。このツイートにも彼のそういう部分が現れているように思う。例えばピルグリムたちが1620年に北アメリカに到着した事例。プリマスへの植民はこれが嚆矢になったのは確かなんだが、北アメリカという位置づけで言うならその12年前の1608年に英国の植民者がヴァージニア州ジェームズタウンに最初の恒久的入植を行っている。この入植を手掛けたヴァージニア会社はステュアート朝のジェームズ1世の勅許を受けた会社である。
 台湾の事例についても、あの島が中国の版図に組み入れられたのは鄭成功の時代ではなくその後の清による征服であることを忘れてはならない。鄭氏政権は台湾を奪った20年ほど後には清に敗北しており、その後で清は消極的ではあったが台湾を領有した。中国の領土が時代を経るにつれて増加していることは、Victor Liebermanが指摘している。台湾もそうやって増えた領土の1つと考えられなくはない。
 この2例以外に、内戦の敗者が勢力圏拡大に関与した事例はあるだろうか。正直あまり思いつかない。むしろ「政府主導ではなく、アントレプレナーらによる勢力拡大」の方がたくさん事例が見つかるんじゃなかろうか。例えば日本で言えば、薩摩藩が江戸幕府の了解を得て行った琉球侵攻などはこの一例かもしれない。満州事変あたりになると出先を政府がコントロールできないのが問題視されるようになるが、古い時代はそのあたりは割と雑に処理されていた印象がある。
 Galeevの言うように「互いに一緒に居られない」という理由でヒトが生息領域を広げたという仮説がどこまで当てはまるか、彼が紹介している2つのあまり適当とは言えない事例だけでは判断できないだろう。むしろヴァージニア会社のように「勅許」を得て、つまりある程度の母国からの支援を得て新天地に向かった人の方が多かったかもしれない。東インド会社などのアントレプレナーによる植民地化にもそういう面はあったし、北海道開拓に携わった屯田兵も、政府の事業として行われている。やはりGaleevの言い分は「面白いかもしれないが安易に信じない方がいい」、という結論になりそうだ。

 一方、戦況についてはドンバス方面でロシア軍が一部で戦線突破に成功しているとの話が出てきた。3ヶ月に及ぶこの侵攻の中で不手際ばかりが目立っていたロシアの側に、ウクライナ軍の防衛線をきちんと突破したという話が出てきたのはなかなか珍しい。滅多にない事態だけに何が原因なのか色々と思惑が飛び交っている。もしかしたら「コントローラー」を持つ手が変わった、のかもしれないという。
 もっとはっきり言うと、プーチンが手術を受けたのが理由ではないかとの意見が出てきている。一部の報道によると15日から16日にかけての夜間に、一刻も早く手術を受けるべきという主治医の主張に合わせて手術を受けたそうだ。手術は成功したが、その後の容体は21日の朝まで安定しなかったそうで、しばらくは安静を強いられていたという。一応、ビデオ会議には出たそうだが、その際には「Deepfakeでサポート」されたという話で、要するにこの報道が正しいのなら彼は先週からほぼ機能していなかったことになる。
 どこまで本当なのかは分からないが、ロシア軍の圧力でウクライナ軍が後退を決めたという話まで出てきているのを踏まえるなら、プーチンがいなくなってロシア軍がやっとまともに作戦を展開できるようになったと考えたくなる気持ちは分かる。逆に言えば手術を強いられる以前は本気で細かい戦闘指揮に介入し、ロシア軍の損失を積み重ねていたと考えられるわけで、ウクライナはむしろ「プーチンの可及的速やかな復活」を期待しているかもしれない。
 もちろんこれで戦況ががらりと変わり、ロシアの勝利が近づいたと見なすのは気が早いだろう。こちらによれば、ロシアの突破がどこまで進むかは兵站をどこまで維持できるかにかかっているという。ISWの分析によると、ロシアはポパスナ方面での戦果を拡大するだろうが、その西方にあるバフムトを素早く奪うのは簡単ではないそうだ。またロシアのナショナリストによる特別軍事作戦への批判が強まっているそうで、中には動員を求める声もあるが、クレムリンはそれを実行するつもりはないという。
 ロシアが簡単に力尽きるわけではなさそうに見える点は、確かに重要だろう。一方でこれまで積み上げたロシア側の損害が消えるわけでもなく、そのダメージを埋め合わせるのが容易でないのもおそらく事実。何しろこの3ヶ月で死者はアフガンでの9年分に匹敵すると言われているくらい。短期的に限定的な戦場で勝利を収めるとして、それでウクライナが抵抗を諦めるわけでもないだろうし、戦争の長期化は基本的にロシアにとてマイナスと見られている。
 実際、ポパスナでロシア軍に有利な状況が進んでいる一方、そこに至る前にロシア軍の高級将校は数多く免職されており、それによってロシア側はいよいよ上からの指示待ちになっているとの分析もある。そもそもロシアは軍人の声明を軽視すると言う悪しき文化があり、そうした問題点の軌道修正は難しいとの意見も見られる。アゾフスタリ製鉄所は陥落したが、長期にわたる抵抗で守備隊はウクライナの英雄になってしまったため、その処遇も難しくなっている
 ウクライナの英雄話は、胡散臭いものまで入れれば数多く生まれている。ハルキウではまるでガンダムみたいな話が伝わっているし、パルチザンがロシア軍の装甲列車を爆破したという未確認情報などもあった。挙句に日本のSNSで話題になっていたドネツ川の河童ウクライナに伝わるなど、これまた大喜利状態になっている。
 それに軍事作戦の改善が見られているとしても、経済面では時間がたつほど厳しくなる。ロシアの上院議員は輸入代替に失敗していると述べておりロシア国内で食糧不足を実感している人は半数を超えてきたそうだ。自動車部品の盗難が増えているとの話もあるし、ロシアの契約兵は装備を自前で揃えなければならないという。これで戦い続けるのはなかなかつらいものがありそうだ。
 なおMilanovicは「プーチンの次」の話を既に述べているもよう。将来的には独裁より集団指導体制の方がいいと思うのではないかと見ているらしいが、それ以外では「制裁は50年続くし、輸入代替は失敗するし、東への経済シフトも失敗する」と指摘しているそうだ。ロシアの将来が相変わらず不透明なのは変わりないんだろう。

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