衛星上の架空世界

 まず冒頭に恒星とガスジャイアント(太陽と木星のようなもの)が示される。両者の距離は5.2天文単位、つまり太陽と地球の距離の5.2倍だ。ガスジャイアントは質量が地球の320倍、半径は11倍だ。またこのガスジャイアントは土星のようなリングを持っており、リングは惑星直径の1.34倍から2.44倍のところ(プラスマイナス0.2倍)のところに存在する。動画では地球の直径の15倍から27倍(惑星直径の1.36倍から2.45倍)としている。
 ガスジャイアントにはリング以外に3種類の衛星がある。Aグループは不規則な形の小型衛星で、その軌道はリングの外側半分とその少し先までの範囲にあり、互いに地球の直径の0.25-1.5倍離れている。サイズは数十キロから100キロちょっとで、重力ではなく抗張力で互いにまとまっている。ロシュの限界より接近した状態で存在できるのはそれが理由だそうだ。動画では実際に4つのAグループ衛星を配置。それらが非常に近い範囲で公転できるのは共鳴現象によるとしており、またこの衛星がリングに隙間を生じさせることも指摘している。
 Bグループの衛星は、数の少ない球形をした大きな衛星だ。これらはガスジャイアント直径の3倍から15倍のところに存在する。こちらはあまり近くには存在できず、少なくともガスジャイアント直径と同じだけ離れた軌道上にある。そしてその質量はガスジャイアントの1万分の1未満でなければならないそうだ。動画では6つの大型衛星を配置し、そのラグランジュポイントに小型衛星を置いている。また大型衛星は2:1の共鳴をしているそうで、その影響でリングに隙間ができることも指摘している。
 最後のCグループは遠い距離にある不規則な形の小型衛星あるいはガスジャイアントの重力に捕まった天体。場所は惑星直径の20倍以上離れたところにあり、軌道も不規則。サイズはせいぜい数十キロだ。ちなみに最も遠い場所としてこのガスジャイアントの場合、直径の8358倍のところまでこうした衛星が存在し得るそうだ。この動画では大きく2つにまとめたCグループの衛星を想定している。
 そして動画の後半では「居住可能な衛星」のテーマを取り上げる。まずはガスジャイアントを恒星近くのハビタブルゾーンへと動かし、そこに地球のような衛星を配置する。具体的にはガスジャイアントが恒星へと近づく際に既に持っていた地球並みのサイズの衛星も連れてくるという方法、2つ目はガスジャイアントが移動し、持っていた衛星を全て失い、その後で内側を回っていた惑星をとらえて衛星にするという方法だ。ただしどちらの方法も完璧ではないという。
 地球のように大気を維持し、また放射線を防ぐことができる地磁気を持つためには、居住可能な衛星は地球の0.25倍から2倍の間の質量を持っていなければならない。これは現存する太陽系の衛星に比べればはるかにでかく、そうした衛星を存在させるためにはガスジャイアントの質量を木星の7~8倍にしなければならない。加えてそうした巨大な衛星は氷に覆われている必要がある。そうすれば恒星に近づくことで氷が溶けて水の惑星が生まれる。
 一方、既存の惑星を重力でとらえる場合、そうした衛星質量に関するガイドラインには縛られなくなるという。無理に巨大なガスジャイアントを作らなくても済むわけだ。ただし恒星の質量も課題となり、居住可能な衛星は恒星質量の0.2倍より大きなガスジャイアントの周りを回らなければならない。それ以下だと潮汐加熱、放射線、及び加速する温室効果といった問題が深刻になるそうだ。そして衛星はガスジャイアントの直径の10倍から20倍の範囲で、なおかつ傾きが0.01以下の軌道を回る必要がある。しかし重力で捕らえられた衛星は一般的に不規則な軌道になる。
 以上を踏まえ、居住可能な衛星を満たす条件については8:40のところで箇条書きになっている。捕らえられた星かどうかは必須ではないが最適条件であり、また惑星の軌道周期と衛星のそれは一定の割合以下になっている必要がある。要するに惑星上ではなく地球のような条件を持つ衛星上に生物を住まわせるとなると、いろいろ面倒な作業が必要になるってことだ。
 さらに動画の終盤では「馬蹄形軌道」なるものが紹介されている。土星の周囲を巡る2つの衛星はほぼ同じ衛星軌道を共有しており、内側を回る衛星の方が速度が速く、いずれ外側の衛星に追いついてくるのだが、そうすると双方の重力が働いて前方にいる外側衛星が減速し、後方の内側衛星が加速する。結果、両者はその位置を入れ替え、内側に入った衛星が速度を上げて外側に出た衛星を置き去りにする。この事態が4年ごとに繰り返されるそうだ。
 動画が指摘しているのは、この2つの衛星がどちらも居住可能衛星だったらどうなるか、という話。一方の衛星上から見れば、他方の衛星が急速に接近し、動きを止め、それから来た方角へと遠ざかっていくような動きを見せる。もし一方の文明が発達し、夜間の明かりなど文明の証拠をもう一方の(まだ文明が発達していない)惑星から確認できるとしたら「クールじゃね?」というのがこの動画のオチだ。

 以上、惑星上ではなく衛星上に世界を設定するとしたら、木星よりずっと大きな惑星が衛星ごと内惑星系に移動してくるか、あるいはガスジャイアントが単独で移動してきて地球規模の内惑星を極めて都合のいい軌道で捕まえるか、そのどちらかで想定すべきということだろう。例えば木星サイズのガスジャイアントが地球を幸運な恰好で捕まえ、直径の20倍ほどの距離で衛星がガスジャイアントの周囲を回るようになった場合、衛星から見た惑星のサイズは、地球から見た太陽や月の5倍強の直径になるんじゃなかろうか。
 ハビタブルゾーンを回る惑星の公転周期が約1年とした場合、衛星が惑星の周囲を回る周期は長くて40日ほど。ガスジャイアントの見た目のサイズを考えると、衛星上からは結構な頻度で惑星による日食が発生しそうに思える。問題は自転の方。惑星と衛星の間には「自転と公転の同期」が生じやすいそうで、例えば40日で衛星が惑星の周囲を公転する場合は1日も40日に近い数字になってしまう。自転周期が長いとそれが大気や海洋の循環に影響を及ぼすことは前にも指摘している。
 もう一つ、動画で指摘していないのが潮汐力の影響だ。木星よりはるかに大きなガスジャイアントなら当然だが、木星サイズであっても衛星に及ぶ潮汐力はかなり大きいと想定される。何しろ潮汐力だけでマグマの活動が維持されている事例もあるくらいで、もし地表に液体の水を持つ衛星がガスジャイアントの周囲を回っていたなら、どれほど派手な潮の満ち干が起きるのかも問題になる。もちろん火山活動の活発化は想定した方がいいだろうし、プレートテクトニクスにどんな影響が及ぶのかも気になるところだ。他にも私の思いつかないような問題点が色々とあっておかしくない。
 最後の馬蹄形軌道の話が現実的かどうかは分からないが、惑星上ではなく衛星上の世界を想定する場合は、それだけでかなりエキセントリックな世界設定ができそうなのは間違いない。キャメロン監督のアバターが衛星上の世界を描いているそうだが、内容的には色々とツッコミを受けているようで、もっともらしさを確保するのはけっこう大変そうだ。
 複数の衛星を持つ惑星という架空世界は結構あるが、月の上に異世界を作るという架空世界はあまり多くないようだ。少なくとも英語wikipediaのカテゴリーを見ると、架空の惑星が48ページもあるのに対し、架空の衛星は11ページのみ。基本的にはファンタジーというよりSF世界の設定向きと考えていいだろう。
 逆にナーロッパ的な世界にこの設定を持ち込めば、他にあまりない特徴としてアピールできるかもしれない。ただし設定と矛盾を出さないために色々と書き込む際に注意を払わねばならないことを考えるなら、よほど事前にきちんと考えを練り上げておく必要があるだろう。基本的な問題として、フィクションを作る際に設定にどこまで力を入れるべきかという問題もある。本来はキャラクターとかストーリーに力を入れるのが王道かもしれない。
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