過去と未来の戦争

 ウクライナでの戦争を見ていて感じたことについて、あるツイートが興味深い指摘をしていた。「『新しい時代の軍隊はコンパクト、スマート、スピーディだ』みたいなやつ、予算を節約したい政治家の受けが良いので、冷戦後に多くの国で採用されましたが、大抵失敗」というこの指摘は、前にこちらで記した「『高度な装備と訓練を誇る少数精鋭の常備軍』なるものは、実は米国以外では単なる幻だった」という推測と、ある意味似通っている。
 この、冷戦後に使われるようになった「コンパクト・スマート・スピーディな軍隊」という概念に近いのは、しばらく前に話題になった「軍事における革命」ではなかろうか。将来の戦争における軍事理論仮説という位置づけで唱えられるようになったこの概念が焦点を当てていた分野は3つ。1つ目は国民国家の変質とそれに伴う組織化された軍事力の使い方の変化であり、2つ目は技術進化に伴う戦い方の変化、そして3つ目が真の軍事における革命はまだ起きていないという観点、なのだそうだ。
 このうち3つ目の批判的な視点はともかく、残る2つについてはウクライナ侵攻前にはあちこちで語られていた観点と言える。国民国家同士の正規戦ではなく「対テロ戦」、あるいは「非対称戦」に欧米各国軍が慣れすぎていたのではとの見方は以前からあったようだし、あくまで特殊軍事作戦と主張しているロシアについても似たような指摘がなされている。1995年に出たゲームの中に既に低強度紛争という概念が登場していることからも分かる通り、この視点は20世紀末頃には既に広く知れわたっていた。
 もう1つの技術進化についても同様で、情報技術やそれを生かした精密兵器の導入はずっと前から進んでいたし、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争でもドローンの使用が広く注目を集めた。もちろんこれらの兵器は今回のウクライナ侵攻でも使われているし、特にウクライナ軍はこうした技術を上手く利用している模様。一例が「砲兵情報システム」で、敵を集中的に射撃する一方、味方に対する有効な反撃を上手く防いでいる。ロシア軍がドネツ川の渡河に失敗した事例ではロシア軍の各種車両73両が破壊されたそうだが、これらに対する攻撃には当然砲兵が有効に使われたようだ。
 ただしこうした技術を上手く使っているウクライナ軍は、別にコンパクトな軍勢とは言い難い。国力の差があるためロシア軍より少ない面はあるが、彼らが2014年以来の戦争を通じて兵士の数を増やしてきたことは前に指摘しているし、スマートではあるかもしれないがキーウ付近のロシア軍の退却を許したようにその動きはスピーディとまでは言い難い。3要素を兼ね備えたRMA的な軍隊は、実は米軍レベルの火力や輸送力が前提になっているわけで、「大抵の軍隊で模倣すると火力も展開力も弱い軍が出来かねない」ということなんだろう。流行の仮説に乗っかって軍事改革をやったつもりだったのが、実際には単に軍を弱体化させただけだった、という状態になっている国が量産されているのかもしれない。
 しかしこれ、歴史的に言えば多分極めて珍しい現象だと思う。よく「将軍は前の戦争を想定して備える」ということが言われる(出典ははっきりしないらしい)が、冷戦後の諸国は過去の戦争ではなく「本当にそうなるかは分からない未来の戦争」を想定して備えようとしたわけだ。もちろんその背景には「予算を抑えられる」という具体的メリットがあったのは確かだろうが、だとしてもそうしたケースは歴史上においてほとんど存在しなかったんじゃなかろうか。何しろ第一次大戦がはじまる直前になっても「騎兵には輝かしい未来がある」と言っていた例があるくらいだ。
 そう考えると、現代人に染み付いた「進歩」概念、あるいは「研究開発の重要性」といった観念の強さが窺える。戦争技術の発展がそれまでの実地試験を通じた試行錯誤から研究開発へシフトしていったのは19世紀からだが、実際に戦争を戦う将軍たちが研究開発に合わせた戦争準備を整えるのを当たり前だと感じるようになったのはその次の世紀も末になってから、ということなんだろう。だがこのRMA的な方向性が本当に正しいかどうかは、目下のところ疑問符がつけられつつある。ウクライナでの戦争は今のままだと大半の国に「予想していた軍備では戦えない」「戦争の在り方をもう一度見直さなければならない」という教訓を導きかねないんじゃなかろうか。

 そのウクライナではハルキウでの反撃を受けロシア軍が「その周辺から完全に後退することを決意したように見える」とISWが分析している。キーウに続きウクライナ第2の都市についても攻撃に失敗したわけで、ロシア側の失敗(ウクライナ側の成功)がまた一つ積み重なった格好だ。彼らは今後、ベルゴロドからイジュームへ至る連絡線を守るのに力を注ぐ必要が出てきそうだが、その結果としてドンバス方面への圧力が下がることも考えられる。
 もう1つISWが注目していたのが、上にも紹介したドネツ川の渡河失敗だ。どうやらこの作戦失敗はロシアの軍事ブロガーの目にも留まったそうで、これまでロシア軍を称賛していた彼ら(?)がロシア軍のリーダーシップに対して批判的なことを言い始めているらしい。ロシアはこれまで延々とプロパガンダを流し続けていたが、この作戦失敗を受けて実際に何が起きているかに懸念を抱く向きも出てきた格好でで、検閲の厳しいロシアでは政府寄りではあっても独立した言論を提示している個人に対する信頼が厚いため、その影響力が大きいとISWは指摘している。
 実のところ、この段階でようやくロシア軍のリーダーシップに疑問を抱くのはさすがに遅すぎると思うし、それまでロシア軍を称賛してきたという時点でロシア軍の失敗から目を逸らしていたのは間違いないと思うが、そういう視点で見ている人ですら擁護できなくなってきている、という意味なんだろう。実際問題、ウクライナに鹵獲されたロシア軍戦車は英国の戦車保有台数より多くなっており、まさに「ロシアこそウクライナへの最大の武器援助国」状態だし、ドンバス戦争は劣化ツィタデレ作戦を通り越して「春の目覚め作戦のドイツ軍みたいな情けなさ」とまで言われている。
 ロシアの軍事ブロガーが批判を始める前から現場はさらに士気低下に見舞われている模様。ロシア軍では兵士だけでなく士官も命令を拒否しているらしく、また急増している消息不明の兵士について国内で不安が高まっている様子もある。中には2004年生まれの兵士が捕虜になったという話もあり、ロシア軍がなりふり構わず兵士を送り込もうとしている可能性もある。
 経済的にも厳しさに変わりはない。ドンパチやっている真っ最中のマリウポリの製鉄所をロシアが再開させるとの話も出てくるほど「切羽詰まって」いるようだが、もちろんそれだけで現代兵器が作れるわけもない。原料を産出している肥料についても、ロシア国内でも価格が高騰しているらしく、原料はあっても加工できていないようだ。ドイツのメルケルはグローバルサプライチェーンにロシアを組み込むことで戦争をできなくさせようとしたのかもしれないが、「自分達がサプライチェーンに組み込まれてる事を忘れてる底抜けのアホ」の前ではこの目論見は失敗に終わった格好。それに国防産業や軍隊の中に蔓延している腐敗問題もあり、経済面で支えれば軍が強くなるとも言い切れない。そもそも彼らは携帯電話を大っぴらに使い、自分たちの場所をバラしている
 にもかかわらず米国によればプーチンはドンバスでやめるつもりはそもそもなく、単に一時的にそちらにシフトさせたに過ぎないという。もちろん動員もかけていないロシア軍にそんな能力はなく、そのためより場当たり的な意思決定が予想されるほか、敗北が見えてくるとプーチンが「戒厳令の発動、工業生産の再編成、過激な軍事行動」に出る恐れもあるそうだ。ちなみにプーチンについては「白血病ではないか」との報道も出ているそうだが、正直もう何が本当なのかさっぱり分からない状態。
 あとその影で新型コロナウイルスの感染拡大が起きている北朝鮮とか、ゼロコロナに政治体制の是非がかかってしまい、引くに引けなくなった結果としてサプライチェーンがガタガタになっている中国とか、ユーラシアの権威主義諸国で相次いで逆風が吹いている状態。残念ながらユーラシア周縁部に位置しているためとばっちりを受ける可能性がある日本にとっても、なかなか安心できる状況とは言い難い。
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