続々・ロシアPSI

 前にロシアの政治ストレス指数(PSI)を計算してみた折、最大の問題はSFDに含まれるGDP比の政府負債が計算結果に及ぼす影響がでかすぎる点にあるのでは、と指摘した。日本のように60年弱で政府負債が300倍ほどまで増えた国は当然として、ロシアもこの数値は短期間でかなり極端に変化しており、結果としてPSIのグラフはほとんど政府負債のグラフと化していた。
 管理通貨制度を採用している現代国家において、不和を抑制する政府の能力を測るうえで政府負債のGDP比を代理変数として使うのは、あまり適切ではなさそうに思える。ただ、Turchinが米国を分析した事例を見ると、普通にGDP比の政府負債を計算に入れている(こちらは最小値と最大値の差が3倍強)。Goldstoneの本でもやはり政府負債はPSIの構成要素になっていたし、外そうとするなら、それなりに論拠は必要だろう。
 実は政府負債を外すのではなく計算方法を変える手もある。対数グラフを使うのだ。そもそもTurchin自身、エリート過剰生産の代理変数として対数グラフを使っている。Extreme Value Index(Dynamics of Political Instability in the United States, 1780–2010, Figure 4)という、トップクラスの金持ちの財産と平均賃金とを比較した指標で、本来ならストックとフローを単純比較するのは適切でないのだが、そこを対数グラフ化することで妥当性を持たせているのだろう。
 で、よくよく考えてみれば政府負債はストックであり、GDPはフローだ。両者の比率を出す際にも、本来なら単純なグラフ化はよろしくないのかもしれない。というわけでロシアのGDP比政府負債を対数で描いてみると、図のようになる。

sfdplus.jpg

 また前回の計算では犯罪頻度を使って政府への不信度を計算したが、一方で犯罪は一般的に年齢(及び性別)によって発生頻度が異なることも知られている。PSIの計算では年齢が及ぼす影響についてユースバルジという形でMMPに既に入れており、ここに犯罪頻度を入れると二重計上になってしまう可能性もあるわけだ。というわけでSFDについてはGDP比政府負債の対数のみを入れてPSIを算出し直すと、以下のグラフが出てくる。

psiplus.jpg

 ソ連崩壊でロシアが混乱状態にあった1990年代よりも2000年代の方が、そしてその2000年代より2010年代の方が高い水準にある。2020年時点ではピークの2014年より少し低いものの、この期間内では高水準にあることは確か。ただし低かった時期(1990年代)の3倍ほどの数値でしかないわけで、これだけで足元の政治ストレスが歴史的な高水準にあるかどうかは判断しがたい。やはりもっと長い期間のデータがほしいところ。
 それに結局のところ、TurchinらはGDP比政府負債を特に対数化せずに計算している。米国の場合、安易に負債の増加に走るのではなく政府機関閉鎖に至るケースが時折生じるところを見ても、負債に対する位置づけが他の国と異なる可能性はあるが、一方でGDP比で見た政府の負債は世界的に見ても決して低いとは言えない。その米国で対数化していないデータを使っているのなら、やはり他の国でも対数化しない方がいい、のだろうか。
 正直この点は何とも判断しがたい。PSIにおけるSFDは、構造的な問題のツケを押しつけられ、最後に決壊する局面を指し示す指標と位置付けられていることが多い。Goldstoneも破綻にまでいたらなかった19世紀の事例を取り上げる際に、SFDを除いたPSIを計算している(Revolution and Rebellion in the Early Modern World, Figure 12、13)。その意味では実際に革命や内乱が起きる分かりやすいメルクマールではあった。しかし、足元の経済情勢を踏まえたうえで、果たしてGDP比政府負債からそうした動向が読み取れるかというと、そう簡単ではない。
 特に問題なのは低金利のため負債の比率と利払いとが釣り合っていないこと。例えば日本では1990年代の方が利払い費が高かったわけで、残高を見ても政治的なストレスを推し量れるかと言えば難しい。一方で足元における金利上昇は、例えば米国では政府負債の比率以上に政治にストレスを与えている可能性もある。結局のところGDP比の政府負債もあくまで不和の時代を示す「代理変数」でしかないのだから、適切でない場合には見直した方がいいのではなかろうか。
 なおロシアの格差についてはWhat’s New About Income Inequality in Russia (1980-2019)?という資料もある。Figure 3を見れば分かるのだが、特にこの10年ほどはトップ10%の所得成長が鈍く、彼らエリート志望者にとって環境が悪化している可能性がある。やはりロシアのEMPは上昇していると見てよさそうだ。

 ウクライナ侵攻について言うと、5月9日という第二次大戦の戦勝記念日の接近に伴いロシアの動静が改めて注目されている。現時点で心配されているのは、あくまで「特別軍事作戦」だとしてきたロシアが同日に「宣戦布告」するのではないかという点だ。ウクライナ侵攻をさらに進めるためには動員が必要ではないかという推測が背景にある。一方で、ロシアの報道官は「ばかげている」と否定的。
 そうした懸念が出ているのは、ドンバスでの戦闘激化もあって引き続きロシア側の損害が増えていることも背景にあるのだろう。例えばロシア軍の戦死者が2万5000人を超えたとの会話が傍受されている。死者でこの数なら負傷者も含めた損害は多くて10万人近くに達している可能性すらある。当初投入したと言われている19万人のうち半数がHors de combat(戦闘不能)になっているかもしれないわけで、そりゃ戦力不足の懸念も強まるだろう。
 ただ実際に5月9日が近づいてくると、またそれに対する異論が広まっている。一例が「戦勝記念日の前夜にプーチンは敗北を認めざるを得ない」との報道。元ウクライナ軍人のインタビューで、総動員令についても「プーチンの身の破滅になる」としている。9日まではいかずとも5月末にはウクライナが「反転攻勢」を行なうとの報道も出てきた。西側からは多くの榴弾砲が届きつつありロシア国内の軍事施設に対する反撃も増えている。
 長期戦の懸念についても逆に経済が厳しいとの報道もあり、長期的な軍事展開能力にも影響が出るとの分析もある。威勢のいいことを言う主戦派は、徴兵の恐れがない面々ばかりだそうで、これまた銀英伝っぽい展開だ。ロシア軍にまだ底力があるのか、それとも本当に彼らは弱いのか、私には判断がつかないが、今までの実績を見る限りは後者の可能性が高く見えるのも仕方ない。
 一方でロシアの子供だましな陰謀を伝える話には事欠かない。クレムリンの宣伝担当の暗殺計画を発見したという証拠の中に、「署名は判読不能」と書かれた署名があったり、SIMカードではなくゲームの「SIMS」が含まれていたりと、実に雑なでっちあげをやっている様子が窺える。逆に前線では兵士が装備を自分で壊し監視役のカディロフツィに発砲し、そしてロシア国内でもパルチザンが動いているとの情報も出ている。
 ロシアの抱える大きな問題として、国内の貧しい地方の少数民族が戦場に送られ、モスクワやサンクトペテルブルクの住民は戦争にほぼ巻き込まれていない点も指摘されている。極東とシベリアで集められた兵士が戦場に送り込まれ、逆にウクライナからは大勢の民間人がシベリアに送られている。アッシリアの時代から使われてきた帝国的な行動原理だが、それでも兵力が足りなくなってしまうあたり、現代社会ではかなり適応度の低い政策に見える。にもかかわらずこのような収奪的方法に頼らざるを得ないあたり、プーチン体制が現代の世界に不適合であることを示す一例と言えそう。
 足元ではマリウポリの兵力の多くが北上し、新たな攻撃の準備を整えているとの報道がある。マリウポリでもアゾフスタル製鉄所にロシア軍が突入したそうだ。ただし全体としてロシア軍の前進は足止めされており、西側からの補給も途絶えていない少し前に噂されていたハルキウ付近では、むしろウクライナがロシア軍を押し戻している。9日までに目覚ましい戦果を挙げる可能性は、確かにどんどん小さくなっているようだ。
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