第二局面

 1794年戦役はまた1回休み。

 ウクライナでの戦争は第二局面に入ったようだ。ゼレンスキー大統領がロシア軍の動向について「ウクライナ東部へ新たな攻撃が始まった」と言及している。プランAの空挺奇襲作戦、プランBのキーウ包囲作戦が失敗に終わり、プランC以降へとシフトした格好だろうか。というか、ロシア側がこう動くだろうという点では、誰もが予想しずっと前から報じられていた通り。今や世界中でOSINTが使われている時代(Googleがロシア側の軍事基地を隠すのをやめるという話は誤報だとの話が出ているが)だけに、ロシア軍にとっては衆人環視下で全裸のまま動き回っているような状態なんだろう。それ何ていう羞恥プレイ?
 米国防総省の分析によると、ロシア軍は以前の失敗に鑑みて増強と補給路の確保を進めつつ、ドネツク南西部とイジューム南部で限定的な攻撃をしているそうだ。現在、彼らがウクライナ国内に投入している戦力は78個大隊戦術群。といっても侵攻前にロシア軍が集結させた戦力(人員・装備)のうち、残っているのは75%だそうで、2ヶ月経たないうちに戦力の4分の1がどこかに消えていることになる。「大砲は80%、航空機やヘリも大半が使用可能」とあるので、損害の多くは前線部隊(歩兵と戦車あたり)に集中していることが分かる。
 ISWによるとこの第二局面は4月19日にスタートした。最初は砲撃と爆撃を中心としており、地上での進撃は限定的。ただ新たな攻撃を行なうための十分な準備をする時間はなかったようで、大規模攻撃を実行できる状況ではないそうだ。ロシア側の予想される攻撃軸はイジュームから南西とドネツクから北方へ向かい、東部にいるウクライナ軍を包囲しようとするもの。早速「ツィタデレや」という声が出ている(もちろん独ソ戦におけるドイツ軍のツィタデレ作戦は失敗に終わっている)。
 ISMはロシア側の動きについて、まるでプーチンがロシアの勝利を5月9日に宣言するために作戦を急がせているかのようだ、と指摘している。だが急ぎすぎた動きが軍事的には失敗をもたらす可能性があるのはすでにキーウの戦いで経験しているはず。攻勢開始前のツイートだが、ロシア軍の兵力は400~500キロメートルの戦線を維持し、同時に攻撃に出るには少なすぎるはずで、米側の想定よりロシア軍が多いか、ウクライナ軍が弱いか、さもなくばロシア軍はしばらくは前進できるがやがて兵力が枯渇する、と述べている向きもある。過去の戦闘でロシア軍のいくつかの部隊が甚大な損害を被っていたことを考えると、そうそう容易に攻撃に出られると思えないのも当然だろう。
 加えて上にも書いた通り、ロシア側がこれからどうするかについてはずっとあちこちで報じられてきた通りであり、ロシア側はよほど入念に準備砲撃でもしないと、ウクライナ側の野戦築城が怖くて進めないとの見解や、彼らは再編不完全なまま兵力を投入していると見方もある。実際、多くの方面でウクライナ軍はロシア軍を止めているという指摘も。いやそれどころか、「また平押ししてない?」という指摘も登場し、正気を疑う人も出てきた。開戦3週間前に「ロシア軍の電撃戦などあり得ない」と予測したのはおそらく少数派だったが、現時点で戦争第二局面が電撃的に進むと思っている人はほとんどいないだろう。英国防省もロシア側は期待するほど素早く目的を達成できていないと記している。ウクライナ側の旺盛な戦意も一因だ。

 その旺盛な戦意を示す分かりやすい例が、日露戦争以来となるロシア軍旗艦モスクワの沈没だろう。ウクライナ軍の巡航ミサイルの攻撃で沈められたようで、ロシアのテレビ報道などはかなり怒り狂っているようだ。とはいえ、既に多数の若者を殺した戦争において、人命より「たかが鉄の塊」の喪失で騒ぎ立てるのはおかしいという、当然の指摘もある。
 モスクワは損害を受けた時にモールス信号などで救援を求めていたそうで、それが消えた時点で、沈んではいなくても艦船としての機能は失われていたのだろう。その後でセバストポリへの曳航が試みられたようだが、最終的にはロシア国防省が沈没を発表した。ミサイルによる攻撃については言及せず、あくまで火災が原因としているが、ロシアのテレビではその設定は忘れ去られている模様。ちなみにモールス信号はモスクワだけではなくロシア軍全体がこの戦争で多用している
 この撃沈は「ロシア海軍の権威失墜」をもたらしたと言われており、また黒海艦隊の防空性能が低下したためにオデーサ上陸はより困難になったと言われている。もっともモスクワはそれほど重要な役目を果たしていたわけではないとの見方もある。より直接的には沈没時の死傷者が大きな損害になるのだが、その数ははっきりしない(一部には40人しか生き延びていないとの推測もある)。そして黒海艦隊の司令長官が拘束されたという情報も出ていたりする。艦長は生き残ったようだが。
 もちろんこの沈没もOSINTのために「もろ出し」状態だ。例えばモスクワが嵐のせいで沈没したとの発表に対しては当時の黒海の風速は全然嵐じゃないとさっそく指摘されているし、衛星の合成開口レーダー画像では沈没寸前に小型艦が接弦している様子も見られる。何より後になって炎上するモスクワの画像動画までが出回っているあたり、冗談抜きで羞恥プレイ状態だったようだ。
 そしていつものことながらツイッターでは大喜利が行われた。モスクワの「転進」や、「ホテル・モスクワ」、ブレードランナーのパロディ二種類「オペレーションZ」と「オペレーションCtrl+Z」新たな旗艦とオリガルヒのヨットルカ×プーのタイタニックウクライナ切手などなど。ついでに英国が自分たちで沈めたアルゼンチン巡洋艦ヘネラル・ベルグラノ忘れていることも判明した。

 というわけで目先の戦局には色々な動きがあるが、長い目で見るとロシアの自滅感が強いのは間違いない。フィンランドはNATO入りに邁進しているようだし、汚職のせいで暗号化された無線システムが行きわたらず、作戦行動中に「江南スタイル」が流れている。ロシア兵はマッチングアプリにはまって作戦情報を漏らしており、相変わらず将軍の戦死者も出ている。ロシア国内では検閲強化を求めるメディア編集長が登場し、さらにはソ連への回帰まで唱えらえるようになった(ヘルソンではソ連の旗まで掲げている)が、ソ連が最後にどうなったかはすっかり忘れているようだ。
 ロシアの戦車工場については新規生産がストップし、破壊された戦車の修理のみに従事しているとの話も出ている。一方でOryxが算出しているロシア側の判明した装備損失は累計3000に迫っている。経済制裁の効果についてはIMFのチーフエコノミストが打撃からすぐには回復できないと指摘。実際、製造業では輸入部品の割合が半分近くを占めているし、農水産物全体で見るとロシアは輸入超過だ。そして現状はかつての人口増加率とは程遠いわけで、若者の損失は将来に禍根を残す。今の状況を続けるなら、長引くほどロシアにとってマイナスが重なるだけだろう。
 問題は、西側も決して一枚岩ではなさそうな点だろう。例えばウクライナ戦争の責任はどの国にあるかという調査で見ると、日本や英国は圧倒的にロシアが悪いとしているが、米国では実は米国側に責任があるとの比率が結構高い。おそらくトランプ支持者がその中にいるのだろう。かつて奴隷制に反対した共和党が今や権威主義の牙城と化しつつある一例かもしれない。米国では高齢者に比べて若者ほどロシア寄りとの調査もあるそうで、不和の時代においては外敵に対する連携より「部族主義」の方を優先し利敵行為に走る人間が出てくるものなんだろう。フランス革命時と同じだ。
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