取り残された人々

 1794年戦役は1回休み。

 ウクライナ戦争に伴って「不和の時代」的な内部争いが各国で見受けられることについては、こちらこちらで指摘した。興味深いのは、その内部争いにおいて陰謀論が目立っている点だろう。
 そもそもロシア側の言い分自体がかなり陰謀論寄りであることは指摘済み。そしてそれに各国の陰謀論者が喜んで飛びついているのが現状のようだ。例えばBBCはフェイクニュースの見分け方をわざわざ報じているし、米報道官もロシアの主張は虚偽であり、中国がこの陰謀論に同調していると非難を浴びせている。
 プーチン自身が陰謀論に嵌っているのではないかとの指摘は戦争の当初からあったが、現状は陰謀論者の発言に他国の陰謀論者が共鳴している状態のようだ。中にはユーラシアの独裁者の間で陰謀論のエコーチェンバーが発生しているとの指摘もあるくらいで、荒唐無稽としか見えない話にもかかわらず、それが異様に目立つようになっている。いわば「厨二病」のグローバル化といったところか。10代の子供が嵌るのなら生温かい目で見守っておけばいいのだが、いい年こいたおっさんおばさんや、まして権力者がこのような陰謀論に嵌るのは、はた迷惑以外の何物でもない。

 そう、問題は陰謀論のグローバル化にある。2020~21年には米国で陰謀論が荒れ狂っていたが、今年はユーラシアで暴風が起きている。もちろん日本も例外ではない。一番分かりやすいのは、ワクチン接種会場に突入し、現行犯逮捕された反ワクチン団体の件だろう。以前からデモや抗議活動で目立っていた団体だが、足元では警察の家宅捜索を受けるにまで至っている。
 この団体については色々なところで解説がなされている。この本の筆者が書いているnoteの中には、当該団体についての説明が載っており、そこではこの団体の性格について「Qアノンというよりはむしろスピリチュアル系のUFO陰謀論の亜種」としている。組織自体は「幹部がビジネス目的で始めたもの」であるが、現状では暴走する一部のメンバーに幹部が引きずられているのではないかとの見方も示している。
 よりはっきりとそう指摘しているのはこちら。面白いことに、「奇妙な人たち」から「危険な人たち」になったこの陰謀論団体のメンバーについて、こちらでは「時代から取り残されていた人たち」だと分析している。彼ら彼女らは「この世界は自分の眼に見えたままに存在している」と信じるような素朴極まりない世界観を持っており、一方で「多面的で複雑な情報を処理できない」。だから「自分にとってもっとも美しく楽しかった時代を更新できないまま生きていたり、自分と違う価値観や知識を持つ人に異様さを感じ続けている」、という解釈だ。
 これを読んで思い出したのは、こちらで紹介した(Covidiotなどと揶揄されている)米国の反ワクチン論者たちの思考法だ。彼らの発想には、理不尽に変化していく世の中から取り残されてしまっている、という強い被害者意識があるのではないかと私は考えているのだが、陰謀論団体のメンバーに関する上記の説明が正しいのなら、彼ら彼女らもまた「取り残され」「今についてこれない」ために被害者意識を感じているのではなかろうか。
 それだけではない。さらにこちらを見ると、反ワクチンに流れ込む人がどのような経路をたどっているかについての仮説が載っている。彼ら彼女らはワクチンに関する説明や解説を理解できず、そのために劣等感を覚えて説明者を嫌い、敵とみなす。一方、彼らの期待通りの説明をしてくれる陰謀論者は信頼し、味方であると信用し、結果として利用される。こうした思考法の人は別に反ワクチンだけでなく、以前から別の陰謀論にも傾倒していたとの説だ。これと似た指摘をしているのがこちらのツイートまとめ。理解力の低い人は自身の能力の範囲内で解釈してしまうため、表面的な理解で止まったり曲解に至ったりする、との説だ。
 困ったことにこれまた米国の反ワクチン論者に関する私の仮説と似通っている指摘だ。そこでは永年サイクル的な仮説の他にベルカーブの話を紹介し、複雑化していく社会についていけないベルカーブの左側の人たちがそうした被害者意識をこじらせているのではないか、との指摘をした。複雑化した社会ではかつての枢軸宗教ではなく、世俗的啓蒙の方がより包括適応度が高まる。それに上手く適応できるベルカーブの右側の人たちはどんどん右方向へ(つまりIQの高い人たちに合うように)社会を動かしていく。一方、ついていけない人たちは自身の包括適応度低下を避けるべく社会の変化に対する抵抗姿勢を見せ、それが陰謀論という形を取る、のではなかろうか。
 さらに、ロシアではそうしたベルカーブの左側にいる人間がまだ権力を握っている、のかもしれない。少なくともこちらで紹介した、ロシアの権力者をメキシコの「カルテル」に例えた言説では、彼らが複雑な社会に適応できていないことを指摘していた。彼らは複雑な産業で儲けるだけの能力を持たず(持っているのはカルテルではなくナードたち)、簡単に収奪できる一次産品に頼った産業運営しかできない。残念ながらそうした経済体制では今の世界においてはどんどん取り残されてしまう(ロシアの1人当たりGDPは中国やマレーシア以下)。
 加えて興味深いのがこちらの指摘。「20世紀末から急に人類の人間らしさが極端にアップデートされて先進国以外は明らかについていけてない」との指摘には、一定以上の年齢の人なら頷くところがあるんじゃなかろうか。例えば喫煙についてはこの30年ほどの間に急速に忌避される傾向が強まったことを覚えている人もいるだろう。LGBTへの姿勢などもその一種。先進国で暮らしていても年を取るとアップデートのテンポの速さについていけない人がいたことは前にも指摘したし、国内の陰謀論者についても「意識や行動をアップデートできない人」と解釈する向きがある。
 況や途上国においておや。途上国の価値観はまだロシア並みという指摘はおそらくその通りだろう。だから「国連人権理事会でロシア追放票がそこまで多くなかった」との解釈も出てくるし、実際にこちらの記事中にある地図を見ても分かる通り、対ロシア経済制裁を行なっているのはまさに先進国。おそらく中国もロシアや途上国並みの価値観にとどまっているのだろうし、そもそも先進国内ですら「取り残され」て陰謀論にすがっている人が一定数いるのは上に書いた通りだ。
 確かにロシアの行動が19世紀のような発想に基づいているのは間違いない。だがそれを言ってしまうなら、世界の中にはいまだに19世紀的発想をしている国がおそらく数多くあるし、世界人口の7割は権威主義体制下に暮らしている。先進国で19世紀的発想をする人たちは陰謀論くらいしか居場所がないかもしれないが、そうでない国ではまだまだ勢いを持っている、とも考えられる。それにもしかしたら、足元の極端なアップデートは一時的なものにすぎず、また揺り戻しが来ることだって考えられる。
 それでも21世紀の複雑な社会に適応し、その限界利益の恩恵に与るためには、それに合わせた発想が必要になる可能性は十分にあるし、それができない人々(国々)はさらに取り残され続ける事態に陥りかねない。ロシアにしても短期的にはともかく中長期で見れば馬鹿な戦争をやっているとの説が大半。取り残された個人が「約束された敗北」に抗い続けるのは彼ら彼女らの勝手ではあるが、権力者がそれを始めると先が見える者ほど慌てて脱出を強いられることになる。やはり先進国の片隅にいる者としては、変な陰謀論者に権力を握らせるのだけは防いだ方がいいと思わざるを得ない。

 なお戦況を見ると、ロシア軍は東部へと兵力をシフト中。ロシア軍の士気は低く、逆に米国をはじめとしたウクライナへの支援は続いているロシア軍の4分の1は事実上作戦能力を喪失しているとの指摘もある。ウクライナのヘリ襲撃以前に起きたベルゴロドの弾薬庫爆発もウクライナの攻撃だったとの話も出てきた。
 ネタとしては米下院で「ロシアの富豪の豪華クルーザーやプライベートジェット機をターゲットにした私掠免状を発行する法案」が出ているとかいう話がある。レンドリース法復活の話も前に出ており、改めて歴史を振り返る機会が増えているのだが、それにしても海賊の全盛期だった17世紀半ば以降まで遡るのはさすがにびっくり。
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