部族主義

 ウクライナ侵略についてどういうスタンスで観察すべきか、という点は改めて注意する必要があると感じている。そうでなくてもこちらで書いた通り、この戦争を自分たちに都合のいい言説に利用する動きがよく見かけられるし、戦争そのものについても虚実取り混ぜた話が飛び交っている。
 前者の問題については、最近になってこちらにまとめられているツイートなどが話題になっていた。元ネタになっているのはこちらの記事に出ていた研究者たちの発言なのだが、このまとめで書かれている「大日本帝国の蛮行を非難していたのだから、真っ先に現在のロシアの蛮行を非難しないのはダブルスタンダードだ」という批判はその通りだと思う。だと思うが、同時にこういうバイアスは別にロシア研究者でなくても見られるものだろうとも感じる。
 一例がこちらこちらこちらなどで指摘されている中東・イスラム研究者にあるとされるバイアス。政治の領域でいかにもエリート志望者っぽい面々がロシア擁護に走っているのは、彼らが真っ当な方法ではエリートになれないから敢えて裏道を進んでいるのだと解釈することが可能だと思うが、研究者が研究対象に入れ込みすぎて真っ当な判断ができなくなるのはなぜだろうか。
 両者に共通するのではないかと思うのがトライバリズム(部族主義)。質の低いエリート志望者が無茶な主張をしたとしても、不満分子がそれを支持すれば彼らは部族の酋長(リーダー)になれるわけで、以後の彼らの発言や行動は中身の辻褄が合っているかどうかではなく、支持者という部族の価値観への忠誠を示す方向に走りがちになる。一方で特定地域の研究者はどうしてもその地域との接点が強くなり、そこに部族的な紐帯感が生まれがちなのだろう。こちらのツイートなどもその可能性を指摘している。どうやらヒトは何らかの形で集団に属していないと不安を覚える生き物らしい。米国批判というトライブに所属してしまうと、ロシアのプロパガンダを受け入れやすくなるとの分析もある。
 トライバリズムにからめとられてしまうと、ダブルスタンダードをおかしく思わなくなり、ウチとソトで論理が違うのは当たり前という感覚になるのだろう。キャンセルカルチャー陰謀論に基づく行動も、敵対トライブのような「ソト」に対しては「ウチ」よりも厳しい対応をして構わないというダブルスタンダードの観点から生まれてきたものではなかろうか。部族への忠誠は客観的な判断基準などよりもはるかに大切だ、という価値観は、例えば企業の不祥事でもよく見られるものであり、それだけヒトという生き物が集団に引きずられがちであることを示している。
 もちろん、長年ソ連やロシアを研究してきた人の中にも「ロシア軍によるウクライナへの攻撃は正当化する余地のない蛮行」と指摘している例もあるわけで、だからトライバリズムが研究者のダブルスタンダードを免責するわけではない。むしろアカデミズムに携わる人間としては欠点があるのではないか、と疑わせる言動であろう。研究者と言えどもヒトである以上、そうしたトライバリズムの誘惑に弱い面があるのは否定しないが、その立場に開き直ってしまうような人物が「研究者」を名乗るのはやはり拙い気がする。
 新しいトライバリズムの誕生、のように見える現象もある。こちらのツイートで批判対象とされている人物の動向などがそれに近いかもしれない。以前にもこちらなどでこの人物のツイートを取り上げてきたし、最近は積極的に邦訳している人もいるのだが、専門分野から離れたツイートを始めるようになり、その信頼性に疑問符がつけられるようになってきた。開戦4日後に書かれたこの人物のツイート(こちらでも短く紹介している)についても最近になって和訳が行われたのだが、それに対するブックマークでは「専門から離れた内容」に対する批判も顔を出すようになった。
 おそらく過去のツイートが多くのフォローを受け、注目されたために有頂天になってしまったのだろう。自分につき従うトライブが生まれたと勘違いしたこの人物が、さらにトライブに受けそうな(反ロシア的な)話を探して専門外の件にまで言及するようになったのが現状ではなかろうか。この人物の書いている内容については以前「いささか過激なところもあるように感じられる」と指摘したことがあるのだが、それがウケた結果としての暴走に見える。過去の発言が仮想空間の部族とも言うべきフォロワーを数多く生み出していなければ、もっと慎重な発言を続けていたかもしれない。
 というわけで専門外のことを口走り始めた対象者については発言内容を割り引いて読む必要があるのだが、それでもなお面白いと思ったのはこちらのツイート。過去の当人のツイートを見る限り兵站絡みの発言こそが専門だと思われるが、ロシアを戦前の日本と比べ、彼らが国内での派閥争いのために外交を単なる「象徴」として使っている、と指摘している点は実に分かりやすくトライバリズムの特徴を示している。戦前日本も、今のロシアも、国内での権力争い以外は視野に入っていない連中が意思決定過程を握っており、彼らにとって対外関係は国内の権力争いで勝つための道具にしか見えていない、というわけだ。
 こちらのツイートでも、プーチンの「アホ」にしか見えない行動が、国内の自分の支持基盤を満足させる狙いで行われていると指摘している。ロシア国内には全面戦争を唱える強硬派としてカディロフツィ、一部議員、シロビキなどがおり、彼らの方が反戦派の抗議よりよほどプーチンにとっては恐ろしいのでは、という指摘だ。これまた戦前日本と似ている。つまりプーチンもまたトライバリズムの罠にはまっている状態、なのかもしれない。

 かように部族内では妄想が暴走しやすいようだが、現実は残念ながら妄想とは異なる。戦争の範囲を絞り込む動きはあるもののロシア軍の車両損失相変わらずで、今後ABC兵器を使って戦線に穴をあけても流し込む機甲戦力残っていないとの指摘も出てきた。ロシア側の損失は動画でも色々と示されているロシア兵の一部は命令を拒否し、南オセチア兵300人は勝手に自国へ帰ってしまった。その際には上官を脅したとの話もある。平気で死体を放置して逃げるような軍にまともな士気があると考えるのが間違いなんだろう。
 ロシア軍の残念な行動も色々と伝えられている。分かりやすいのがチョルノービリの放射性廃棄物を捨てた「赤い森」にロシア兵が塹壕を掘って被曝したという話。さすがにどこまで本当なのか「怪しい」との見解も出ているのだが、一方でTimesが報じていたこともあり、驚愕している人もいる。
 もう1つがロシア領内のベルゴロドで起きた攻撃ヘリによる石油タンク攻撃だ。ベルゴロドでは数日前にも弾薬庫が爆発しているのだが、その時は単なる事故だと思われていた。しかし今回ははっきりヘリが映った画像が複数出回っており、ヘリの攻撃は間違いないだろう。ウクライナ側は自分たちが攻撃したのではないかとの話について「肯定も否定もしない」と述べたうえで、「ベルゴロド人民共和国とかなんとかのヘリだよ」とジョークをかましているそうだ。
 もちろんこれらの情報は真偽入り乱れた状態だと思っておいた方が安全だろう。あくまで現時点での情報をまとめただけのものであり、本当のところがどうなっているかを断言するのは不可能。引き続き情報を仕入れることと、それを吟味することが大切だ。「學而不思則罔思而不學則殆」という言葉を忘れないように、そしてトライバリズムに引きずり込まれないように。
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コメント

おかべさせ
昔、応援(注目?)していた人達が、あからさまなエリート内競争やドライバリズムに囚われて残念な発言をしているのを目にし、悲しい気持ちになっとります。

敵対者や応援者がいる人達の言説を信用するのは難しくなってきたなぁ。
発言の精度を判断するのは一般人には難しいです。

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ネットの存在でエリート内競争やトライバリズムが可視化されやすくなっているのもあるんでしょうが、それにしても残念な姿を見せている人が増えている印象はありますね。
Turchinの言う「不和の時代」に説得力が感じられてしまうのも、こういう世の中だと無理もありません。
喧嘩するにしてもできれば他人を巻き込まないでほしいものですが、ロシアの事例を見ていると、部族間の対立を全くの他人ごとで済ませるのも難しそうです。
面倒で厄介な時代になったものです。
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