スタグフレーション?

 ロシアとウクライナ間では停戦交渉が行われている。といっても先行きはまだ不透明だそうで、これで戦火がやむかどうかは分からない。既に開戦から1ヶ月以上が過ぎているが、さらに戦争が長引く可能性だってまだある。そうなるとどうなるだろうか。
 各所で懸念されているのがインフレ。特にロシアとウクライナが供給地となっているものについては既に価格が上昇している。代表例がコムギで、軍事侵攻後にもう88%も上昇している。一応、ウクライナは可能な限り作物の植え付けを行なうとしているが、侵攻前の予想から比べると50%減ると言われているうえに、輸出港となる黒海沿岸が広範囲で戦争に巻き込まれていることまで考えると、影響がないと考えるのは無理があるだろう。
 こちらのツイッターアカウントは様々な農産物のデータを図示している。例えばコムギの輸出の内訳を見ると、合わせておよそ25%ほどのシェアを占めているのが分かる。他にもトウモロコシの輸出ではウクライナがかなり高い比率を占めており、ロシアと合わせれば15%を超えている。もう一つ目立つのはヒマワリの種。生産にしても輸出にしても両国合わせれば5割を超えるという凄い数字を出している。あの映画の光景はまさにウクライナならではのものだったことが分かる。
 ただしコムギやトウモロコシの生産量で見ると、輸出ほど大きな比率ではない。コムギなら両国合わせて14%弱になるし、トウモロコシに至っては5%ほどだ。その点に注目し、あまりコムギ不足を心配しすぎるのも問題だ、と主張しているのがこちらのツイート。世界のコムギ輸出の25%を両国で占めるというのはミスリーディングな表現であり、「実際に戦争で失われるのは1%未満」、というのがその主張だ。
 ロシアの侵略によって失われる輸出量は700万トンだが、世界のコムギ生産は実は7億7800万トンもある。だから失われるのは1%未満にとどまる計算。加えて、最近進んでいたインフレの影響を受け、例えばインドでは既にコムギの生産を増やしているそうで、最近になってエジプトへのコムギ輸出を始めるといった話が報じられている。他にも米国、オーストラリア、カナダ、アルゼンチン、南アフリカ、ブラジルといったところも増産の動きを見せている。ただしMENA(中東・北アフリカ)のようにウクライナからの輸入が多い地域では本当の問題が生じる、との指摘だ。
 もちろん、だからと言って安心していいわけではない。こちらの記事では足元の懸念点をいくつかまとめている。例えばロシアとウクライナのコムギ輸出は特に夏から秋にかけて増える傾向があり、その時期だけに限れば両国で実に世界の4割を占めるという。彼らのコムギ輸出は従来の予想に比べて9~17%下回るという数字も出ており、シェアの大きな時期にその影響が出れば年間トータルの数字よりも事態は深刻になり得る。
 また在庫問題についても書かれている。世界の中でコムギの在庫を高水準で抱えているのは中国くらいであり、それ以外の地域では低水準の在庫しかない。FAO(国連食糧農業機関)の試算によるとコムギ価格はさらに2割上昇し、OECDによれば世界の経済成長率を1%超押し下げる可能性もあるそうだ。一方で物価上昇率は2.5ポイント上がるそうで、まさにスタグフレーションの到来、になるかもしれない。
 中期的に見た食糧生産についても不安を抱く向きもあるようだが、私はこちらについてはあまり心配していない。だが短期的、局地的にはトラブルの元になる可能性は十分にあるだろう。何よりスタグフレーションはTurchinらの唱える構造的人口動態理論では危機フェーズの直前でよく見られる現象だ。全体として政治ストレスが溜まっているこの時期にスタグフレーションが世界的に生じるのは、あまりいい傾向ではなさそうだ。

 世界的な影響を及ぼしかねないこの戦争だが、目下のところロシア側がやめようとする様子はないと米国防総省は見ている。キーウ付近で動きが止まっているのは、あくまで再配置が目的、もしくは目標をずらして苦戦を取り繕う試みだと分析しているようで、「キエフへの軍事攻撃を突然減らすという主張や、全軍を撤退させるという報道には、誰も騙されてはいけない」と厳しい見方を変えていない。一方で英国防省の分析にあるように、ロシア軍は「複数正面での前進を維持するのが難しい」状態にあると考えられる。
 1つの軍が消滅したとの説が出てきたほか、指揮官も相変わらず戦死しており、解任される司令官もいる。挙句に多すぎる指揮官の戦死をなぜか「乗りものニュース」というサイトが取り上げ(一応ミリタリー分野の記事ではあるが)、インパール作戦に例える記事に対して「インパールでもそんなに将官死んでない」と言われてしまっている。ウクライナ側の推測するロシアの損害が、実は割と実態に合っているのではとの話も出てきた(一方ウクライナの損害に関するロシア側の主張は引き続き大本営発表と揶揄されている)。ウクライナはロシア兵のひき肉機とも言われるようになり、ついには「これからロシアの捕虜が増える」との大胆予想も唱えられるに至っている。
 経済的にもマイナスが予想されている。前に「アボカド経済」で取り上げた人物が経済制裁のロシアへの影響についてまた長いツイートをしており、こちらでそれが翻訳されていた。また西側のクラウド企業が撤退するとストレージ不足が生じ、デモやテロの監視に使う機能が失われるとの話もある。IT技術者がすでに5万~7万人ほど国外に流出しており、4月にはさらに10万人が出ていくというニュースも流れている。
 というわけでロシアの現状を銀英伝になぞらえた話も相変わらずSNS上では継続的に出てきている。米軍がロシア軍を過大評価していた点についてもそういう話が出てきているし、引き続きフォーク准将の登場場面も多い。アノニマスの活動までそちらに引き付けて言及されている。ただ私が前に取り上げた七都市物語への言及はあっても限定的で、知名度の差がもろに現れてしまった格好だ。閑話休題。
 なぜプーチンはここまで無理な戦争を始め、継続しているのか。よくNATOの拡大に対して危機感を抱いたからというロシアのプロパガンダを見かけることが多いが、実際にプーチンが恐れているのはNATOではなく民主化だ、という記事もある。要するにプーチンは現在のような収奪的権威主義体制を維持することを重視しているのであって、そのためなら大きな北朝鮮になっても痛くもかゆくもないのだそうだ。実際にロシアはまるで北朝鮮のように多くのウクライナ人を拉致している「愛国戦隊大日本」の歌詞の正しさが次々と実証されているというツイートまで出てくる有様だ。
 一方、米英ともロシアのキーウ攻略が失敗に終わったと評価するように侵略者を一面で食い止めることには成功したウクライナも、反撃には苦労しているという話がある。守るならジャベリンでも可能(ロシア戦車のケージは役に立たない)だが、攻撃に出るなら十分な戦車や軍用機が必要なのだそうだ。ロシアに今のまま進む力はなく、一方でウクライナにも押し戻す力が足りないとすれば、やはり戦争が長引き世界的なスタグフレーションが進むことを心配した方がいいのだろうか。正直、日本についても楽観しない方がよさそうな気がする。
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