歴史の「法則」まとめ

 このへんでこれまで調べた歴史の流れ(法則?)に関する知見をまとめておこう。もしかしたらTurchinが書こうとしているのではないかと思われるテーマだ。キーワードは「複雑」。ヒトの歴史は複雑さを増す方向へと流れている。別に農業開始以降の完新世の時代のみに当てはまるものでもない。旧石器時代から時と共に石器の複雑さは増していたし、中石器時代を経て新石器時代に入れば、新石器革命という形で農業が始まっている。
 農業以前という意味では狩猟採集時代に定住社会があった点も重要だろう。使う道具だけでなく、社会そのものも複雑さを増していたわけで、要するにホモ・サピエンスの社会は時とともに複雑性が増すようなメカニズムが働いていると考えていいだろう。完新世以降にもこの社会の複雑性上昇が続いていたことは、Turchinらが論文で指摘している
 なぜ複雑な方へと歴史は進むのか。おそらくそれが社会の参加メンバーにとって包括適応度の向上につながるからだろう、というか実際につながっている。彼らの包括適応度を引き上げたのは、複雑な社会がもたらす大きな限界利益だ。Tainterに言わせれば「問題解決のためのシステム」となる。もちろん限界利益はやがて減少していくわけだが、ダーウィン的アルゴリズムにおいては目先の利得こそが進化の原動力となる。
 より具体的に複雑さの進化と相関しているものはTurchinらの研究通り、農業の生産性とかけた時間、そして軍事革命や戦争強度だ。帝国の発生頻度を調べた論文でもほぼ同じ結論がもたらされている。生産性は社会を支える力であり、軍事がらみはイノベーションを受け入れる競争をもたらす。農業を始めてからの時間が含まれるのは、実際には新石器時代を通じて永年サイクルを繰り返しながら少しずつ社会の複雑度が上がっていたためではなかろうか。
 実際に複雑度を上げるのは成長をもたらすものと同じ、イノベーションだろう。Turchinらが指摘している通り、過去の歴史では青銅器、戦車、鉄器と騎兵、砲艦と、軍事革命におけるそれぞれのイノベーションが社会の複雑度をそのたびに上昇させている。社会の複雑度が断続平衡説的な進化を遂げるのを見ても、イノベーション→限界利益の急増→収穫逓減→イノベーションといったサイクルが回っていることが想像できる。
 イノベーションに必要なものは何か。まずはアイデアを生み出す人間の脳みそで、数が多いほど望ましい。過去の蓄積や横の情報共有はアイデアを広がりやすくさせる。言語の系統学も同じで、農業生産性はアイデアを実行するために一定のリソースが必要なことを示しているのだろう。人口が多く多様なつながりを確保しやすいユーラシアが有利になっている理由の一つはここにある。
 複雑度が大きく2つのクラスターに分かれるという指摘もある。伝統的な文化人類学の用語で言えば、首長制と国家の間にある格差だ。複雑度の低いクラスターから高いクラスターへの移行には情報処理機能の向上が必要だが、それだけでなく家畜の存在もかかわってくるかもしれない。クラスターの分岐は例えば宗教などにも影響を及ぼしている可能性がある
 複雑度を構成する要素間にも色々な因果関係が想定できる。例えば情報の高度化はまずはマネーが要因となり、その次に政府がかかわってくると見られる。一方で複雑な政治機構はその情報と、あとは人口や領土の広さが原因と見られる。複雑さの間には時にフィードバックも含む関係が存在しているわけだが、全体として特定の要素のみが突出して高かったり低かったりするケースは考えにくい。

 以上のように複雑な社会は包括適応度の向上という構成員のダーウィン的アルゴリズムが働く中、大きくイノベーションによって形作られ、しかし常に収穫逓減の可能性を抱え込んでいる。収穫逓減を遅らせる手段の一つは社会の拡大(帝国の形成)なのだが、このためには様々なリソースが環境内に整えられている必要がある。いやそもそもイノベーション自体も、環境という制限内でしか実現できないものであり、その意味ではジャレド・ダイアモンドの言う通り環境は歴史の進路をある意味で規定している。
 利用できるリソースの1つが生物相だ。うち栽培植物化については、トウモロコシやジャガイモの繁栄を見ても分かる通り大陸間の差はあまりない。一方、家畜化についてはダイアモンドが指摘する通り、大型動物の大半はユーラシアに集中しており、大陸間の格差が大きく出た。大陸サイズに加えて、ヒトが到来したタイミングも(アメリカ大陸の大型動物の大半が絶滅したように)重要だろう。中でもイノベーションへの影響という点では馬の存在は極めて大きい。これら生物相を考えるうえでは大気や海洋の循環を含めた気候条件が重要となる
 もう一つのリソースは鉱物資源だ。最初は石から始まったが、それが青銅になり、鉄になり、火薬の原料(硫黄など)になり、さらには石炭や石油、その他の各種資源にまでイノベーションが広まっていった。とはいえ生物資源よりは交易で入手しやすいため、複雑さの進化に対する制限要因としての影響はあまり大きくないかもしれない。生物資源や鉱物資源はそれを使って領土を拡大するという方法で収穫逓減を遅らせられるし、規模の拡大を通じて複雑度の向上ももたらしている(共和政ローマやロマノフ朝ロシア)。こうした鉱物資源や、この後に述べる大陸の形状などは、プレートテクトニクスによって決まってくる。
 リソース以外に歴史の進路に大きな影響を及ぼすのが、その大陸の形状だ。まずはダイアモンドが唱えた東西と南北に長い大陸の違いがある。東西に長い大陸であれば農業を始めた地域で作られていた作物や家畜を横に広げるだけで複雑な社会が成立している地域を増やすことができる。それに対し、南北に長い場合は別の作物を改めて栽培植物化する必要があり、そう簡単には複雑な社会を広げることはできない。旧大陸と新大陸の格差の違いなども含め、大陸の形状がもたらす歴史への影響は大きい。
 「分断された土地」仮説もある。Turchinらはあまり評価していないようだが、地形や気候といった条件によってまとまりやすい土地とまとまりにくい土地があるのだとしたら、これも歴史においては無視できない要素だろう。前者は好調な時は巨大国家を作り上げやすいが、収穫逓減が進むと大規模な反乱や崩壊に見舞われやすい。後者は常に分裂騒乱を続けている形だが、その結果としてイノベーションを起こしやすく、受け入れやすい

 こうした様々な環境条件と、上に述べた「複雑さを増す」方向に進むダーウィン的アルゴリズムが相互に絡み合って出来上がるのが歴史の流れだ、と考えられる。といってもこうした大きな流れは、あくまで1万年単位の歴史の方向性を決める「むちゃくちゃ幅の広い道路を端にあるガードレール」のようなものであり、個々の時代、個々の場所の歴史はより多様でややこしいものと考えていいだろう。まして個別の人間や国家の動きは、必ずしも道路の流れに沿わず、横に動いたり逆行する場面もあると思われる。
 そうしたより細かい動きを見る場合は、Goldstoneの作ったStructural Demographic Theoryを持ち出す方が、まだ法則らしきものが見つけられると思う。実際にTurchinがいくつも事例紹介している。もちろんこの理論も期間としては200~300年にわたる単位で見ているものだが、万年単位の方向性よりはまだ使い勝手はいいだろう。さらに細かく見たければ父―息子サイクルを使う手もある。
 複雑さの向上を示す完新世サイクル(というか一方向への流れ)、千年を超えるのも珍しくないイノベーションサイクル(軍事技術が典型)、人口動態に基礎を置く永年サイクル、そして世代交代がもたらす過激思想の盛衰を示す父―息子サイクル。この4種類の法則?をうまく使いこなせば、歴史について今よりも見通しやすくなる、かもしれない。
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