なぜ複雑な方へと歴史は進むのか。おそらくそれが社会の参加メンバーにとって包括適応度の向上につながるからだろう、というか
実際につながっている。彼らの包括適応度を引き上げたのは、複雑な社会がもたらす大きな限界利益だ。Tainterに言わせれば
「問題解決のためのシステム」となる。もちろん
限界利益はやがて減少していくわけだが、ダーウィン的アルゴリズムにおいては目先の利得こそが進化の原動力となる。
実際に複雑度を上げるのは成長をもたらすものと同じ、イノベーションだろう。Turchinらが指摘している通り、過去の歴史では
青銅器、戦車、鉄器と騎兵、砲艦と、軍事革命におけるそれぞれのイノベーションが社会の複雑度をそのたびに上昇させている。
社会の複雑度が断続平衡説的な進化を遂げるのを見ても、イノベーション→限界利益の急増→収穫逓減→イノベーションといったサイクルが回っていることが想像できる。
イノベーションに必要なものは何か。まずはアイデアを生み出す人間の脳みそで、数が多いほど望ましい。過去の蓄積や横の情報共有はアイデアを広がりやすくさせる。言語の系統学も同じで、農業生産性はアイデアを実行するために一定のリソースが必要なことを示しているのだろう。人口が多く多様なつながりを確保しやすいユーラシアが有利になっている理由の一つはここにある。
以上のように複雑な社会は包括適応度の向上という構成員のダーウィン的アルゴリズムが働く中、大きくイノベーションによって形作られ、しかし常に収穫逓減の可能性を抱え込んでいる。収穫逓減を遅らせる手段の一つは社会の拡大(帝国の形成)なのだが、このためには様々なリソースが環境内に整えられている必要がある。いやそもそもイノベーション自体も、環境という制限内でしか実現できないものであり、その意味では
ジャレド・ダイアモンドの言う通り環境は歴史の進路をある意味で規定している。
もう一つのリソースは
鉱物資源だ。最初は石から始まったが、それが青銅になり、鉄になり、火薬の原料(硫黄など)になり、さらには石炭や石油、その他の各種資源にまでイノベーションが広まっていった。とはいえ生物資源よりは交易で入手しやすいため、複雑さの進化に対する制限要因としての影響はあまり大きくないかもしれない。生物資源や鉱物資源はそれを使って領土を拡大するという方法で収穫逓減を遅らせられるし、規模の拡大を通じて複雑度の向上ももたらしている(
共和政ローマやロマノフ朝ロシア)。こうした鉱物資源や、この後に述べる大陸の形状などは、
プレートテクトニクスによって決まってくる。
リソース以外に歴史の進路に大きな影響を及ぼすのが、その大陸の形状だ。まずはダイアモンドが唱えた
東西と南北に長い大陸の違いがある。東西に長い大陸であれば農業を始めた地域で作られていた作物や家畜を横に広げるだけで複雑な社会が成立している地域を増やすことができる。それに対し、南北に長い場合は別の作物を改めて栽培植物化する必要があり、そう簡単には複雑な社会を広げることはできない。
旧大陸と新大陸の格差の違いなども含め、大陸の形状がもたらす歴史への影響は大きい。
こうした様々な環境条件と、上に述べた「複雑さを増す」方向に進むダーウィン的アルゴリズムが相互に絡み合って出来上がるのが歴史の流れだ、と考えられる。といってもこうした大きな流れは、あくまで1万年単位の歴史の方向性を決める「むちゃくちゃ幅の広い道路を端にあるガードレール」のようなものであり、個々の時代、個々の場所の歴史はより多様でややこしいものと考えていいだろう。まして個別の人間や国家の動きは、必ずしも道路の流れに沿わず、横に動いたり逆行する場面もあると思われる。
そうしたより細かい動きを見る場合は、Goldstoneの作った
Structural Demographic Theoryを持ち出す方が、まだ法則らしきものが見つけられると思う。実際にTurchinがいくつも
事例を
紹介している。もちろんこの理論も期間としては200~300年にわたる単位で見ているものだが、万年単位の方向性よりはまだ使い勝手はいいだろう。さらに細かく見たければ父―息子サイクルを使う手もある。
複雑さの向上を示す完新世サイクル(というか一方向への流れ)、千年を超えるのも珍しくないイノベーションサイクル(軍事技術が典型)、人口動態に基礎を置く永年サイクル、そして世代交代がもたらす過激思想の盛衰を示す父―息子サイクル。この4種類の法則?をうまく使いこなせば、歴史について今よりも見通しやすくなる、かもしれない。
スポンサーサイト
コメント