ロシアのエリート内競争?

 沈黙を守っていたTurchinが久しぶりにblogを更新していた、のだが、現下の世界情勢についての言及はなし。今、自分が何の仕事をしているのか、なぜSNSなどでの活動が低調なのかについての説明のみで終わっている。前にも書いたとおり、もともとTurchinはツイッターなどでの活動はそれほど多くないWalter Scheidelよりは頻度が多いが、Jack Goldstoneより圧倒的に少ない、といったところ。本人もあまりツイッターでの議論は好まないと言っているし、その方が精神衛生上もいいことは間違いない。この2週間ほどウクライナのニュースを追いかけて、私自身も心からそう感じている。
 Turchinが今やっているのは、前から行っているコネチカット大学の仕事と、数年前から取り組んでいるウィーンのComplexity Science Hubの仕事だそうで、さすがに大西洋をまたいだ二足のわらじを続けるのは難しいそうだ。というわけでこの秋にはコネチカット大学の仕事はやめるという。彼がウィーンで取り組んでいるのは「複雑な社会と崩壊」プロジェクトのプロジェクトリーダーだそうで、おそらくSeshatのこちらのプロジェクトとも関与しているのだろう。まさに現下の世界情勢にぴったりというべき研究テーマではあるのだが、もちろんすぐ答えが出るわけでもないだろう。
 加えて今は2冊の本を手掛けているそうだ。1つ目は学術的な(つまりHistorical DynamicsやSecular Cycles、Ages of Discordなどと同類の)本で、題名はThe Great Holocene Transformation(完新世の大転換)だとしている。完新世、つまり農業が始まった後の複雑な社会の進化について、Seshatやその他のデータベースを使って各種の理論を系統的に検証する狙いで書かれたものだそうで、要するにこちらなどで雑にまとめている歴史の法則について、もっとアカデミックにまとめるつもりなんだろう。実はTurchinらの研究に合わせてどんな法則が考えられるかについては私自身も文章にまとめているのだが、ロシアのせいでその文章がいつアップできるか分からない状態にある。
 ただしこの本は現在査読されている各論文の書き直しなどに合わせて書き直す必要もあるそうで、いったんこちらの執筆は止めるとしている。おそらく自主出版で年末には出したいとしているが、inshallah(アッラーの思し召しのままに)とも言っているので、実際にいつ出てくるかは不明。まあ気長に待つ方がよさそうだ。代わりに今年の前半のうちに仕上げたいとしているのが、一般向けの「近未来史」という本で、ペンギン・ランダムハウスで出版されるそうだが、こちらの本については中身への具体的な言及はない。あくまで個人的な予想だが、Ages of Discordを一般向けに書き直したような内容になるんじゃなかろうか。Turchinの一般向け書物は、例えばWar and Peace and Warはより専門的なHistorical DynamicsやSecular Cyclesを、Ultrasocietyはおそらくこちらで紹介した論文などをわかりやすく説明したものとなっているらしい。であれば次の本の元ネタとして最も考えやすいのはAges of Discordだろう。
 なおTurchinのblogには「第3次大戦の勃発について意見を」求める声が出ている。でも個人的には前にも書いた通り、ロシアに関するTurchinの過去の分析はそれほどデータに基づいたものではなく、今から急に語り出したとしてもあまり深い考察にはつながらないのではないかとも思える。本人は「世界で何が起きようと人生は続く――目的は達成されねばならないし、約束は守られねばならない」と韜晦しているが、無理に不得意分野について語るよりは、むしろ誠実な態度ではなかろうか。

 で、そのどう見ても精神衛生上よろしくないロシアのウクライナ侵略だが、包囲されているマリウポリの終わりが近づいているらしいとみられる一方、キーウ周辺はまったく動きそうにない状況のようだ。米国防省の分析でも相変わらず停滞が続いているようで、英国防省によればロシアの選択肢は狭められており「さらに損失が続けば、占拠地域の保持もままならない」ところまで至っているそうだ。こちらのツイートでも、ロシア軍の攻勢はすでに頂点に達したとしている。「ロシアは6月までに崩壊する」との声も出てきている一方、米マスコミ関係者の犠牲がさらに発生しており、被害はさらに増えている。
 ロシア側の残念な有様は、「フィクションならリアリティに欠ける」と言われるほどだそうだ。人員装備の損失だけでなく、指揮官クラスの戦死も相次いでいるようで、中にはこんなツイートも。ロシア側でも状況が拙いという認識が表に出てくる場面があるようだ。一方、ウクライナは引き続きドローンを巧妙に使用しており、一部ではロシアが占拠しているヘルソンへの反撃が伝えられている。ウクライナ兵も、ロシア軍自身の失敗に付け込んでいると話しているそうだ。それに対しロシアの黒海艦隊がオデーサを攻撃しているとの情報もある。
 こうした状況下でロシアの行動はどんどんヤバい方にシフトしている、ように見える。欧州評議会からの脱退報じられているが、それだけでなくもっとヤバそうな話が、例のFSBディープスロート発と言われている新たな怪文書に記されている。ロシアが西側の分断を図るためにバルト3国やポーランドにミサイルをぶち込む案を検討している、という内容であり、そんなシナリオをFSBがマジに作らされているとしたら同情しかない
 加えてロシアは彼らを支持しているアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタンに対する穀物の輸出を制限する方針まで打ち出す有様。そりゃアルメニアもトルコとの外交関係確立の準備をしていると言うわな。ナゴルノ・カラバフ紛争ではアルメニアの敵であるアゼルバイジャンを支援していたトルコだが、ロシアの後ろ盾がなくなるアルメニアにとっては彼らとの和解は避けて通れない道だったのだろう。逆に言えばそれだけ「ロシア危ない」状態になっている。なお食糧価格は世界的にも上昇する可能性があるそうで、決して他人事ではなさそうだ。
 いったいロシアは何を考えているのだろうか。前から何度も紹介しているこちらの人物のツイートを見ると、面白いことに今のロシアは一種のエリート内対立を経験しているのだという。それによるとソ連崩壊時に生じたjubilee(日本語で言うなら徳政令か)において債権者が損を被り、債務者が得をした。これは財産だけでなく権力でも同じであり、権力を与える側だった共産党が落ちぶれたのに対し、現場や地方で実際に権力を握っていた連中が肥え太ることができた。このツイートでは彼らを男爵(barons)と呼んでいる。
 プーチンが政権を握ったところで、彼はこの男爵たちを抑え込むような動きを見せた。プーチンの取り巻きである廷臣(coutiers)たちが権力を握り、彼らは現場の差配を男爵たちに任せはしたものの、この連中が力を持ちすぎないように抑制する流れが強まったという。結果、ソ連崩壊後に起きたjubileeはいったん姿を消し、権力の債権者である廷臣が債務者である男爵よりも強い立場になった。地方の行政トップなどは下手に力を持っていたりすると中央からにらまれ、時には大した理由もなく逮捕されるにまで至ったという。ロシア版のエリート内競争であり、トップ1%がトップ10%を抑圧している構図、と考えればよさそうだ。今回の侵略が失敗すれば、再びjubileeの時期が訪れる可能性が増すのだろう。
 同じ論者はロシアを相手に融和的な策は悪手であるとも主張している。「ロシアは貧困にも不景気にも圧政にも耐えられる」が、日露戦争やアフガン侵攻のような「小さな戦争における敗北だけには耐えられない」。従って今回のウクライナ侵略においてもプーチンが勝利を喧伝できるような「黄金の橋」を彼の背後に用意するのは愚策だ。そんなことをしたら「プーチンは中国と手を組む。次の戦争はより悲惨なものになる」という主張だ。これまで紹介していたツイートも含め、この人物の主張はいささか過激なところもあるように感じられるが、それが説得力あるように見えてしまうくらい、今のロシアの状況はおかしいとも言える。
 一連のネット情報を踏まえ、ではこれからどうなると考えればいいのだろうか。当たり前だが、そう簡単に未来を予測することはできない。そもそもこれらネット情報がどこまで正しいかも不明だ。ただ、ロシアの動きに中国がどう応じるかは注意すべきなんだろう。ロシアの中国への武器要請は開戦前からの話であり、また中国は8年前に「ウクライナを核攻撃から守る」と約束もしているそうで、中国が安易にロシア側につくとは限らない。だが一方で中国メディアはロシアと似た陰謀論を振りまいてもいる。一方でロシアは中国の評判を落とす宣伝戦をやっているそうで、お互いグダグダな感じはあるが、これから彼らはどうするつもりなのか。とにかく藪の中状態が続いている。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント