ロシアとアボカド経済

 ウクライナ情勢は相変わらず大きな動きはないまま、死者だけが積みあがるという悪い展開が続ているようだ。相変わらずロシア側は制空権を取ることができず、徴集兵を次々と戦場に送り込む状況になっている模様。一方でロシア側は「米国が化学兵器を使う」という虚偽情報を発信し、そのうえで自分たちが化学兵器を使うのではないかと懸念する向きも出てきている。ロシア側の言うことややることの箍が外れた状態には懸念を抱く声も増えている。
 というわけで引き続き、ウクライナ関連のSNSの情報をいくつか紹介しておこう。もちろんどこまで正確なのかは私には判断がつかないので、話半分に読んでほしい。

 米国の情報によるとロシア側がじわじわ前進しているのは確かなようだが、一方で欧州の情報機関はロシアの損失について米国よりも多く推計している、という話も出ている。それによれば数日前の時点でロシア軍の死者は7000~9000人ほどに達しており、兵力不足のため徴集兵を動員せざるを得なくなっているという(米国の推計は5000~6000人)。西側の補給チャンネルが開かれている限り、そしてウクライナが十分な兵士を送り込める限り、戦況は彼らにとって「OK」というのがこの一連のツイートの結論だ。
 ロシア側の当初の作戦計画が崩れているとの見通しは強まっているのだが、その当初の計画自体が「嘘と思い違い、そして専門知識や情報の大いなる欠如に基づいていた」という話も出てきている。戦争準備は極度なまでに秘密裏に進められ、関与したのは少数の制服組とプーチン自身に限られていたうえに、将軍たちは様々なケースを想定した緊急事態対応について問われることがなく、ロシア側の素早い勝利のシナリオしか想定されていなかったのだそうだ。自分の予想が外れる事態も想定して戦っていたナポレオンとは真逆にやり方と言える。
 加えてロシア政府の経済チームにはこの計画は全く伝えられておらず、西側の経済制裁への対策として北朝鮮やイランに対する制裁事例が調べられていたが、実効的な対応策が準備されていたわけではなかった。プーチンの取り巻きはロシアが輸入代替型の産業を増やしており、それによって制裁に対する抵抗力が十分にあると伝えていたようだが、実態は違っていたわけだ(この件については後で別のツイートも紹介する)。
 加えてロシア政府はウクライナに関する十分な調査もしていなかったという。中国や中東といった明確な「外国」は調査対象になったが、なまじウクライナはロシアの一部と思っていたため、結果的に相手を知らないまま戦争を始めることになったそうだ。改めて孫子の「不知彼不知己毎戰必殆」という言葉を思い出させられる指摘だ。
 計画時点での失敗に対処しようとしたロシア軍が用意した軍勢のほぼすべてを投入している点にどんな意味があるのか、についてのツイートもある。こちらの指摘によれば、ロシア軍は陸上戦力34万人のうち19万人ほどをウクライナ周辺に集めており、つまり55%の兵力をこの戦争に集中投入していることになる。一方、米軍がイラクに最も多くの兵を集めていた2007年11月時点で、彼らがそこに配備していた戦力は17万人。米陸軍51万9000人と海兵隊18万4000人の合計に占める比率は24%ほどにとどまっていた。
 これほど多くの戦力を1つの任務に差し向ける「第一梯団」に配備するのは、ロシアにとってかなりの戦略的挑戦である、というのがツイートの主張。兵力はうまくローテーションさせなければいずれ疲労によって使い物にならなくなる。もしこれらの兵力が戦闘に疲れ、兵站の困難に陥れば、事態はかなり厄介になる。ウクライナが内線を利用して部隊の再配置がしやすいのに対し、外線にいるロシア軍はさらに複雑な作戦を実行しなければ同じことができない。
 戦線の膠着状態を見るに、ロシア軍は少なくとも数週間、おそらくは数ヶ月にわたって戦わざるを得なくなる。配置した兵力の100%を投入している事態をすぐに止め、まず予備を北方に作り出し、より多くの増援を投入して部隊のローテーションを確立し、さらにウクライナのため他の国内外に配置している戦力を引きはがすだけのメリットがあるかどうかを見定めなければならない。ロシアの陸上戦力はあまりにも多くの目標を狙っているのでそれを見直し、空軍や砲兵、ロケットといった他の手段を活用すべきだ、というのがこちらのツイートの結論だ。要するにロシア側の能力は戦役計画実現には足りていない、と指摘しているのだ。

 軍事力だけでなく経済力でも厳しいのは、各所で指摘されている。例えばこちらのエントリーでは、ロシアの輸出の多くがエネルギーと原材料で構成されており、逆に戦争で使われるものも含めたハイテク製品はほぼ輸入頼りだそうだ。ロシアのハイテク技術はプーチン政権下で向上せず(というか最近はむしろ低下しており)、加えて経済制裁までなされれば、そもそもウクライナ人を殺し続けることすら困難になるのでは、というのがこちらの主張だ。
 なぜプーチン政権はハイテクではなくローテクにシフトしたのか、一つ面白かったのがこちらのツイート。ロシアの経済について、アボカドを収入源としているメキシコの「カルテル」と比べている。暴力と収奪を主としているカルテル関係者には、複雑な金儲けのシステムを動かすことはできない。彼らはアボカドのように、収奪しても生産能力があまり変わらないような産業に携わる場合はしばらく儲けることができる。だがより複雑な機械産業などに携わってしまうと、その産業を壊すか、さもなくば「カルテル」ではない何者かになってしまう。機械産業をきちんと操業して儲けるには、暴力に頼るマフィアではなく「ナード」(おたく)が実権を持たなければならないからだ。
 だがプーチン政権は今なお「マフィア国家」であり続けている。政権中枢のマフィアたちが儲けられるのは、彼らが石油やガスといった、壊れるのに時間がかかる一次産品を収益源としているからだ。彼らの周囲には1990年代のオリガルヒがおり、こちらはもう少し複雑な金属産業を手掛けてはいる(ただし彼らも創造的破壊ができるタイプではなく、産業はゆっくりとだが破壊されている)。さらに複雑な機械産業はナードたちに任されているが、彼ら彼女らはあくまで「カルテル」の許す範囲でしか金儲けができない。前にも書いた通り、トップ1%がぼろ儲けしている一方でトップ10%が厳しいという、ロシアの状況をうまく説明している。
 それだけではない。プーチンの取り巻きたちは「輸入代替」型の産業を育成すると言いながら、実際には石油やガス産業が儲けを増やすために採掘に使う機械を安く買いたたき、それができなくなったらさらに安く製造できる外国企業に仕事を回してしまっている。自分たちが儲けるためであり、また「ナード」たちが力を持たないようにするためだ。このように強力なカルテル(マフィア)がロシアの経済と権力を動かしており、格差の拡大だけでなく収奪的な経済構造を作り上げてしまっている点について、Noah Smithは「泥棒政治」Kleptocraciesと呼んでいる。
 この指摘は、単にロシアの問題だけでない観点ももたらしてくれそうだ。「資源の呪い」とか「モノカルチャー経済」といった、一次産品に頼った国における経済の不振を指摘する言葉は色々とあるが、もしかしたらそうした経済は現在のロシアのような収奪的経済を確立させやすい傾向があるのかもしれない。収奪的に行動するカルテルが存在する社会としない社会、アボカドのような一次産品が中心となる社会とそうでない社会という2つの軸で考えた場合、カルテルが生き残りやすいのは一次産品が中心となっている社会の方だろう。ろくな資源がなければ収奪的経済は短期間で破綻してしまうため、そういう社会では「ナード」が実権を握る可能性がおそらく高い。資源国のようなアボカド経済が成立する社会でなければ、プーチンやその取り巻きのような連中が権力を握るのは難しい、と考えられないだろうか。
 というかこの一連のツイート、要するにカルテルの連中は頭が悪いのでまともな産業の運営はできない、ということを暗に述べている。彼らは単純な生産物を収奪するしか能力がなく、そのために暴力や脅しを多用するが、結局のところやっているのは産業の破壊だけだ(破壊に時間がかかるか否かの違いしかない)。一方「ナード」は複雑な産業を運営して儲けを生み出す能力がある。正直、いつこのツイートがカルテルのことを「ジョック」と呼びだすか冷や冷やしながら読んでいたほど。結局のところプーチン一党はベルカーブの左側にいる、と言いたいんじゃないかと邪推したくなる文章ではある。
 まあこんなイートハンドブックを見せられると、そうした主張も論拠がないわけではない、ように見えなくもないかもしれなかったりして。
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