民営化と張りぼて

 あまり詳しくない話を何度も取り上げるのはよろしくない気もするのだが、どうも今回のウクライナ戦争は21世紀の戦争の割に昔の話(つまり歴史)につながる部分が端々に顔を出しており、そういうのが目に留まるたびに、つい気になって調べてしまう状態が続いている。前回紹介した「氾濫作戦」もその1つなのだが、別にそれだけにとどまらない。
 例えば、足元でのロシア軍の停滞状況をもたらす要因の1つとされている兵站問題。こちらの一連のツイートではロシア軍の兵站について色々な情報を紹介しているのだが、そもそも旧ソ連時代からアフガニスタンなどで兵站がうまく回っていなかったうえに、現在に至っても独裁者が「派手な武器をたくさん持っているがそれをどう運ぶかについてはほとんど考慮していない」状態が続いているという。
 例えばこちらの記事では、ロシア軍は物資の集積場となっている鉄道線から90マイルのところまでしかまともに兵站が届かないと指摘している。足元でもウクライナ領内に中間集積拠点を設置できていないのではとの見解もあり、おかげで兵士への食糧補給にすら苦労しているようだ。
 加えてウクライナ側による補給線への攻撃も目立っている(これまた田中芳樹氏の銀英伝に、シミュレーションではあったがそうした作戦が取られたという話がある)。こうした兵站上の問題はロシア軍の戦力を表面的な数字よりも引き下げる効果をもたらす。ツイートではロシア軍の戦力が「控えめに見積もって25%ほど低下している」と推測しており、ロシア空軍の不活発さについても補給問題が影響しているのではと指摘している。
 事態を改善するべくロシア軍は民間のトラックを前線に送り込んでいるというツイートもある。ただし民間トラックを利用するとなればいよいよきちんと整備された道でなければ通れないため、利点と同時に新たな問題点も抱え込むことになりそうな気もする。
 しかし単なるトラック徴発より面白いのは、ロシア軍が物資輸送を民営化しているという話だろう。1月時点で書かれたこちらの記事によると、ロシア軍ではMTOと呼ばれる組織が鉄道上の物資集積拠点から戦場までの輸送を担当しているのだが、その運営を担っているのが国営の営利企業らしい。徴兵制にマンパワーの基盤を置いているロシア軍では、こうした専門的業務は企業に任せた方がいいとの判断が下されたのだろうか。
 ただMTOの保有するトラックはあまりにも少なく(400台ほど)、加えて営利企業の運営と軍隊の必要性をどこまでうまくマッチできるのかも不明である点が懸念されているという(上のツイートでも戦争が長引くとこれがハンディキャップになる可能性を指摘している)。というか、この営利企業の従業員、多額の金を横領したという話でスキャンダルになっているそうで、これまた田中芳樹氏の小説に出てきそうな事態になっている。
 戦争に営利企業が絡んでくるという話は、例えば三十年戦争の事例でも見られたように、昔からある話だ。この時に紹介したParrottの本では、民間の参入は必ずしも軍事的な非効率につながるものではないとの主張をしていたが、現在のロシアでこの営利企業がどこまで部隊の効率的運用に寄与しているかは不明。まあ民営だろうが公営だろうが、トラックの数が足りなければ兵站は厳しくならざるを得ないだろうけど。
 部隊の輸送に民間がかかわるのはフランス革命からナポレオン戦争時代にもよく見られた現象。例えば1805年のブローニュからラインへの行軍に際しては靴の輸送を業者に任せていたという話がある。一方で輸送用の車両がなかなか用意できず、徴発したものを使っていたのも現代のロシアと相通じるところがある。ツイートでロシア軍の現状について「我々はまさに兵站の崩壊を目撃しようとしている」とまで述べているのが正しいかどうかは不明だが、200年以上前の戦争と似たようなことをやっていると考えるなら、さすがに芳しからざる状況と言えそうだ。

 もう一つはプーチンが合理的か否かについて書いたこちらの一連のツイート。こちらの書き手は「プーチンは合理的に行動しており、従ってロシアが核を使うとは思えない」という主張をしているのだが、その論拠を3つ挙げている。1つ目はウクライナの状況について「本当の国民国家ではない」と考えていたことであり、3つ目は西側が強硬に対抗することはないとの判断があったという。そうした前提に基づけばロシアの行動は決して非合理ではないという主張だ。
 問題は2つ目で、過去20年にわたって取り組んできた軍の近代化が効果を上げていたとプーチンは信じていた、という指摘だ。実際には予算の多くがキプロスにあるオリガルヒたちの巨大ヨットに化けていたわけだが、取り巻きは誰もその事実を大統領に伝えず、結果としてプーチンは嘘の報告をもとに判断を下した、とツイートは述べている。そして一言付け加えているのが、Potemkin military「ポチョムキン軍」というフレーズだ。
 このポチョムキン軍という言い回しは、最近のマスコミに時折出てくる。例えばこちらの記事ではロシア軍のことを「準備ができておらず、装備が貧弱で、指揮が拙く、現代の通常戦において酷く無能なポチョムキン軍」と記しているし、クルーグマンはロシアを「ポチョムキン大国」と呼んでいる。いずれも見掛け倒しというニュアンスで使われている言葉だ。
 もちろんポチョムキンはそもそもエカテリーナ2世時代のロシア軍人の名前だ。それが見せかけだけという意味で使われるようになったのはポチョムキン村が由来だろう。女帝のクリミア視察に合わせてポチョムキンが大慌てで村々や家々の張りぼてを作らせたという逸話(事実かどうかは不明)が基になっているのだが、舞台がウクライナ、見掛け倒しの主体がロシアという組み合わせから、このフレーズを思いついた者が大勢いたようだ。
 村の張りぼてならまだしも、軍が張りぼてだとロシアにとっては困ったことになる。いや、軍だけではなくクルーグマンの言う通り国家そのものが張りぼてかもしれない。実は前回紹介したFSBアナリストの愚痴(真偽不明)についても、偽物とは言い切れないとの指摘が出ていたりするし、だとしたらロシアの現状がかなり残念な状態にあることになる。ちなみにこの愚痴、早々に日本語訳も出回っているので、内容についてはそちらを参照いただきたい。

 あとはいくつか雑談を。一つは今回の侵攻開始前にアメリカの海兵隊大学で行われた「ウォーゲーム」の話だ。ウクライナ情勢が緊迫していた段階で、ロシア軍とウクライナ軍に分かれてゲームを行ったところ、今回のロシア軍による作戦の進め方と非常に似た結果が出たという。ロシア側があくまでウクライナの政権打倒を目指し、軍事力破壊に力点を置いていない作戦を行なった結果だそうで、今回の戦争におけるロシア側の狙いを推測する一助になるかもしれない。ただしゲームでは序盤できちんと制空権確保を優先してやったそうで、その部分は実際のロシア軍の行動とはズレが生じている。
 制空権が取れないとどうなるかを示すのがこちらの記事。米軍が6日間に1万7000もの対戦車兵器をウクライナに送り込んだという内容で、これらの武器はポーランドやルーマニアのウクライナ国境まで空輸され、そこから陸路で戦場へと送られている。ロシア軍はこれらの物資輸送に対して十分な攻撃が行えていないと書かれているが、空から攻撃できないのもその一因かもしれない。
 最後にこちらのツイッターアカウントも紹介しておく。一般に出回っているウクライナ戦争の戦況図(例えばこちら)などはロシア軍が面で侵攻しているイメージがあるが、ツイッターアカウントの地図を見ると道路と町をつなぐ、いわゆる「点と線」状態である様子が窺える。どちらが正しいか判断はしかねるが、後者の地図を見ていると日中戦争の「点と線」もこんな状況だったのかと思いたくなる。
 もちろん、上記の様々な情報がどこまで正しいかは私には分からない。あくまでそういう情報がネット上を流れている、という認識にとどめておいた方が安全だ。
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