空と陸

 ウクライナの戦況はかなり膠着感が強まっている。南部ではまだロシア軍が進んでいる印象はあるし、原発を奪ったことも大きく報じられていたが、一方でキーウやハルキウでの戦闘はまだ継続中であり、そうこうするうちにパラリンピックも始まってしまった。国連では特別会合でロシア非難決議が圧倒的多数で採択され、経済制裁の強化で「ロシア経済は事実上世界から遮断されつつある」との報道も出てきた。時間が経過すればするほどロシア側にとって事態は悪化するように見える。

 侵攻が始まる前の時点から、戦争はロシアにとって非合理的な選択だと言われてはいた。ただしそれは経済制裁などが及ぼす影響も踏まえての指摘であり、軍事面だけ見るのならウクライナに比べてロシアが圧倒的に有利だと言われていたし、軍事面での決着がつくのにはさほど時間がかからないのではとの見方もあった。だが実際には1週間以上が経過してもまだまだ戦争が終わりそうな状態にはない。なぜか。詳しくない分野なので評価は難しいのだが、いくつかの説明がネットには出回っている。
 一つの理由として指摘されているのが、ロシア空軍の消極的すぎる対応だ。現代の戦争では制空権の確保が極めて大きな意味を持つのに、ロシア軍は初日の攻撃以降、ろくに制空権を取ろうとしないまま陸上戦力を前進させているそうだ。英国防省によればロシア軍が制空権を取れなかったのが「ロシア軍が全体的に停滞している要因」だという。それどころかロシア空軍は昼間の活動を避け、夜間戦闘に振り替えていたほどだそうだ。
 なぜロシア軍は制空権を取れないのか。今でもウクライナ近くに多くの航空機を集めており、「本当だったら戦闘機や戦闘爆撃機が大々的に投入されるはずが、そういうふうになっていない」理由はどこにあるのか。一つの説としてこちらで紹介されているのが、「そもそもロシア空軍は大規模で複雑な航空作戦を実施する能力がない」との見方だ。
 元の記事によると、ロシア軍はNATO諸国が行っている大規模な航空作戦の訓練などを行っておらず、シリアでの作戦でも最大4機程度までの小規模な作戦しか実施していない。加えてパイロットの訓練飛行時間、シミュレーション時間がかなり短く、そうした作戦を実行できる人材もいない。制空権を確保しなければならない動機は山ほどあるが、そもそもできないから行なっていないのではないか、との見方だ。
 だがそれはあまりにロシア空軍の能力を軽視しすぎているのではなかろうか、とも考えらえる。そうではなく西側の支援が実は大きな影響を及ぼしている、と主張するのがこちらの一連のツイート。と言っても、多分専門用語が多すぎて一読しても意味が分からないと思うが、もう少し分かりやすい説明が既に2月下旬の段階で登場している。要するにリアルタイムで西側からロシア空軍の動静に関する情報がウクライナに提供されており、それによってウクライナ側が有効な反撃を行なっている、という説だ。
 具体的にはポーランド上空を飛んでいるAWACSなどが警戒レーダー役を担っているのではないか、との説がある。もちろんこれだけで全てのロシア軍機の動向を把握できるわけでもなかろうが、それなりの範囲はカバーできているそうだし、実際にロシア軍機はかなり派手に撃墜されているようだ。この損害はアフガンでソ連軍が少なくとも2~3ヶ月かけて被っていた量に匹敵するレベルだそうで、「ウクライナの七面鳥撃ち」との発言まで出てきた。おそらくマリアナの七面鳥撃ちにひっかけたものだろう。
 そうやって活動できない状況に追い込まれているためか、最近ではロシア軍の空爆が減っているとの指摘もある。そして、西側の情報支援が国境の向こう側で行われている以上、ロシア側に打つ手はない(NATOとの全面戦争を決断しない限り)。数少ない航空戦力の運用も、こちらの一連のツイートで指摘されている通り、かなり手際の悪いものになっているようだ。ウクライナが二流の装備と二流の軍だとすれば、ロシアは二流の装備と収奪的な腐敗政府によって骨抜きにされた三流の兵士を持つ巨大な軍、ということになる。

 空だけではなく陸上でも同じ問題が発生している。分かりやすいのはキーウ北方で何日間も止まったまま動かない64キロの車列だ。BBCは兵站や整備不良のタイヤ、さらには司令と伝達のミスなどが影響していると報じている。このうちタイヤの問題は報道よりも早くSNSで指摘されていた。現地で放棄された写真を見る限り、どうみても長期にわたってきちんとしたメンテナンスが行われていないという指摘だ。こちらのツイートも同じ。
 加えてロシア陸軍の不手際も指摘されている。こちらのツイートでは、破壊された車両よりもその下の道路に注目しろと指摘している。重量のある車両が大量に通過すれば、普通の道路はこのような状態になって移動そのものが困難になる。まして今のウクライナは春の泥濘の季節が迫っている段階だ。だからきちんとした進軍計画を立てるなら、道路の補修を行う土木工事用の物資や装備、作業員をきちんと用意して進軍しなければならない。
 だがロシア側がそうした部隊を引き連れている様子はない。第一線の部隊のみならず、後方から送られてくる第二線の部隊にも見当たらない、というのがこのツイートの主張。キーウ北方の長い車列は、車両間の距離も詰まりすぎているために簡単に補給も移動もできなくなっており、今やアンツィオ以来となる「世界最長の自給自足捕虜収容キャンプ」と化しているそうだ。
 さらにシュールなのが、ウクライナ軍がキーウ北方で展開している「氾濫作戦」。ロシア軍の進軍路上を水浸しにして、彼らがまともに動けないようにしている。これもまたロシア軍の動きが停滞している理由の一つだそうだ。もちろん近代初期の戦争について詳しい人間なら、この作戦には長い歴史があることをすぐに思い出すだろう。ナポレオン戦争でも使われていた手法だが、21世紀になっても有効な手段であることが立証された格好だ。
 以上のように制空権が取れず、陸上でもうまく侵攻できていない状態が長引いてきたのを受け、「そのうちロシアが疲弊して停戦に動くのではないか」という見解も出てくるようになった。軍事はともかく全体としてはロシアにとって不利、と言われていた戦争が、もしかしたら軍事面でも不利になりかねないと思われつつあるように見える。

 他にもFSB(ロシア連邦保安庁)のアナリストによるやたらと長い愚痴、の翻訳などもある。そこにはロシア内の混乱ぶり、ウクライナでの軍の損害が1万人近くにのぼっているのではとの見方、1~2週間もすれば「船の穴を指で塞ぐ」ような事態が訪れるとの見通し、そしてプーチン1人の判断では核のボタンは押せないといった話が載っている。こちらのツイートによると、プーチン政権は経済制裁だけで簡単には崩壊しないが、数週間で公務員にも軍にも支払いができなくなると指摘している。とにかく色々な情報が飛び交っている状態だ。
 とはいえ、こういったSNS経由の情報については、あまり信用度が高いとは言えない。だからこれらの話から安易に結論に飛びつくのはよろしくないし、その必要もない。ただ、ウクライナの戦争が事前予想よりロシアにとって拙い方向にシフトしているのはおそらく事実だろう。
 それにしても今回の戦争、何というか田中芳樹氏の小説を醜悪な形で現実化しているように見えてならないのが、一番シュールな点かもしれない。「補給の失敗で士気低下」などの部分はまさに銀英伝だし、腐敗した政治のせいで軍の装備がアレな状態になっているところは、確か七都市物語で似たようなことが書かれていたと記憶している。こんな絵にかいたような悪役(マフィア国家)が現実世界に存在しているとは、まったくもって事実は小説より奇なりだ。
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