ウクライナ情勢が世界の耳目を集めている。なにせ背景についてよく分からないのであちこちの情報を見るくらいしかできないのだが、当然ながらSNSなどではプロパガンダ目的のうさんくさい話も多数ある。とりあえずここまでの経緯を踏まえても
米国が出している情報がおそらく最も信頼がおけるようなので、基本的にはその報道を頼りにしつつ、他の本当かどうか分からない話も眺めている、といった状態だ。
戦況がこれからどうなるかはまだ分からないが、国際世論が完全に反プーチンになっているのはおそらく事実だ。日本国内でも
最初に逆張りでロシア側に立った発言をしていた連中が慌てて手のひらを返している。そして、他国の惨状を材料に国内の「対抗部族」を叩こうとトライバリズム全開で動く連中もいる。というかそういう連中は相変わらず元気いっぱいと言ってもいい。外に共通の巨悪が生まれたからといって、そう簡単に不和の時代が終わるわけではないことを示している。
米国の分析に際してはあれだけ大量のデータを引っ張り出してそこから論理を組み立てていた彼が、この文章中で持ち出しているのは「地政学」という
自身の本で批判していた分野の理屈と、そして「聖なる価値観」なるものだ。後者は実のところ「間違って公開された」予定稿にある「ロシアの歴史的な完全性」と同じことを別の言葉で述べているに過ぎないのではないか。せめて「ロシアのアサビーヤは南イタリアのようなブラックホール化までは至っていない」から、ロシア人はプーチンを支持するという主張ならまだ分かるのだが。
もちろん、くり返しになるがロシアによるウクライナ侵略に対してTurchinはまだ何も述べていない。もしかしたら、後からロシアについて数字に基づく分析を始めるかもしれないし、あるいは何も言わないまま終わるかもしれない。彼がかつての祖国の現状をどう見ているかについて興味はあるが、具体的な発言が出てくるまでは断定的な論評は避けておこう。
一方、Jack Goldstoneは、今回の件について既に
いろいろと言及している。彼はロシアの誤算と国際世論の効果について述べ、たとえプーチンは戦争に勝てたとしても自らの体制を掘り崩すことになると指摘。勝利宣言して引き上げ、国際経済への復帰を図るのが最も理性的な選択肢だし、そのための「黄金の出口」を彼のために用意するのが世界の役割になるのだが、多くの独裁者と同じく彼にそうする能力がなければ最悪に備える必要がある、と記している。正直、ここまで事態が進めばこの指摘も「ごもっとも」だろう。
それにしても今のロシアにアサビーヤは残っているのだろうか。世界を相手に喧嘩を売ることになったプーチンを、ロシア人はどこまで支えようとしているのだろうか。前に述べた
ロシアにおける格差の大きさ(米国や中国よりも格差は酷い)や、トップ1%相手に喧嘩を売る可能性が高いトップ10%の不遇っぷりを見る限り、あの国で政治ストレス指数(PSI)が大きく増加している可能性は高そうに見える。一方、大衆(ボトム50%)が持つ富のシェアは、
World Inequality Databaseによれば3.1%。低い方なのは間違いないが、米国(1.5%)やブラジル(-0.4%)に比べればまだマシで、それだけ大衆の困窮度は低そうにも思える。
アサビーヤという概念について、Turchinはまだ具体的に数値化して示した場面はなかったと思う。
Tainterの限界利益という概念なら数値化しやすそうではあるが、具体的にどうやればいいかと言われると悩むところだ。単純に
ロシアの経済指標を見る手もあるのだが、それを見るとロシアの事態はかなりよろしくない。1人あたりGDPでは韓国はもとより、既にポーランドやハンガリーにも抜かれている。人口も1億4600万人と中国の10分の1強しかない。
ロシアとしての
人口ピークは1990年代半ばであり、それから既に四半世紀ほどが経過している。
前にも書いたが、人口減はアサビーヤが尽きて複雑な社会が崩壊へと至る前段階に見られる現象でもある。もしロシアのアサビーヤが底に到達しようとしているのだとしたら、このタイミングで訪れる不和の時代はロシア社会そのものの崩壊につながりかねないだろう。ただし、過去の例からすると人口が減ってから永年サイクル1回分くらいは社会が持ちこたえるケースも多い。だとしたら足元ではまだプーチンなりその後継者なりの下にロシア人が集まるだけのアサビーヤは残されていると考えられる。
一方ロシアのアサビーヤについては、
こちらのツイートでも言及されている。それによると17世紀末から19世紀初頭までの近衛制、革命までの君主制、そして革命後の共産党という3種類のアサビーヤがロシアの歴史上に存在したらしい。今のロシアは共産党下のイデオロギー国家ではなく、むしろ
「マフィア国家」になるらしいが、ソ連下と同じアサビーヤが継続しているのだとしたら、そちらの賞味期限がそろそろ終わりを告げる可能性もある。そうなった場合、後世の歴史においてプーチンの戦争はロシア革命以来続いたロシア人の連帯意識にとどめを刺した事例として紹介されるのだろう。
どちらが正しいのか私には判断できない。そもそも
プーチンがこの戦争に「全賭け」したら勝者はいなくなるとも言われているし、そうなるとアサビーヤどころではなくなるかもしれない。ただ個人的にはここまで繁殖しているヒトという生物が簡単に絶滅するとも思えない。ロシアの未来は暗いと考えてよさそうではあるが、その上で彼らの子孫やロシア以外の地域を含めて何が起きるかを考えると、おそらく可能性は非常に多岐にわたる。何が起きてもおかしくない時代に入った、のかもしれない。
ベルエポックを終わらせた第1次大戦から100年ちょっと、次のベルエポックを終わらせかねない事態がここまで急速に進むというのは、なかなかに予想外だ。ある意味で刺激的な時代の到来なのだろう。
スポンサーサイト
コメント