学問と価値観

 ネアンデルタール人の絶滅、皆殺しが原因ではなかったという記事が少し話題になっていた。原題はNeanderthal extinction not caused by brutal wipe outなので邦題は単に直訳しただけだと思われるが、この題名と記事で取り上げられた研究内容とは、実はあまり一致していない。
 記事の元になったのは、フランス南部の洞窟を調べていた研究者チームがScience Advancesに発表した論文、Modern human incursion into Neanderthal territories 54,000 years ago at Mandrin, France。内容はその題名通り、欧州にホモ・サピエンスがやって来た時期について今まで知られていたより1万年以上前まで遡ることができる考古学的証拠が見つかった、というものだ。
 より分かりやすいのは、研究者たち自身が書いたNew research suggests modern humans lived in Europe 10,000 years earlier than previously thought, in Neanderthal territories。報道とは異なり、「1万年前倒し」の部分に力点を置いていることが見出しを見れば分かるし、内容もそうなっている。
 彼らが調査したフランス南部のローヌ河沿いにある洞窟からは、小さな(いくつかは長さ1センチに満たないほどの)三角形の尖頭器が1500個も見つかった。これらの尖頭器は鏃と似ているのだが、この時期に欧州各地に住んでいたネアンデルタール人たちの遺跡からは、こういった技術を持つ石器はこれ以前もこれ以降も現れていない。研究者たちはこれと似た石器を探して同時期にホモ・サピエンスが暮らしていたことが間違いなく確認できる東地中海で発掘された石器と比較し、両者が似通っていることを確認した。つまり、これらの道具はホモ・サピエンスが持ち込んだ可能性が出てきたわけだ。
 その仮説を明確に裏付ける発見が2018年にあった。発掘過程で出てきたヒト族の歯について調べたところ、尖頭器が出てきたのと同じ地層から出てきた歯が2~6歳のホモ・サピエンスの乳歯だったことが判明した。記事中に紹介されている図を見ると、この乳歯が見つかったE層からは非常に細かい細工の石器が発見されているのに対し、その上(新しい)や下(古い)の層からはネアンデルタール人の歯と、シンプルな石器が出土していたことが分かる。
 研究者たちはさらに地層に降り積もった煤を年輪のように使って年代を測定する方法も編み出した。洞窟内で焚火をした際に発生した煤がこうした形状を作り上げたそうで、それを調べるとヒト族がこの洞窟を8万年の間に500回ほど訪れていた様子が窺えるようだ。興味深いのは、ホモ・サピエンスの痕跡が最初に現れたのはその前にネアンデルタール人が焚火をしてから1年もしないうちであり、かつホモ・サピエンスたちがおよそ40年にわたって洞窟を使っていた点だろう。彼らが姿を消した後で、再びネアンデルタール人たちが1万2000年にわたって洞窟を使うようになった。
 同時期にレヴァントまでしか来ていなかったはずのホモ・サピエンスたちは、どうやって南フランスに到着したのだろうか。オーストラリア(ユーラシアからは海で隔てられていた)にホモ・サピエンスがやって来た考古学的証拠が6万5000年前まで遡れることから、彼ら彼女らがその時点で船を使っていたことが想定される。であれば5万4000年前に南仏に現れたホモ・サピエンスたちも地中海を船で渡ってきたのではないか、と研究者たちは指摘している。
 ただ、報道記事の見出しになっているホモ・サピエンスとネアンデルタール人との関係について、研究者は明白な考えは全く示していない。最後の方に「ネアンデルタール人はホモ・サピエンスと情報交換したり案内人になるような関係だったのか? 2つのグループが交雑する時はあったのか?」といった短い言及はしているものの、そうした疑問に対する回答はこれからの調査次第だとしている。
 つまり報道の見出しは、この研究者自身が記した記事のほんの末尾部分だけを大きく取り上げ、それこそが研究の主要結果であるかのように紹介したものだと言える。報道ではさらに「ネアンデルタール人が絶滅するまで1万年以上にわたって、2つの人類が同地[ヨーロッパ]で共存していたかもしれない」という結論まで導いているが、これは発掘に当たった研究者自身の見解ではなく、報道に際してコメントを求めた別の研究者の発言。今回の研究結果だけ見れば、上に指摘した通りホモ・サピエンスがこの地にいた時期は40年にすぎず、その後の1万年以上にわたってこの洞窟に住み着いていたのはネアンデルタール人たちである。つまり両者の「共存」を示す証拠がこの研究で導き出されたとまでは言い難い。
 短期的な来訪者にすぎず、すぐ姿を消したホモ・サピエンスが、なぜネアンデルタール人と長期にわたって一緒に暮らしていたという論調で報じられるようになったのか。思い出したのは、青銅器時代の古人類のゲノム分析について「青銅器時代の社会的格差」という題名で論文が書かれた件だ。最近のアカデミアの傾向として、歴史上の出来事についてもwokeism的な切り口で紹介する流れが強まっている実例の一つと言えるが、同じバイアスが今回の記事にも色濃く影を落としている。
 多様性(ダイバーシティ)こそ価値があるのだから、多様性を裏付けると思われるような事例が過去にあればそこに注目して伝える方が正しい、というバイアスが報道側にあるからこそ、こんな見出しと記事構成になったのではなかろうか。青銅器時代のゲノム分析の事例では研究者自身がそういうバイアスに囚われている様子があり、報道はそれをそのまま伝えただけだと思うが、今回の事例は研究者の見解を報道が歪めて伝えているわけで、その分だけ悪質と言えるだろう。
 アカデミアやそれに関する報道の分野で、事実とそれに基盤を置いた合理的推測を優先するのではなく、価値観に基づく表現が先行してしまうのは、大変に拙い。論拠の乏しい主張をするのは自らの信頼を掘り崩す最も有効な手段であり、そうして信頼を失ったアカデミックな表現に対して規制や圧力をかけようとする動きが出てきた時に、それを食い止めるだけの支持を得られなくなる恐れがあるからだ。学問の自由が表現の自由にとって大切だとの説があるが、であるならばなおのこと自らを厳しく律する必要がある。安易に現代的価値観に媚びた研究をしたり、報道を通じてそうした表現を広めてしまうのは、地獄への道になりかねない。
 ついでに言うと日本語記事の中には単なる誤訳(誤:ネアンデルタール人の特徴とされる方法で → 正:ネアンデルタール人とは関連付けられていない方法で)も含まれている。残念ながらあまり質のいい報道ではない。

 そもそもこの話は、変に「ネアンデルタール人とホモ・サピエンスがキャッキャウフフと楽しく暮らしていました」的なストーリーに仕立てずとも十分に面白い研究だ。何より重要なのは、論文中では明記されていないものの、ホモ・サピエンスがこの時点で矢を使っていた可能性があるという部分。これまでアフリカ以外でホモ・サピエンスが弓矢を使っていた証拠として最も古いものとされていたのは4万8000年前のスリランカの例であるが、今回発表された尖頭器が鏃であるなら、その時期がさらに遡る。ホモ・サピエンスが出アフリカ時点で弓矢の技術を持っていた可能性がそれだけ高まるわけだ。
 実は同じような研究は今回のもの以外にも色々とある。他ならぬ日本についても、2016年に発表されたEvidence for the use of the bow-and-arrow technology by the first modern humans in the Japanese islandsという論文で、日本列島内の旧石器遺跡(3万8000年から3万年前)から見つかった台形型の石器が鏃であった可能性が論じられている。同じ素材で作ったレプリカを、手に持った槍の穂先、投槍器を使った投げ槍の穂先、弓矢の鏃として使う実験をしたところ、発掘されたものと同じような痕跡が残るのは投擲速度の速い弓矢の場合であるとの結果が出たそうだ。
 こうした研究は他の地域でも進めることは可能だろうし、それによって後期旧石器時代における弓矢の普及度合いをより幅広く推測できるようになる。そうすれば、後にアフリカ以外の世界中を席巻していったゲノムの持ち主であるホモ・サピエンスが弓矢を持っていた可能性を推し量ることも今よりたやすくなるに違いない。弓矢が世界を支配する原因になったとまでは言えなくても、弓矢は世界を支配したホモ・サピエンスの能力を示す指標の1つと見ることも可能になるんじゃなかろうか。
 後期旧石器が広まった時代に、ヒトの行動が変わったのではないかとの見解は以前からある。現代的行動と呼ばれるものだが、そうした行動がいつ頃生まれ、どのようにヒトの在り様を変えたかについて、今回の研究はなかなか面白い示唆を与えてくれるのではなかろうか。繰り返すが変に読者に媚びるような歪曲を加えず、真っ当に伝えるだけでも十分に興味深い話だ。
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