架空世界の気候シミュレート

 架空世界歴史設定にジャレド・ダイアモンドやTurchin、Tainterらの研究を生かしたという話はあまり聞いたことがないが、架空世界の気候にケッペンの気候区分を適用するといった動きは結構あるようだ。例えば指輪物語の「中つ国」の気候区分については、Climates of Middle Earthというエントリーに載っているし、特に物語の舞台となった地域についてはこちらに大きな地図が掲載されている。
 Redditに載っているこちらの地図によると、ホビット庄のある地域は北緯60度に近いかなりの高緯度地方なのだが、気候的には西岸海洋性気候であり、それなりに温暖であることが分かる。エルフなどが住む霧ふり山脈の東側は亜寒帯湿潤気候の一種であり、騎兵で有名なローハンも同じ気候帯(ただし夏が暑い)に含まれている。終盤の舞台となったゴンド―ルは地中海性気候で、敵役のいるモルドールは寒冷な砂漠地帯となっている。海側も含めて3方を山に囲まれているために砂漠化しているのだろう。
 現実の欧州同様に高緯度にあるにもかかわらず温暖な気候を維持している点について、The weird climate of northwestern Middle-earth, and the Feanor Currentでは北大西洋海流のような暖流が必要だとしてき。西方にある大陸の形状を変えるべきではないかと提案している。こういうマニアックな楽しみ方ができるという点も含め、指輪物語はよくできたフィクションなのだろう。
 しかしそれよりさらにマニアックなのは、こちらの記事で紹介されている「中つ国の環境をコンピューターでシミュレーションしてみた」取り組みだろう。結果はThe Climate of Middle Earthという「論文」(っぽい文章)にまとめられている。それによると中つ国の気候は西欧から北アフリカと同じ分布をしており、ドラゴンや魔法使いの活動がなければ深い森におおわれていたそうだ。ホビット庄は英国の、モルドールはロサンゼルスやテキサスといった地域の気候と似ているという。
 論文では中つ国(Fig. 1)以外に、現代の地球と恐竜時代の地球もまとめてシミュレートしており、それぞれ年平均気温と降水量、冬場の風向風速と気圧について結果を出した。Fig. 3にその様子がまとめられているが、地球に比べて中つ国の方が全体に気温が高めに出ているようだ。一方、降水量を見ると地球は割と満遍なく降っているのに対し、中つ国は沿岸部と山脈周辺に集中的に雨が降っている。気圧配置は基本的に陸地が高く、海が低い(冬場なので)というのはいずれのシミュレーションでも同じだが、中つ国は低圧部と高圧部がいずれも高い緯度に見られる。
 またいずれの場合も北緯60度あたりまでは偏西風が強く、中つ国ではモルドールまでその風が続いている。一方、60度より北になると極東風が見られるが、地球の場合はこのあたりにグリーンランドなどの陸地があって海路を塞いでいるのに対し、中つ国ではホビット庄の北部から西へ向けて出港することが可能なように見える。論文では灰色港から西の不死の国へ旅立つ船が、この風を利用して航行していたのではないかと記している。
 個人的には中つ国がむちゃくちゃ北より(シミュレーションで図示されている地域の北限は実に北緯80度)にあったのに驚いた。最初の方に紹介した気候区分の推定よりも北で、ホビット庄は北極圏に引っ掛かりそうな場所になっている。確かにここまで北上させないと灰色港から出航してももろに偏西風とぶつかることになってしまうのだが、それにしても北方すぎるような気もする。

 指輪物語でやっているのだから、当然Game of Thronesの世界でも気候区分を推定している人はいる。一例がこちらの図だ。前回の想定で述べた通り、西側大陸の北の壁はおよそ北極圏付近にあり、そのあたりの気候は亜寒帯湿潤気候となっているが、そのすぐ北方がツンドラ、さらにその北には氷雪気候が広がっている。上に述べたホビット庄に比べるとこちらはさすがに違和感が少ない。
 こちらの記事によると西側の大陸は壁以南が北部と南部に分かれるようだが、気候はそう単純には分かれていない。北部はその大半が亜寒帯湿潤気候となっているが、南西部に一部ではあるが西岸海洋性気候が存在する。一方南部は北東部に亜寒帯が、南部に乾燥帯(一部は砂漠地帯)が存在し、温帯気候はそれらに挟まれた狭い地域にしか存在しない。それなりにサイズ感のある大陸なのだが、文明に向いた地域は妙に狭い。
 一方、東側の大陸もこれまた気候の厳しい地域が多い。北半分は亜寒帯湿潤気候に覆われているし、東の方に進むと内陸部は砂漠とステップにほぼ覆われてしまう。山地のあるところはツンドラであり、北緯35度付近でも亜寒帯冬季少雨気候が存在したりする。温帯が広がっているのは東側大陸の南西部沿いの地域と、あとは南東部にあるくらいだ。そして北緯30度以南はほぼ熱帯気候のみ。広大なステップ地帯があるので馬の繁殖には苦労することはなさそうだが、この限られた温帯エリアで文明を支えるだけの生産力が確保できるだろうか。
 こちらには、もう少し広い範囲をカバーした図もある。東西に長い大陸の東端にも少し温帯エリアが追加されているが、南方の大陸は熱帯もしくは乾燥帯に覆われており、これまたあまり文明が期待できそうにない。
 実はGame of Thronesの世界についても、同じように気候をシミュレートしている人がいる。単にケッペンの気候区分を当てはめるだけではなく、モデルを使って気温、降水量、風向や風速を計算しているあたりは、中つ国の気候シミュレートと似ている。その内容はThe Climate of the world of Game of Thronesという「論文」にまとめられている。
 論文のキモは「一つの季節が不規則に数年間も続き」というフィクション内設定に無理やり理屈をつけたことだろう。地軸の歳差運動が極めて短時間に起こるとうい設定を持ち込むことで、1年を通して冬や夏が続くケースが起きると想定している(論文Figure 3)。ただし地軸の傾きを地球と同じにしてこのモデルを動かすと夏の半球が異様に暑く、冬は寒くなりすぎるため、傾きは10度に補正したそうだ(Figure 5)。
 シミュレーションの結果はFigure 6にある。冬は西側大陸の最南端が暑く、その他の南部地域は温暖だが、北部はかなり寒冷で壁の付近より北は完全に凍り付いている状態だ。これが夏になると南部は最南端よりその北側が最も暑くなり、北部もかなり高い気温に覆われる。壁の向こうはさすがに気温が低いのだが、それでも冬に比べれば全然大したことはない。
 降水量を見ると冬は西側大陸全体にわたって乾燥の度合いが厳しい。唯一北部が少し降水量が多いくらいだ(亜寒帯低圧帯がこのあたりに位置しているのだろう)。一方、夏になると南部に猛烈に雨が降る。ここが赤道収束帯と同じ位置づけになっているためのようで、大陸南部は雨季と乾季がこれ以上ないほどきれいに分かれたサバナ的生物相になりそうだ。ただし大陸最南端だけは夏になっても乾燥しており、ここが乾燥帯になるのはモデルからも予想される。
 気圧はどうか。冬は南部を帯状の高圧帯が覆い、大陸の北西沖合に低圧帯ができる。風は高圧帯の北側では西風、南側では東風が吹いている。つまり亜熱帯高圧帯と似たような機能を果たしているわけで、論文では冬場に東側大陸から攻め込むなら東風の吹く南部への攻撃が予想されるとしている。一方夏には高圧帯はずっと南に下がり、南部には弱い低圧域が、さらに極には強い低圧帯が形成される。東側大陸との関係で行くと風向きは逆になり、一種の季節風を形作っている。
 ちなみにこちらの論文は上で紹介した気候区分推定より大陸の位置がずっと南にずれている。壁は北緯60度より少し南にあり、大陸南端は赤道にほど近いところまで来ているのが特徴だ。単純に見るなら大陸南部は低緯度地方、北部が中緯度地方で、壁の北がようやく高緯度地方となる。指輪物語の論文とは逆に南よりのシミュレーションになっているわけだ。
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