架空歴史の作り方 下

 前回に続いてこだわりのナーロッパ歴史設定の話を。前回はようやく農業の始まりまで到達したが、農業の開始場所が重要なのはTurchinらが複雑な社会の進化についてまとめた論文からも分かる。各社会のうち自力で国家の成立までたどり着いた「一次的」地域(メソポタミア南部、上エジプト、黄河中流域、メキシコ盆地、クスコ)は、いずれも農業が始まった地域やそのすぐそばにあった社会だ。どのような大陸を想定し、それぞれの生物相を気候区分から推測し、そのうえで農業の開始地点を想定するという手順で考察すれば、どのあたりが文明発祥の地になるかも見えてくるだろう。
 もちろん農業が始まった土地で常に文明が生まれてくるわけではない。地球で言えば北アメリカやニューギニアでも農業が独自にスタートしていたが、これらの地域は他の国家に併合されるまで複雑な社会を作り上げることはなかった。こちらで紹介した論文にもある通り、農業の長さ以外にも農業生産性戦争技術によって社会の複雑さは決まるのであり、農業の始まった時期はあくまで限定的な要素と考えた方がいい。
 農業が始まってから一定サイズ(10万平方キロ)の国家ができるまでには2000年ほどかかっている事例が多く、ナーロッパ世界でそうした一定の複雑さを持つ国家を出すのであれば、農業がはそれだけ古くから行われていたと設定する方がいいだろう。この問題は逆に、なろう系の話でよく出てくる「農業チート」が言うほど簡単にはできない可能性を高める。2000年以上にわたって試行錯誤してきた農業はその地域の環境に適応したものであると考えられ、それに対し異世界の事例を安易に適用しても成功する保証はないからだ。化学肥料や農薬を自由に使えればそりゃ緑の革命も可能になるかもしれないが、そのためには産業革命を起こす必要がある。
 農業チートに代表される近代チートの実現性については、こちらの記事が分かりやすく問題点を指摘している。ここでは政府の活動が中心となっているが、中世的と設定されている世界で近代的な政府を作って運営するのがいかに困難であるかが細かく書かれている。こだわりの世界設定をするのなら、そうした困難をどう乗り越えられるかについてうまく処理する必要があるはず。個人的にはその世界の住民が全員異世界からの転生者に入れ替わるといった設定でも持ち込まなと、なかなか簡単には解決できないような気がする。
 話がずれたが、農業の開始場所を決めたなら、そこから先はTurchinが述べている「複雑な社会」をもたらす4要素がどう働いたかを考えることになる。農業の期間は所与のものとなるし、生産性は上に紹介したエントリーでも述べたように品種改良と作付けシステムに影響を受けるが、これらは時間をかけて徐々に変わっていくものだ。コロンブス交換後に栽培が広まったジャガイモやトウモロコシのように比較的短期間で大きな影響を及ぼす変化もあるので、そのあたりをどう取り入れていくかが課題だろう。
 一方で軍事関連、特に軍事革命は、300~400年という比較的短い期間で社会の有様を大きく変えると考えられる。これらの技術を使いこなす形での「近代チート」の方が、短期に影響を及ぼすという点では「農業チート」よりは説得力があるかもしれない。問題は一連の軍事革命にはそれぞれ独自の必要な素材があり、それらがどのように存在しているかを考えなければ説得力のある設定につながらない。
 例えば火薬の場合、木炭はまだしも硝石と硫黄をどう手に入れるかの問題がある。硝石の場合は、窒素循環に欠かせない硝酸菌亜硝酸菌が必要。これらが存在しないと単に火薬が作れなくなるだけでなく、植生にとってもマイナスの影響が大きいため、その存在を想定するのはさしておかしな設定ではないだろう。一方、硫黄は火山帯から手に入れるのが妥当だが、これらは必ずしも広範囲に存在しているわけではない。
 火山の存在はその多くがプレートテクトニクスと関連している。平たく言えばプレートの境界に火山が並んでいる傾向が強い(もちろんプレートと無関係なホットスポットもあるが)。プレートは大陸の地形とも関係してくるため、予め設定した大陸の形とあまり無関係に火山を配置するわけにはいかない。それなりに説得力のある設定にしたければ、どこなら硫黄が手に入るかをきちんと考えておいた方がいい。幸いなのは、火薬作成において硫黄の割合はそれほど高くない点だろうか。
 他の軍事革命にしても話は同じだ。前回も書いたが、Turchinによれば馬の家畜化は軍事革命を通じて人間社会に多大な影響を及ぼした。彼が紹介している各種軍事革命の中で馬は「戦車」の導入時と、「鉄器及び騎兵」の導入時という2回にわたって戦争の様相を変え、その結果として社会の複雑さを大きく増やすことに貢献した。馬が存在したユーラシアと、それがなかった新大陸との格差は、かなり大きいものだっただろう。
 その意味で、ナーロッパ設定に際しては馬と同等の機能を持つ大型動物を家畜化したと設定するのが安全ではある。だがそうした家畜がいなかったらどうなったかを考えるのも興味深い。例えばロバしかいなかった場合、それで戦車を運用するのは可能だったと思われるが、騎兵のような機動性を確保するのは難しかっただろう。長距離の移動や陸上輸送、あるいは農耕への活用といった面でも様々な制限が課せられる。こちらで紹介した論文では、新世界の社会が旧世界におけるような複雑さの度合いに到達できなかったと指摘しているが、それが正しいのならナーロッパ世界にはアルカイックな社会(人身御供を捧げるような社会で、普遍的宗教は存在しない)しかなくなる。
 青銅器と鉄器の関係についても同様だ。青銅は鉄に比べて融点が低く、それだけ加工しやすい素材として先に使われ始めたのだが、鉄の精錬ができるようになると性能的にも価格的にも(鉄の方がより遍在している)鉄の方が広く使われるようになった。だが、鉄や青銅の性質までは変えられないとしても、その埋蔵量について地球とは違う設定をした場合の影響は考える必要がある。青銅(銅と錫)がありふれて存在する一方、鉄が希少資源となっている世界では、鉄器時代が訪れても量が少ないために地球ほどのインパクトは及ぼせないかもしれないのだ。この場合、鉄と騎兵の軍事革命は史実よりも影響が少なくなると思われる。
 これらの設定は割と長期の歴史(農業開始以降)に関連するものだが、より短期の影響について見るのならやはりStructural-Demographic Theoryを持ち出すともっともらしさが増す。ナーロッパであれ何であれ、フィクションは様々な困難を描くのが基本。だと考えれば描くのにふさわしい時代はSecular Cyclesで言うところのスタグフレーション局面末期から危機局面、そして沈滞局面といった動乱期の方が適切に思える。Turchinが好きな「呪われた王たち」シリーズは、カペー朝末期というまさに動乱の時代を舞台にしたフィクションであり、ナーロッパでもそういう時代設定の方が話が転がしやすいように思える。
 どの局面を舞台にするのであれ、永年サイクルを想定した動きを取り入れれば、設定という意味ではそれらしく仕上げることは可能だろう。さらに長期的な気候変動の時代であるといった設定まで放り込めば、登場人物が乗り越えなければならない困難の度合いがさらに増す。あるいはTainterの言う複雑な社会の限界利益がゼロになった局面を使う手もあるだろうし、逆にイノベーションを通じてより高い限界利益を達成できる新たな「複雑な社会」の構築を描くこともできるだろう。もちろんそうしたイノベーションの導入機運が整っていたという設定にしなければ説得力には乏しくなるが。

 以上、異世界設定の作り込みで参考になりそうな情報をまとめてみた。もちろんフィクションである以上、こうした細かい設定を無視して話を進めるのも当然OKだ。ぶっちゃけ面白ければ、たとえ作品内で矛盾が生じていたとしてもフィクションとしては正しい。設定ではなく他の面で魅せることに力を注ぐ作品があるのもおかしくないし、全て「魔法」で辻褄を合わせても何の問題もない。フィクションの存在意義は「暇つぶし」にあり、そして暇つぶしの方法は十人十色で問題ない。
 ここで紹介した設定の作り方は、あくまで設定作りが「暇つぶし」になる人向けと思ってもらえばいい。また設定の作り込み方法も、ここで紹介したものが唯一ではない。最初に述べたように異なる物理法則の世界をゼロから考える手もあるし、地軸が横倒しになった世界の歴史を想像するのもいい。お堅い歴史の本からでも娯楽を生み出すことはできる、という一例として今回は紹介させてもらった。
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