架空歴史の作り方 上

 今回はお気楽なネタ。Turchinらが色々と調べたおかげで歴史のメカニズム(かもしれないもの)が次第に分かってきた。ということはこうした知見を応用すれば架空の世界(例えばナーロッパ)の歴史設定をより細かくすることも可能だろう。ちょっと考えてみよう。

 どうせ架空世界なんだから思い切り吹っ飛んだ設定、例えば光速がランダムに変化するような物理法則が異なる世界とか、珪素生物が出てくるといった設定を持ち出すにはかなりの理系的素養と想像力が必要とされるので、ナーロッパというよりSF設定になってしまう(魔法がある世界で物理法則を気にしてどうするという意見はごもっともだが)。大型惑星の周囲を回る衛星にも生物がいる可能性があるそうだが、こちらもあまりナーロッパ的ではない。
 そういった奇抜な設定は控え、普通にハビタブルゾーンを周回する、表面に液体の水がある惑星を想定したとしよう。次に考えるべきはこの惑星の地軸の傾きだ。ただしこれも無理に地球の状況から離れようとしない方がよさそうだ。傾きがゼロになると単に四季がなくなるだけでなく、大気を循環させる風が失われ、太陽からの熱が地球全体に十分行きわたらなくなって寒冷化が進むとの説もある。逆に90度横倒しになると温暖化が進むそうで、こうした世界はそれはそれで面白そうだが、やはりナーロッパにするには過激すぎだろう。
 ちなみに太陽系内の8つの惑星を見ると、地軸の傾きがほとんどゼロの水星と木星、横倒しの天王星、ひっくり返っている(自転が逆向きの)金星、そして地球と似た傾きを示している残りの4惑星とに分けられる。半数の惑星は地球と同じような傾きを維持しているわけであり、だとすれば地球と似た傾きの世界を想定してもそれほどおかしくはあるまい。あと自転速度も極端に遅かったり速かったりしたら風速などに影響が出そうなので、無理はしない方がいい。
 地球の自転と地軸の傾きは大気と水の循環に影響を及ぼし、それが最終的には生物相にまで波及する。生物相が及ぼす歴史への影響はTurchinも記しているし、ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」でも主要テーマとなっている。ナーロッパ世界を設定するうえでこのあたりが決まっていないとこだわった歴史設定ができなくなるわけで、さすがにこれは避けて通れないだろう。いやもちろん「魔法」の一言で済ませてしまう手もあるが、それだと細かくもこだわりもない安直設定になってしまう。
 大気の循環については緯度によって変化する貿易風、偏西風、極東風といった各種の卓越風を意識しておくのがよさそう。海洋循環については環流が生物相に影響してくる。卓越風と同様に緯度によって異なる流れがあり、また大陸西岸と東岸で違いが発生したりする。ナーロッパ世界の登場人物は普通に陸上で暮らしているだろうが、海産資源の利用といった話を出すつもりなら、この辺りも押さえておいた方がいい。
 以上を踏まえたうえで、では具体的にこの世界の生物相はどうなっているのかを考える。その際には間違いなくケッペンの気候区分が役に立つ。温度と降水量のみを基準にどのような植生分布が出来上がるかを説明したシンプルで有用な区分だ。詳細は書かれている内容を読んでほしいが、これを架空世界に当てはめる際にはこちらで紹介されている「仮想大陸」を使えばいいだろう。緯度だけでなく大陸の東西で気候区分が変わってくるのがよくわかる。
 もちろんケッペンの気候区分には例外的なものもある。1つが標高の高い高山気候だ。標高が高くなれば気温も下がるため、緯度に比べて寒冷な気候になるのが特徴。熱帯高山気候なら熱帯より温帯に近く、温帯山岳気候ならむしろ寒帯に近い気候になる。また亜熱帯高圧帯によってもたらされる乾燥地帯とは別に、海から遠すぎ山脈に妨げられるために乾燥している地域もある(タリム盆地やゴビ砂漠など)。設定に際しては注意が必要だろう。
 ここでようやく下準備が完了。これから具体的にこの世界に陸地を配置していくことになる。その際にはダイアモンドが指摘した大陸の形状を気に掛けるべき。東西に長い方が南北に長いより人間社会の発展(複雑さの増加)には有利というアレだ。地球上には東西に長いユーラシアと、南北に長い両アメリカ、アフリカ大陸があり、ユーラシアが真っ先に発展したのにはこの形状が寄与したとダイアモンドは指摘している。
 例えば有名なGame of Thronesの地図を見てみよう。残念ながら緯度が不明だが北に行くほど寒冷化しているようなので、おそらくは北半球に存在するのだと思われる。そのわりに奇妙なのは、南北に長い大陸側が妙に人口稠密になっている一方、東西に長い大陸がスカスカに見えるところだ。まあ両大陸の距離はかなり近いので、この両者の関係はユーラシアと南北アメリカというよりは、ユーラシアとアフリカの関係に似ているのだろう。北アフリカは早くから文明の発達した地域だったわけで、この世界もそうであると理屈づけることはできなくもない。
 もう一つ、地球上には南北にも東西にも短い大陸が2つある。オセアニアと南極だ。ケッペンの図を見ると小さな大陸は単一の気候区分に全部もしくは大半が含まれてしまう様子が窺える。オセアニアは亜熱帯高圧帯にあるためその大半が乾燥地帯となっており、南極はもちろん氷雪に覆われている。小さな大陸を設定した場合、緯度によってはそうした「居住の難しい地域」に大半が占められてしまう可能性もあるわけで、架空世界を作る場合には気をつけておいた方がいいだろう。
 ダイアモンドがもう一つ重要だと指摘しているのは、家畜化できる大型動物の存在だ。家畜化に向いているのは人間の食糧と競合しないものを食べ、成長速度が速く、飼育下でも繁殖でき、気性が穏やかで序列性のある集団をつくる生物であり、そうしたものの数が多いかどうかは大陸のサイズや、過去に大型動物がどのくらいヒトの手で絶滅しているかといった問題を考える必要がある。つまりヒトがどのように惑星内の各大陸へ広まっていったかも考えるともっともらしさが増す。家畜化している大型動物の数が多ければ、病原菌への耐性といったプラス効果も得られるわけで、この差が大きければ史実の地球のように大陸ごとに大きな社会の差が生じる。
 実際に5大家畜を見ると、うち羊、山羊、牛、馬の4種はいずれも乾燥地帯で家畜化されており、個々の生態はともかく乾燥地帯でも生きていけるような動物の方が家畜に向いている可能性が高そうだ。特に馬が与えた影響はTurchinらの分析では極めて大きく、馬に相当する生き物を登場させるか否かは設定上でもかなり重要な判断になるだろう。もちろん「魔法で何とかする」というケースを除いてだが。
 家畜だけでなく農耕に向いた栽培植物も重要だ。ダイアモンドは「貯蔵に耐えうる高炭水化物の植物」「貯蔵を可能にする十分乾燥した気候」が文明に必要な環境だとしており、これまたケッペンで言えば乾燥帯で栽培植物化されたコムギなどがこのケースに当たる。ただし3大穀物のうちトウモロコシは乾燥帯と温帯が入り乱れているメキシコの高地で栽培が始まったし、コメに至っては温暖湿潤な長江流域が原産地だ。もっとも雑穀の栽培から文明が始まったとされる中国の黄河流域は乾燥帯と亜寒帯の冬季乾燥地帯が入り混じっており、要するにここもやはり乾燥度が高い地域なのである。
 つまり農業の始まりに際しては乾燥度の高い地域が主役を演じると考えてもよさそうだ。これもナーロッパ世界の「こだわり設定」を行なううえでは重要だろう。また気温で見ると乾燥帯から温帯が中心で、一部に亜寒帯がある点も見逃せない。地球と似た地軸の傾きを持つ世界なら、中緯度地域が農業革命の主役を演じると考えてもいい。いやもちろん赤道直下の近くで農業が始まった例もある(アンデス高原やニューギニア)が、これらの地域は上にも述べた「高山気候」であり、気温はむしろ温帯に近い。
 いったん農業が始まれば、東西に長い大陸の方がその技術が横に広まりやすいのはダイアモンドの説明する通りだ。南北に長い大陸や、どちらも短い小大陸の場合、農業ができる面積の限界が文明の多様性を制限し、それがTurchinの言う「外部紛争理論」の効果を限定する。狭い地域に押し込まれた場合、割と簡単にその地域が統一されてしまい、以後の発展が止まるリスクがあるからだ。歴史の上では「広さは正義」となる。
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