応答変数は3つ、人口や面積などの社会規模(Scale)、軍事や行政の階層化(Hier)、そして政府の専門化(Gov)となる。一方、こうした社会の複雑さをもたらす理論として取り上げられている枠組みは大きく5つ。農業理論、機能(統合)理論、内部紛争理論、外部紛争理論、そして宗教関連だ。最後の1つについては上に述べた「道徳的な神」の分析でかなり踏み込んでいるが、この論文でもMSPとSPCの関係については改めて調べている。
農業関連で取り上げられているのは農業の生産性(Agri)と、農業を採用してからの年月(AgriLag)となる。機能理論からは様々な変数を採用しており、まずはインフラ(Infra)、灌漑(Irrigation)、首都の人口(Cap)と市場の存在(Market)を組み合わせた経済成長(都市化)理論、経済的な交換手段の洗練(Money)、情報流通の管理(Info)、人口増(Pop)や面積増(Terr)が複雑な社会をもたらすという説などが紹介されている。
内部紛争を重視する理論は、
こちらでTainterが紹介していた「階級闘争の力学が複雑さをもたらす」というマルクス主義的なものだろう。これに関する予測変数としては社会階級(Class)と、また応答変数にも使われているが軍事や行政の階層(Hier)それ自体が要因だとする説もある。そして
こちらの本でも主張していた「穀物は支配者にとってコントロールしやすい財産」から穀物(Grain)を、最後に人身御供(HS)まで取り上げている。
外部紛争理論はこれまでもTurchinらが様々な形で紹介してきた政治体間の競争、つまり戦争が複雑な社会を導いたという理論だ。これについては前にも紹介した軍事技術(MilTech)と、特に分析対象期間で大きな影響を及ぼした鉄と騎兵(IronCav)を予測変数にしている。トータルで理論は16種類、予測変数は17種類に達している。各理論の詳細については
SupplementaryMaterialの6-12/92を参照のこと。
17もの予測変数と3つの応答変数との関係を調べたため、その組み合わせは実に10万通りを超える複雑なものになったようだが、結論は割とシンプル。複雑な社会を生み出すうえで影響が見られるのは農業関連と外部紛争関連、つまりAgri、AgriLag、MilTech、IronCavという4つの予測変数だけで、その他はいずれもほぼ無関係として切り捨てられるのだそうだ。
そのあたりが記されているのがp6にあるTable 1。見ての通り、95%信頼区間で正あるいは負の効果が見受けられるものはかなり限定的である。特に圧倒的に効果が確実なのはIronCav(論文はこれを軍事革命としている)であり、次に効果が大きいのは農業の持続期間(AgriLag)となる。ただし後者はGovとの効果についてはp値の妥当性が少し乏しい。農業生産性は全体としてそれなりに効果があり、MilTech(戦争強度)はScaleとの関係が少し弱いが、それ以外はそこそこの効果だ。
この4つの予測変数以外は、p値が0.05未満にならないレベルの効果しかない(つまり偶然の可能性が高い)か、そもそも効果が見受けられないものばかりだ。偶然かもしれないが効果があったかもしれないのはInfoと、後はClass、Grain、MSP、HSといったあたり。それらも3つある応答変数のうち1~2つにしか効果が見られず、複雑な社会の要因と見なすにはかなり厳しい。論文がこれらを取り上げず、農業と外部紛争に絞り込んだのも当然と言っていいレベルだ。
戦争と農業が大きくて複雑な社会の形成に影響しているのではないかという視点については、
こちらで紹介した論文の中で既に言及されている。この論文で分析対象となったのはアフロ=ユーラシア地域のみだったが、Seshatのデータを使うことで対象をそれ以外の大陸にも拡大し、分析手法も変更したが、それでも同じ結果が出てきたというのが今回の論文の肝だろう。農業理論と外部紛争理論が複雑な社会の進化を説明するうえでは、おそらく最も妥当性が高いということになる。
それらをまとめて図示したのがp8にあるFigure 2だ。見ての通り、複雑な社会(Socio-Political Complexity)に向けて鉄と騎兵に代表される軍事革命(Military Revolution)と農業生産性(Agricultural Productivity)から太い矢印が、戦争強度(Warfare Intensity)と農業を始めてからの期間の長さを示す農業への移行(Transition to Agriculture)から細い矢印が伸びている。これらの予測変数が社会の複雑さをもたらす原因として機能している、というのが論文の結論だ。
面白いことに、それ以外にもこの図にはいくつもの矢印が組み込まれている。軍事革命から戦争強度へはこれまた太い矢印があるし、農業生産性から戦争強度にも細い矢印がある。そして最も興味深いのは、社会の複雑さから農業生産性へと伸びている細い矢印だ。農業と社会の複雑性の間には、一方的な因果関係だけでなく、作用反作用という形で相互に影響を及ぼす流れが存在する。もしかしたらこの矢印は、以前
こちらで指摘した「複雑な社会のレジリエンシー」を示す1つの機序かもしれない。
論文ではさらに、農業は複雑な社会を生み出す必要条件ではあるが十分条件ではないとも指摘している。確かに農業が導入されたおよそ2000年後には大規模な国家(面積10万平方キロ以上)が生まれている事例が多い(Figure 3)のだが、一方でSeshatがデータを集めている紀元1500年になっても大きな国家を生み出さなかった社会も数多くあり(棒グラフの右端)、そういった地域は欧州列強による植民地化を経てはじめて大きな国家組織が出来上がったことになる。
最後にFigure 4では、複雑な社会の規模が漸進的に大きくなるのではなく、停滞期と短期に大きく変わる時期とに分けられている事例を示している。分かりやすく軍事革命(鉄と騎兵が出てきた騎兵革命)によって社会の規模がどう変化するかについてモデルを作成(b)し、それと現実のデータの変化(a)を並べている。こうした変化の形態は、進化論で唱えられる
断続平衡説と似通っているというのが論文の指摘だが、これについてはまた別の論文で議論されているので、そちらに回すとしよう。
とはいえ「間違った理論を唱えたのがダメ」なわけではない。結果的に誤った試行錯誤であっても、そもそも理論自体が存在しなければその検証もできないし、その検証を通じて知見を増やすことも不可能なわけだから、この論文で否定された各種理論に存在意義がなかったとは思わない。あくまで「立証のためにどれだけ努力をしたか」の問題だ。データを探し出して裏付けを図るといった努力が乏しければ、その分だけは批判されても仕方なかろう。
一方、今回の論文の結論そのものは目新しくない。上でも記した通り、大きく複雑な社会を生み出した背景に戦争と農業があるという点についてTurchinなどは以前から指摘していたし、その結論が大きく変わるような内容ではないからだ。もちろん細かい部分(例えば複雑な社会から農業生産性へと伸びる細い因果の矢印など)に面白さはあるが、基本的には筆者らのこれまでの主張を再度繰り返したものと見ていいだろう。
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