危機の深刻度

 Peter Turchinと、Seshatの運営に携わっているDaniel Hoyerの2人が出ているウェビナーの動画が上がっていた。基本的にはStructural-Demographic Theoryに関する説明と、それに基づく現在の情勢についての解説が中心だが、少し面白い部分があったので紹介しておこう。というわけでオスコットはお休み。
 動画は主にTurchinの解説、Hoyerの解説、質疑の3つで構成されており、うちTurchinの説明は基本的に自分の考えを述べたもので、目新しさはない。一方、Hoyerの解説の中には、実際に危機フェーズに至った後の状況について少しではあるが踏み込んで話している部分がある。これまでのTurchinの説明だと、危機へ至る道筋は似ているが、危機の後はバラエティーに富むというものだった。危機の深刻度はケースによってかなり異なるのが特徴である。
 特にこのウェビナーでHoyerが強調しているのは、深刻度が低い事例。動画の18分あたりに出てくる事例では、まず19~20世紀の米国の政治ストレス指数(PSI)の推移を示し、南北戦争という深刻度の高い危機があった一方で、20世紀初頭には(もちろん暴力もあったものの)より深刻度の少ない危機を経てPSIが低下していったことをグラフで示している。さらにそうした事例は他にも見られたそうで、例えば紀元前4世紀のローマ共和国、1830年代の英国、そして1860年代のロシアがその事例に当たる、とパワポで示している。そして結論として「今や我々は危機にあるが、その結果はコントロールできる」と指摘している。
 確かに、危機フェースが常に内戦や革命に至るわけではないことは以前にも書いている。そしてそうした事例として19世紀前半の英国と20世紀初頭の米国があることは、これまた前に紹介済みだ。いずれも資本主義の急成長期に、世界の覇権を握るような国家において生じた事例であり、つまり大幅な成長から過剰生産されたエリートたちや困窮する大衆を救うリソースを汲みだしたことが、少ない暴力で危機を終わらせられた理由ではないかとの推測を述べた。
 ただし残る2つはこの条件と必ずしも一致しているわけではない。まず紀元前4世紀(Secular Cyclesによれば紀元前5世紀~4世紀初頭)のローマ共和国は、新興エリートたちを既存エリートたちの中にうまくabsorptionする形で危機を収めたという。ローマがイタリア半島全域まで勢力範囲を広げていったのはこの危機が終わった後のことであり、危機の最中に成長が不満吸収の原動力になったと考えるのはいささか難しそうだ。もちろん古い時代の話なので細かくは分からないが。
 1860年代のロシアは農奴解放に代表される改革が行われていた時代だが、この時代のロシアが覇権国家であると見ている人はいないだろう。ただし、Secular Cyclesによればこの時代のロシアには過剰生産エリートや困窮する大衆を救う「成長」の余地があったことは指摘されている。元々ロシアの中心部(モスクワ大公国のエリア)は18世紀の時点で成長の限界が来ていたが、オスマン帝国から奪ったウクライナ地方の黒土地帯が新たに農耕地に転用されたことで人口増を吸収していたのに加え、1860年代の改革以降は鉄道の敷設など産業革命の開始に伴う成長が危機の深刻度を下げるのに貢献した可能性がある。
 いずれにせよ、深刻度の高低との相関が高い条件が何なのか、そのあたりについて分析した話が知りたいところではある。ウェビナーでは質疑の中で、危機を抑制する手法として、格差の縮小、エリート過剰生産の抑制、あとはそうした社会的態度の涵養といった方策を掲げているが、過去の歴史において危機の深刻度が少なかった社会にどのような共通点があったかを調べることも面白いのではなかろうか。もしかしたらTurchinらはそういう点についても調べているのかもしれないが、少なくともウェビナーでは具体的な指摘はなかった。
 Turchinらの示した対応策にしても、どこまで進むかは不明だ。たとえばMilanovichのツイートは、1988年と2013年のイタリアの所得が世界でどのくらいの位置にあるかをグラフ化しているのだが、見ての通り下位の人ほど世界的なポジションが低下している。もちろんこれはイタリア人の所得が減ったというより、新興国の所得が伸びた結果ではあるのだが、彼らが「取り残された」と不満を抱くのも理解できるグラフだ。あるいは日本での「沈む中流」問題も、これに加えてもいい。格差の縮小が必要だとしても、足元で流れが逆転した様子はない。
 エリート過剰生産の抑制もしかり。60代のTurchinは簡単にエリート需給のバランスを取ればいいと言っていたが、2014年に博士号を取ったばかりの若いHoyerは、エリートの生産抑制についていささか言いよどんでいるように見えたのが印象的だった。既に地位を築いている高齢者と、これから地位を奪いに行く若者とでは、エリート過剰生産と言われてもその対処法に対して同じような感想を抱くのは難しいだろう。現在の不和をもたらす要因の中には、歴史的に見ても異様な水準に進んでいる高齢化とそれに反発する若者との関係悪化もあるに違いない(米国では若者が左翼に傾き、日本では右傾化しているのも、上の世代への反発という点では同じ)。
 なおウェビナーでは、欧米ではなくアジア(特に中国)の永年サイクルはどうなっているのかとの質問もあった(29分過ぎ)。こちらについてはHoyerもTurchinも、中国は欧米より遅れたサイクルで動いているのではないかと回答していた。Turchinによれば前の危機が起きたのは西欧では19世紀(1848年革命など)、米国でも南北戦争の頃だったのに対し、中国の危機はようやく1970年代に収まったとしている。欧米は中国より先行しているとの考えは、以前指摘した中国版PSIと似た結論である。

 もちろん、ウェビナーの中ではエリート志願者についての話も出てくる。明白にトランプの名前を出している場面はないが、2016年の大統領選には言及しているので、分かりやすい対抗エリートの存在としてトランプの存在をにおわせているのは間違いないだろう。当然、1月6日についても言及している。
 最近、米国ではこの米国会議事堂襲撃に関連して、ネット上に出回っているパワポ資料が話題になっている。大統領選の結果を覆すためにどのような手があるかについてトランプ側の誰かがまとめたものとされており、要するに内容的には一種のクーデター計画説明書のようはものと見なされている。
 現物はこちらで見られる。Election Fraud, Foreign Interference & Options for 6 JANと題されたこのパワポでは、大統領選挙は中国の陰謀で「盗まれた」のだという陰謀論を主張。外国の介入について上下両院議員に説明し、緊急事態を宣言し、電子投票が無効だと宣言するよう推奨している(p23)。さらに1月6日の(それ自体は儀式的な)手続きについて、選挙不正が行われた州の選挙人をペンス副大統領が民主党から共和党に変えること、それらの州の選挙人をペンスが拒否すること、あるいは「合法的な投票」を改めて計算するまでペンスが決定を遅らせることを、選択肢として提示している(p34)。
 米国のメディアの中には、これをクーデター計画として批判する意見が目立つ。最近、邦訳が出た本の著者も、このクーデター計画でカギを握る立場にあったペンスが最後まで迷うなど、「米憲政の大惨事は目前だった」と述べているそうで、実際に際どいところだったと思っている人がそれだけいるのだろう。
 とはいえ、クーデター計画がパワポで示されているという状況は何ともシュールだ。以前「ペリーがパワポで提案書を持ってきたら」という冗談記事を読んだことがあるのだが、今回の話を聞いて真っ先に思い浮かべたのがそれ。トランプ派が「クーデターのご提案」みたいなノリで作っていたのだとしたら、仕事でパワポ作成に追われることが多いビジネスパーソンは思わず脱力してしまうのではなかろうか。いやまあ現実の「クーデターパワポ」は、冗談記事に書かれているほど面白くもデザイン的に見やすくもないけど。
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