戦争技術の歴史

 Seshat絡みの新しい論文、というかプレプリントをまた一つ発見した。Rise of the War Machines: Charting the Evolution of Military Technologies from the Neolithic to the Industrial Revolutionがそれで、Turchinや、Figuring Out The Pastの著者にも顔を出しているHoyerなど、Seshat関連の面々が新しい切り口で書いているようだ(ちなみにFiguring Out The PastはGoogle Playにも入っている)。論文の題名を見れば分かる通り、内容は戦争に関するものである。
 主題は、人類史において軍事技術がどのようなメカニズムで発展してきたか。Seshatのデータを使い、これまで唱えられてきた仮説が裏付けられるかどうかを調べる、という手順がここでも採用されている。対象となった仮説は、Theoretical Backgroundの項で紹介されている主に3種類。1つはTaagepera-Kremerモデルと呼ばれるもので、要するに世界の人口が増えるほど技術は発展していくというものだ。イノベーションの可能性は、そうしたものを思いつく人間の母数が増えるほど高まる、という理屈らしい。
 2つ目は世界システム的な観点からの説。情報交換のネットワークに近いほど技術が高まるというもので、情報交換に基づいて高いテクノロジーが広まるというのは、今の世界を見ていても違和感のない説だろう。最近はむしろ情報交換のスピードが速すぎ、テクノロジーの進展についていくだけで大変だと思っている人も多いのではなかろうか。この情報交換の中には、争いあう隣国の軍事技術を手に入れるといった対立関係に基づくものも含む。ソ連による原爆開発など、これまた事例には事欠かない。
 3つ目の仮説は、過去の技術の蓄積こそが新しいテクノロジーに寄与するというもの。巨人の肩の上に立つという言い回しは科学の分野で広く使われているが、軍事技術についてもそういう面があることは否定できない。前提となる技術があって初めて次の新技術が生まれるというのは、むしろ技術発展史におけるスタンダードな流れだろう。これまた説得力のある仮説だ。
 で、論文の結論を見ると、この3つの仮説はいずれも確からしいのだそうだ。どれか1つを主張して他のものを否定するのは間違いだろうが、「大きな神」仮説を否定した時に比べると、正直言って結論としてはあまり面白みはない。むしろ面白いのは、これら3種類の仮説とは別に、同じように軍事技術の発展に寄与している要因があるのではないか、と指摘されている部分だろう。具体的には「系統学」及び「農業」が持つ影響力だ。
 系統学と呼んでいる部分は、要するに言語の類似性を指している。Turchinは前に宗教の系統学についてblogで触れていたことがあるが、言語の分野でも歴史上こうした系統分岐が進んできたことはよく知られている。先祖を同じくする言語を持つ社会同士は、軍事技術を共有する傾向があるようで、おそらく文化的類似性のある社会の間では技術がスムーズに伝播するのだと思われる。
 そして最後の農業とは、社会の生産性だ。単位面積当たりの生産性が高い方が、高い軍事技術を持つ傾向がある。技術はただで手に入るわけではなく、それを支えるためのリソースを備えた社会でなければ使いこなせないのだろう。戦争と農業が大きく複雑な社会の成立にともに影響しているのではないかという話は前に紹介したが、この両者の間においても相互作用が存在している、ということだ。社会の様々な要素は、相互に複雑に絡み合っている。

 以上の議論を立証するうえで使ったデータについてはSupplemental Online Informationで確認できる。MilTech_sm_preprint.v2と書かれたpdfファイルを見れば、そのあたりが説明されている。応答変数となる軍事技術(MilTech)の説明はp4-5に載っており、6分野46種類のデータをまとめていることが分かる。6分野とは、使用している金属、飛び道具、白兵武器、防具、軍事用の動物、そして防御施設だ。
 予測変数として取り上げられているのはそれぞれの仮説に従った世界人口、情報交換ネットワークへの近接度を測る中央性という指標(シルクロードの重要拠点からの距離)、ネットワークと過去の技術蓄積の両方を反映した鉄・馬匹(MilTechにおける使用金属と軍事用動物の組み合わせ)の3つの他に、系統学、農業生産性、そしてそれぞれの社会の規模と社会的洗練度(こちらの記事で紹介した情報処理能力)も入っている。軍事技術を説明するうえで、どの影響が大きいかを見ているわけだ。
 結論はTable 2に載っている通り。最も説明力が高いモデルを見ると、社会の規模と情報処理能力は入ってこない一方、それ以外の変数は全てモデルに組み入れられている。どうやら軍事技術には、個別社会の生産性以外の要素(規模や情報処理能力)、つまり内在的要因のほとんどは影響を及ぼさず、世界人口や中央性といった外在的要因の方が影響が大きいようだ。
 このあたりは軍事技術だけに限らず、テクノロジー全般でも予想できる特徴かもしれない。例えば新興国では先進国よりスマホの使用度合いが高いことが、こちらのデータなどから分かる。後から技術を取り込む国は、当たり前だがその時点で最新のものを取り入れる。もちろん最新の技術を支える基礎的技術も一緒に取り入れなければならないため、一定のリソースは必要なのだろう。だがそうした基盤さえあれば、社会の規模や情報処理能力にかかわらず、技術を取り込むことはできるということか。
 この最新技術の取り込みやすさは、それまで遅れた技術しか持っていなかった地域が、何らかの理由で最新技術を取り込む局面になると、急速な技術発展を遂げる傾向をもたらす。論文のFigure 4には地域別の軍事技術の発展段階が、Figure 5には歴史上のどこかの段階で技術レベルがトップになった地域のレベル推移がグラフ化されている。どちらを見ても特徴的なのは、最初は出遅れていた国が途中から急速に追い上げる展開だ。例えばFigure 4 (c)を見ると、縄文時代はずっと低い位置にいた関西が弥生時代以降、急速に軍事技術レベルを高めていった様子が描かれている。
 もちろん、論文ではカバーしきれていない部分もある。Supplimental Online InformationのFigure S4を見ると、軍事技術と世界人口の関係は紀元1500年頃まではそれなりに近い推移をしているのだが、それ以降は人口増に比べて軍事技術の伸びがかなり鈍っている。火薬兵器登場後の技術進歩について、Seshatのデータから導き出した定量的な数値が実際の技術の水準と見合っていない可能性がある。まあ軍事技術の定量化に際して使われている飛び道具の上限が大砲と手持ちの火器で止まっているところを見ても、それ以降の変化を追いきれていないのは想定の範囲だろう。
 予測変数のうち、シルクロード沿いの地域を中心性として設定したことも、1500年以降の流れを知るうえでは問題があるところだ。明らかにそれ以降はユーラシア内陸部より海の方が情報ネットワークの構築に大きく貢献したことだろう。農業生産性も1800年以降になるとあまり適切な予測変数ではなくなっていると思われる。また軍事技術ではなく、テクノロジー全体について見た時に、何がその発展に影響するのかについても知りたいところだが、この論文ではそうした切り口については将来の課題としている。いずれにせよこの論文はそもそもがプレプリント。この後でまた内容が変わる可能性もある。
 とはいえ、ここで述べられている話は、今後の世界を見るうえで色々と興味深い示唆を与えてくれる。まず技術革新に外在的要因の方が大きく影響する点。これは中国のように外部からの情報を遮断して一国で技術発展を図ろうとする手段が、あまり適切でない可能性を示している。インターネットは過去の歴史においてずっと存在してきた情報ネットワークへの「距離の壁」を消し去る効果を持っていると考えられるが、ネット上に万里の長城を築いてしまうと消えたはずの壁が復活し、自分たちの技術レベル向上を邪魔しかねない。中国という社会単体の規模や情報処理能力が技術レベル向上にあまり寄与しないのだとすれば、情報の孤立は社会の技術的立ち遅れをもたらす大きな要因となる。
 もっと問題なのは、増加を続けてきた世界人口が減る局面が近づいていることだろう。ヒトのテクノロジー発展を支えている要因の1つがヒト全体の人口増だとしたら、この重要な原動力が今世紀末には失われる可能性が出てくる。それ以外の要因がイノベーションを下支えすることも考えられるが、イノベーションを生み出すのが結局のところヒトの脳なのだとしたら、その数が減っていくのはやはり大きい。テクノロジーの進歩が頭打ちになる時代とはどのようなものか、もしかしたらこれからの世代はそういうことを考えていく必要があるのかもしれない。
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