ゲーム・オブ・レボリューション

 フランス革命をテーマにしたボードゲームというものが世の中には存在する。例えば革命最中の1792年には、既に革命双六のようなものが出ていたようだ。そこまで遡らなくても、足元で例えばナポレオニックゲームについて調べてみると、ナポレオン戦争ではなくフランス革命をテーマにしたゲームがいくつも出てくる。
 その中に、Levée en Masseというゲームがある。1人用で、なおかつ30分で終わるという、かなりシンプルなゲームだ。イメージ的には、むかしSPIが作り、日本でもタクテクス誌に採録されていたThe Fall of Romeと似ている。後者は攻め込んでくる蛮族たちからローマ帝国を守るために東奔西走するゲームだが、前者も同様に様々な敵からフランス革命を守ることがテーマだ。
 そう、このゲームで守るべきなのは「フランス」ではなく「革命」だ。プレイヤーはフランスの共和制(Republic)をプロイセンやオーストリア、ピエモンテといった外国から守るだけでなく、他の政治制度、例えば君主制(Monarchy)や専制(Despotism)、つまり王党派やボナパルティストに負けることなく政権を維持し、国内の反革命とも戦わなければならない。
 現実のフランス革命では、GoldstoneやTurchin的な構造人口動態理論に基づくなら、決して一枚岩ではない「エリートの内紛」が起きていたはずだ。それを再現したければいくつもの派閥が相争う政治ゲームとして作る方が適当だろうし、実際そうしたゲームも存在する。だが1人用として作る場合、そんな複雑なメカニズムを盛り込むのは無理がある。シンプルなゲームとして作る場合、細かい派閥(王党派、フイヤン派、ジロンド派、ジャコバン派、平原派など)をいちいち再現するよりも、ざっくり共和主義者の立場となってそれ以外を排除するという簡単なシステムにした方がいい。
 そうやって出来上がったシンプルなゲームは、どうやら教育にも使えるとの判断がなされたらしい。このゲーム、カリフォルニア州にあるフェザー・リバー大学がネット上でプレイできるようにしたうえで公開している。このページのリンクを見れば分かる通り、YouTube上のチュートリアル動画もあるし、ルールをまとめたpdfファイルもある。ブラウザでゲームもできるし、ソフトをDLすることもできる。

 ルールを簡単に説明すれば、迫りくる敵を政治的に、もしくは軍事的にひたすら撃退するゲームだと思えばいい。政治面では上にも述べた通り、共和主義者が王政派、ボナパルティストと主導権を争っている状態が続く。ターンごとに与えられるアクションを使って自分の派閥の支持を上げるか、他の派閥の支持を下げるという形での政治行動が可能だ。共和主義者の支持が最も高ければ、色々と特典が得られるし、最終的な勝敗条件にも影響が及ぶ。
 軍事的には、外国あるいは国内の反革命勢力がパリへと迫るのを撃退する作業が必要になる。これまたアクションを消費して敵を攻撃する形を取るのだが、パリに敵軍が入ってくれば市民の抵抗により、最初の1回だけアクションを使わずに反撃が可能となる(バリケードへ!)。また海を越えてくる英軍に対しては、英海軍を攻撃して敵の退路を断つといった攻撃方法も可能だ。実際のアクション使用はこの敵軍を撃退することに多く使われる。
 フランス革命軍は途中から隣国を占領し、そこに姉妹共和国を作り上げることもやっていた。ナポレオンが生み出したチザルピナ共和国などはその代表例だろう。このやり方を再現するルールも存在しており、「解放」を使って自国外の地域に革命の同志を作り上げることになる。ここは敵軍に対して一定の抵抗を見せるようになるし、やはりゲーム終了時の勝敗条件に影響する。
 このほか、政治的な動揺によりパリが動乱状態に陥ることがある。放置しておくと共和制支持が減ってしまうため、やはりアクションを費やしてこちらを鎮圧するのも可能だ。共和制への支持が高い場合、敢えて鎮圧するまでもなく秩序回復ができるケースもある。
 ゲームはターンごとにHeadline Cardsをめくってその時点の状況を定める形で進む。Headlineとは新聞の見出しという意味だが、要するに歴史的な出来事を紹介し、それによってゲームの情勢がどう変わったかをまとめたカードだと思えばいい。カードは48枚あるため、全部で48ターンが終わればゲームは自動的に終了する(それ以前に終わることもある)。
 ゲームとしてみた場合、正直それほど戦略に工夫の余地があるようには見えない。どちらかと言えば運次第のゲームだ。またThe Fall of Romeもそうだったが、この手の1人用ゲームは途中から作業の繰り返しになってしまう印象がある。こちらにボードゲームの方をプレイしている動画がアップされているが、延々と似たようなことをやっている状態で、見ていて今一つ面白いとは思えない。
 ゲームとしての出来が今一つだからこそ、教育用という位置づけで無料公開されているのではないか、と思いたくなるようなゲームであるのは確かだ。逆に教育用と割り切ってしまえば、そう悪くないゲームだとも言える。「見出し」カードにはゲームと関係のない歴史的出来事についての説明文が簡単に書かれており、フランス革命の歴史を初学者向けに説明するうえではいいヒントになりそう。教育側としては、年号と事件名を淡々と並べるよりは憶えてくれるのではないか、という期待もあるのだろう。大学で教えるにしては初歩的すぎる気もするが。

 ゲームとしての出来はともかく、その勝利条件については興味深いところもある。ゲームは途中でパリが陥落(ターン終了時にパリに敵軍がいる)するか、「見出し」カードが尽きるところで終わるのだが、単に勝ち負けだけでなく、勝敗の度合いでいくつかの勝利条件が分かれている。パリが早い段階で陥落すれば「壊滅的敗北」、もう少し遅くても「決定的敗北」となる。だが陥落しなくてもゲーム終了時の条件がかなり悪ければゲームは「実質的敗北」となり、それほどでなくても史実より悪ければ「小規模な敗北」扱いだ。
 史実通り、つまり軍事的にはかなり圧倒的勝利だが政治的には共和主義は王政と同じくらい低迷してボナパルティストが勝ち誇っている場合、勝ち負けでいえば「小規模な勝利」にとどまる。状況をもっと改善させれば「実質的勝利」となり、勝利得点をプラスに持っていくことができれば「共和主義者の大成功」となる。
 面白いのはそれぞれの度合いに応じてその後の歴史が変わる、と設定されている点だろう。共和主義者が大成功を収めれば欧州大陸も世界も啓蒙主義によって一掃され、世界に自由と公正がもたらされる。実質的勝利なら革命が人類にとってトータルで利益をもたらしたと評価される。ちなみにこれはアメリカ革命の歴史的結果と同じだそうだ。
 小規模な勝利であれば問題は残り、史実のように革命の結果が失われることもある。小規模な敗北ならルイ18世が戻ってきて次の世代にまた革命が起きることになる。実質的敗北だとナポレオン王朝が史実より長く続いた末に再び革命となる。もっと史実から離れるのは決定的敗北で、フランスは列強に分割されたうえで残った地域をブルボン王家が支配する。壊滅的敗北ならフランスのアンシャン・レジームは20世紀まで続き、ボルシェビキ革命によって1910~20年代に欧州大陸は次々と赤化されていく。
 もちろんこのあたりはあくまでフィクションとして読んでおけばいい部分だ。それでもこのゲームの設定と勝利条件からは、現代欧米における一般的な政治的価値観が浮かび上がってくる、と見ることもできる。このゲームを作成したVictory Point Gamesは英国の会社であるが、そこから窺えるのは「大西洋革命」が「自由と公正」をもたらしたという歴史観である。
 実際、こういう価値観は決して珍しかったり、一部地域に特有のものではないと思う。リベラル的な価値観が時とともに広がっているという指摘はピンカーもしているし、民主主義という価値観が歴史の中で勝利してきたという指摘は20世紀末から存在していた。元となったボードゲームの出版は2010年であり、足元で米国を揺るがしているような分断がまだはっきりと見えてきていない時期だった。
 だが足元では、このゲームにおける「実質的勝利」の結果生まれたはずの米国の政治制度に対する不信が高まり、民主主義の牙城とも言うべき場所が暴力の舞台となった。今や米国2大政党の一角は個人崇拝の政党と化しつつある。もしこのゲームが今から作られていたなら、勝利条件の説明も変わっていたかもしれない。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント