頂点捕食者

 最近ちょっと話題になっていたのが、人類は200万年間、肉ばっかり食ってたという研究だ。ツイートではごくシンプルにまとめているが、日本語ではこちらの記事もあるので、そちらを読む手もある。題名の通り、ヒトはかつては肉食中心の生活を送っていたが、獲物が少なくなったので雑食に移行したという説だ。
 研究チームは、過去のヒトの食生活を再現するうえで現在の狩猟採集社会との比較には意味がないと考え、別のアプローチを取った。その結果として200万年ほど前から8万5000年前まで、ヒトは主に肉を食って生きてきたという結論を導いたという。日本語の記事で紹介されているその論拠となっているのは、胃の酸性度や脂肪細胞の構造といった身体構造であり、あるいは遺跡で見つかる狩猟道具やヒトの進出に伴って大型動物が姿を消していった事実なども、そちらを裏付けているという。
 ただし、この日本語記事はシンプルすぎて本当にごく一部しか伝えていない。こちらの英語記事ではもう少し詳しい内容にも踏み込んでいる。「ヒトは200万年にわたって頂点捕食者であった」という英語記事も同様だが、結局のところ一般向けに紹介される記事はどうしても概要にとどまらざるを得ない。論文そのものを見る方がずっと詳しいことが分かる。
 論文の題名はThe evolution of the human trophic level during the Pleistocene。更新世におけるヒトの栄養レベル進化、とでも言えばいいのだろうか。この論文は基本的にメタアナリシスであり、題名の通り過去のヒトの栄養に関連する各種の研究をまとめたものといえる。その結論が上記の通り、かつてヒトは肉食を中心としていたというものであり、要するにそう推測するだけの研究結果が多数あった、というわけだ。
 日本語記事ではほんの一部しか紹介されていないが、この論文で取り上げられている論拠はずっと多い。さっさと結論を確認したければTable 2以下を見るのがいいだろう。生物学関連の証拠が生体エネルギー学や食の品質など17種類(胃の酸性度はその1つにすぎない)、考古学が8種類、その他が3種類紹介されているが、それぞれの証拠について栄養レベルの変化を示すもの(Type 1)、食生活の特殊化を示すもの(Type 2)、そしてヒトが肉食であることを示すもの(Type 3)に分けて分析している。
 それぞれの証拠が過去のヒトにおいてHTL(ヒト栄養レベル)の高さと低さのどちらを示唆しているかについてまとめたのがFigure 1だ。示されているのは左から前期旧石器時代のホモ・エレクトゥス、中期旧石器時代のホモ・サピエンス、そして後期旧石器時代末のホモ・サピエンスだ。ざっくり言ってHTLが高いと肉食の度合いが、低いと草食の度合いが高いと見ていいだろう。
 Figure 2は、こうした分析の結果として、ヒトの食生活がどう変わっていったかを示したものだ。右に行くほど肉食の度合いが高いと思えばいい。サル目(Primates)は割と草食寄りであり、初期のヒト族(E. hominins)も同様だ。だが前期旧石器時代のホモ・ハビリスになると、矢印が肉食寄りになっているのが分かる。
 そしてホモ・エレクトゥスになると、ガッツリ肉食側に寄っていく。彼らが現れたのはおよそ200万年前と言われており、おそらくそれがこの論文における「200万年間、肉ばっかり食っていた」という話につながっているのだろう。この流れが逆転したのは中期旧石器時代のホモ・サピエンスになってからであり、後期旧石器、新石器と時代が下るにつれて次第に草食の割合が増えていった。
 興味深いのはホモ・エレクトゥスの時代に肉食化が進んだ部分だが、この話は「人体600万年史」の中でも指摘されていた。化石の分析から彼らが長距離を移動できる能力を持っていることが分かったそうで、持久狩猟を通じてそれ以前のヒト族よりもずっと肉食に偏った食事ができるようになったのだろう。問題は彼らが調子に乗って肉を狩りすぎたことで、食糧となる動物が減ってきた結果としてヒトはやむを得ず植物を食う羽目に陥ったわけだ。
 食事の内容変化を示す一つの証拠として挙げられているのが、脳の容量だ。最初に紹介したいくつかの記事で紹介されているこちらの図を見ると、骨髄などを食うスカヴェンジャーだったホモ・ハビリスの時代には650ccのサイズだった脳が、肉食中心になったホモ・エレクトゥスの時代に700-1100ccに、さらに中期旧石器時代のホモ・サピエンスでは1500ccまで増え、だが農業が始まった1万年前には1350ccに減ったという流れが紹介されている。
 この脳の大きさに関して思い出すのは、各種生物の大脳化現象について紹介したエントリーだ。脳が大きくなる大脳化が生じるのは子育てに労力をかけている生物であり、おそらくは生態ピラミッド上位にいる種ではないかと書いたのだが、今回のヒトが肉食だったという論文を紹介する記事でも、論文筆者らはヒトを「頂点捕食者」と表現している。
 もちろん大脳化の進んでいる哺乳類の中でもヒトの脳はさらに極端に大きく、単純に同列に並べていいのかという疑問はある。一方、ヒトが肉食であったという仮説は、このエントリーで書いた「大脳化の軍拡競争」といった考え方を裏付けるものとも言える。他の動物に比べると大脳化している哺乳類を狩る者となるためには、より極端に大きな脳が必要だった。ヒトは食物の栄養レベルと高めることで脳を大きくするとともに、その大きな脳で栄養レベルの高い食物を狩っていた、というわけだ。
 それにしても、この論文が正しいとすれば、ヒトの進化において重要な転換点になったのはホモ・エレクトゥスである、ということになりそうだ。確かに彼らは初めてアフリカを出て広範囲に生息域を広げたヒト族であり、後にホモ・サピエンスの1集団が南極以外の諸大陸を席巻するまで、ヒト族としてはおそらく最も勢力を広げた者たちだっただろう。食生活の変化に適応したものが一気に勢力を拡大したという意味では、肉食に転じた彼らも、逆に植物食への対応が始まった時期に勢力を広げたホモ・サピエンスも、環境に最も適応していた存在だったのかもしれない。

 ちなみに英語記事を読むと、論文筆者たちはこの話を単なる歴史上の出来事だけで終わらないと見ていることが分かる。というのも足元ではヒトの食生活について色々な議論が行われている最中だからで、例えば一方にはヴィーガンのような考え方がある。過去におけるヒトの食生活が論文通りなら、それを極端なまでに否定する生き方となりそうだ。
 ヴィーガンとは逆の方向性を持つ食生活として、パレオダイエットというものもある。こちらは「旧石器時代の野草と野生生物を中心とした食生活」をまねることをコンセプトにしているそうで、農業が始まってから食事の中心になっていった穀物、豆類、乳製品、イモ類などを避けた食事をするのだそうだ。こちらはPeter Turchinが実践しているそうで、彼の書いたエントリーの邦訳を読むこともできる。
 パレオダイエットの前提は、ヒトの肉体が農業開始前と変わらないことにあるそうだ。実際にはホモ・サピエンスの中に乳糖耐性を持つ者がいるところを見ても、ヒトの肉体が農業の開始後に変化している可能性はあると思うが、それでもなおかつての食生活に合った性質が残っている面もあるんだろう。逆にパレオダイエットをとことんまで押し進めるつもりなら、肉以外のナッツや野草なども減らした方がいいかもしれない。
 Turchinは肉食中心の生活について「人間が大きな脳と高い社会的知性を進化させ(そして維持する)唯一の方法」と述べている。そうかもしれないが、一方で論文の主張通りなら、かつてヒトの集団を維持できるだけの肉を確保できなかったために食生活を変えることを強いられた例があったわけで、今でもまた同じ現象が起こる可能性はある。最近になって昆虫食が話題になっているのも、それが理由かもしれない。
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