フィクションと燧石銃

 フィクションの中に出てくる火薬兵器については以前にも何度紹介したことがある。古い時代を舞台にした作品の中には出てきてもおかしくないし、異世界もののような別設定のフィクションであっても登場させる余地はある
 最近もそうした事例があったので、せっかくなのでメモしておこう。元はどうやらスマホゲーム(RPG)を題材にしたアニメらしいが、その中に「マスケット」が出てきたのである。ざっと見たところ、よくある剣と魔法の世界っぽいのだが、途中で武器の一種として火薬を使った兵器が出てくる展開があった。
 具体的にはこちらのツイートにある3つ目の画像を見てもらうのがいいだろう。マスケットと呼ぶわりに銃身が短い気もするが、点火装置はよくある「真のフリントロック」のように見える。
 正直、それまで全く火薬の話が出てこなかったのに、出てきたとたんにいきなりフリントロックまで技術が進歩している点については疑問もないではない。マッチロックはもとより、タッチホール式のハンドゴンの歴史まで省略してしまうのは、さすがにいかがなものだろうか……とも思うのだが、フィクションにツッコミを入れてもあまり意味はない。
 むしろ、作中で見られるフリントロック式のマスケットならではの描写の方に注目すべきなんだろう。こちらの下の方にあるやり取りに「引き金を引いてから発射されるまでちょっと時間があったけど、マスケット銃ってそういうものなんだろうか」という問いと、「そうだよ、そこだけ無駄にリアルにしてあって感心したw」とある。まさにこの通りで、よくもまあこんなマニアックな描写をしたものだ。
 引き金を引いてから発射されるまでに時間があるのは、フリントロックだけでなくマッチロックも含めた古い時代の銃が持つ特徴的な構造のためだ。引き金を引くと火皿(pan)と呼ばれる銃身の横にある受け皿の火薬にまず火が付く。この火皿と銃身内とは細いタッチホール(touch hole)によってつながっており、そこを通った炎が銃身内の火薬に点火することでようやく弾丸が発射される。こちらの動画を見ると、火皿の炎が上がってから銃弾が発射されるまでにタイムラグがあることがはっきり分かる。
 これと同じ描写がアニメでも行われているわけだ。例えば最初の方で複数の銃兵が盾の背後からマスケット銃を撃つシーンを見ると、まずは火皿から煙が上がり、そして直後に銃口からの赤い炎が見える、という演出がなされている。また後半に出てくるシーンでも、同じように火皿から煙があがり、その直後にカメラに向けられた銃口が火を噴いたり銃声が聞こえてくる。まさに「無駄にリアル」に描いているわけだ。といっても同じようなシーンは例えばこちらのアニメでも描かれており、前例のない描写ではない。
 またフリントロックの描き方も悪くない。こちらと比べても分かる通り、作中に出てくるフリントロックはかなり実際のフリントロックとよく似ている。ハンマーと当たり金、火皿、当たり金用のバネなど、いずれもアニメにも描かれていた。引き金を引くとハンマーが当たり金に当たり、火花が散るといった部分もきちんと描写されていた。
 だが1つ、変な描写があった。それがこちらのツイートに出てくる画像だ。2枚目を見てもらえば分かる通り、当たり金(Frizzen)の形状が違う。これはいわゆる「真のフリントロック」ではない。むしろスナップハンスだと考えた方がいい。当たり金と火蓋が別々になっているのがスナップハンスであり、真のフリントロックは両者が一体化してL字型になっている。
 スナップハンスはフリントロックの前から存在していた銃であり、だから作中で両方が同時に姿を見せることがあっても別にそれほどおかしくはない。ましてファンタジー世界なのだから、「フリントロックが存在したとは思えない時代にフリントロックが出てくるフィクション」のような問題も生じない。むしろ「なぜフリントロックが中心の時代にスナップハンスがあるのか」といった裏設定を勝手に考える余地が出てくる分だけ、暇つぶしには向いていることだろう。

 なおフリントロックの細かい構造については、こちらのページが役に立つ。表面から見えたものがフリントロックの様々な部品の一部に過ぎないことが分かるだろう。表から見られるコック(ハンマー)、当たり金、当たり金用のバネの他に、ロックプレートの裏側には細かい部品が多々ある。
 1つはタンブラー(Tumbler)。これはハーフコックやフルコックのための部品であり、ハンマーの位置を固定するのが大きな役割だ。引き金を引けばこのタンブラーによる固定が外れ、ハンマーが当たり金へと落ちるようになる。ハンマーを落とすのはメインスプリングと呼ばれるバネであり、このバネの力でハンマーは当たり金に叩きつけられる。
 シアは引き金とタンブラーをつなぐ部品であり、ナイフエッジと呼ばれる部分がタンブラーの溝に嵌ってこれを固定している。引き金を引くとこのナイフエッジがタンブラーの溝から引き抜かれ、タンブラーによる固定が外れる。シアスプリングは、引き金が引かれるまでナイフエッジがタンブラーの溝から離れないよう押さえておくのが役割だ。さらにこれらの部品を固定するためのブライドルという部品もある。そしてシアと接している引き金がある。
 フリントロックの動きを示したgif画像はこちらで見られる。図中の部品にはブライドルと引き金は示されていないが、それ以外は基本的に載っている。順番に動きを見ればどのようにフリントロックが発射されるかが分かるだろう。ハーフコック状態ではタンブラーの3つある溝のうち真ん中にシアのナイフエッジが嵌り、ハンマーが落ちないようになっている。この状態で引き金を引いてもナイフエッジは溝から外れない、のだそうだ。
 フルコックになるとナイフエッジはタンブラーの3つ目の溝に入る。この状態で引き金を引くとナイフエッジはタンブラーの溝から完全に外れ、メインスプリングの力によってタンブラー(及びハンマー)は急速に回転する。ハンマーに固定された火打石が当たり金にぶつかり、当たり金と一体化した火蓋が切られ、同時に火皿に火花が注ぎ込まれる。そうやって銃が発射されるわけだ。
 一方、スナップハンスは、上にも説明した通り、当たり金と火蓋が別の部品となっている。フリントロックでは当たり金をセットすればそれだけで火蓋も閉じられたが、スナップハンスの場合、両方を個別にセットする必要がある。またタンブラーの形状はよりシンプルで、シアがロックプレートを貫いてハンマーを固定する留め金となっている。こうした形状は、以前説明したミケレットロックと同じであり、ラテラル・シアと呼ばれている。それに対して真のフリントロックで使われているのはヴァーティカル・シアという仕組みだ。
 さすがにアニメではそこまでマニアックなメカニズムには触れていない。というかそこまで描くフィクションなど、アニメ以外も含めてほぼ存在するまい。上でも述べたように、火皿の着火から発射までのタイムラグを描いただけで、十分にマニアックな作品と言っていい。
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