中国PSI

 GoldstoneやTurchinが使っている構造的人口動態理論を活用し、中国の現状がどうなっているかについて調べたエントリーがあった。カリフォルニア大バークレー出身のソフトウェアエンジニアが書いたもののようで、つまり歴史学や社会学に関心があるというより、データを使った分析に興味があってこうした取り組みをしたようだ。
 分析は基本的なPSI(政治ストレス指数)分析で、対象としたのは現代中国。米国に次ぐ経済規模を誇る国であり、また他国からの侵攻といった外部要因の影響を受ける可能性が低く、内在的な構造的人口動態メカニズムの影響がストレートに出やすい国として選んだようだ。同時に、既に不安定性が表に出てきている国ではなく、それ以外の国を選ぶことで構造的人口動態理論の予測能力がどのくらいあるかを調べたい、という狙いもあるようだ。
 中国は過去にも人口動態とそれに伴うマルサス的なメカニズムによって政治的な安定と不安定のサイクルが存在していた。Turchin自身もその点を指摘している(Ages of Discord、第1章)し、こちらでは清代における人口増と減少について少しばかり言及した。こちらの論文にも中国で人口の増減が王朝の盛衰と歩調を合わせるように生じていたとの推計グラフが採用されている。
 だがこのエントリーが主題としているのは歴史ではなく現在。足元で中国の構造的人口動態がどのような局面にあるのかを調べており、なかなか興味深い結果が出ている。

 最初の調査対象は大衆のウェルビーイングだ。Turchinは平均的な労働者の賃金と1人当たりGDPを比較した「相対賃金」などを主に指標として使っているが、このエントリーでは格差と身長という2つの指標を使っている。それによると中国の格差は改革開放路線の採用から2006年頃までは拡大(トップ1%の所得割合が増え、ボトム50%の割合は減った)が、その後になって政府の政策もあり拡大に歯止めがかかっているという。米国でリーマン以降も格差拡大が続いているのとは異なる傾向だ。身長も同様で、米国で1980年以降に身長の伸びが止まったのに対し、中国ではそれ以降も右肩上がりの傾向が続いているという。つまり現時点で中国のウェルビーイングはまだ上向いていることになる。
 エリート過剰生産はどうか。Turchinは米国におけるエリートの定義でかなり苦労していた(結果、潜在エリート動員力(EMP)の計算はモデルにほぼ頼り切りになっていた)が、中国に関しては「共産党員か否か」というシンプルな方法でエリートの数を測定している。実は足元、習近平政権下では共産党の入党志望者を絞り込む政策が行われているそうで(エリート志望者の締め出し)現状では志望者自体が一時期より抑制されているという。
 最後に国家財政だが、ここは安直に政府の負債を取り上げている。今のところ中国の公的負債はGDPの6割ほどしかなく、既に100%を超えている米国などにくらべれば余裕はある。Turchinは米国のPSIを計算するに当たって世論調査から政府に対する不信感を引っ張りだし、それも計算に入れているが、中国にはそうした世論調査がない。そのためこのエントリーでは政府に対する信頼感は変わっていないものとして計算を行っている。
 そのうえでこのエントリーでは、中国の現状を「スタグフレーション局面の初期」と踏んでいる。主に大衆のウェルビーイングが上向く成長局面は過ぎ、エリートの増加が目立つようになる局面に入ってきたという見方だ。中国が米国と同じ方角へ向かっているのは間違いなさそうだが、そのペースは今のところは遅く、加えて中国政府はエリート過剰生産や大衆の困窮化を防ごうとするような動きを見せている。今のところは。
 問題は2030年を境に中国の人口がピークを迎える可能性があること。構造的人口動態理論では、エリートは大衆の「余剰生産物」で食っている存在であり、大衆の数が減ることで余剰生産物までも減るようになると、彼らの存立自体が危うくなる。
 するとどうなるのか。このエントリーでは実際に中国のPSIを計算しているのだが、そのデータを見て分かるのは、現時点でまだEMPの影響は小さいということだ。PSIへの影響が大きいのは潜在大衆動員力(MMP)と政府財政難(SFD)。うち前者を見ると、相対賃金の逆数はあまり伸びていないし、20代人口はむしろ減少している。大きな推進力となるのは都市化の進展で、元々の都市化比率が低かったためにこの数字の伸びは大きい。
 EMPについては1980年から1990年代にかけてエリート比率が低下したが、その後は少しずつ伸びに転じている。エリートの比率が増えるに従ってエリート平均収入は減少する見通しだが、水準的に言うと2030年になっても1980年よりは高い水準を維持する計算。SFDは単純な公的債務の対GDP比で算出しているため、こちらはMMP同様に右肩上がりが続いている。
 これら全部を合わせた中国のPSIと、それを米国と比較した結果は最後の2つのグラフに描かれている。両国のPSIが最も低かった時期を一致させると、米国は中国より30年先行している結果となるそうだ。つまり今の中国は1990年の米国と似たようなポジションにあると考えられる。冷戦の勝者として「唯一の超大国」と呼ばれるようになったその時期であり、まさに絶頂期だったタイミングと一致する。
 だがこれらの計算を見る限り、PSIは角度は緩やかだが右肩上がりになっているのは間違いない。例えば2020年の中国のPSI水準は、米国で言えば2005年頃に相当する。つまりリーマン直前で「今回は違う」と豪語していた時代だ。中国政府は「より多くの市民を経済的エリートになれると勇気づけるのか、それとも最も富裕な市民たちの税を上げて彼らがより豊かになるのを思いとどまらせようとするのか」、いずれの道を選ぶかによって中国の政治的将来が見えてくるのではないか、とこのエントリーは結論づけている。
 最後に、中国での「2世代サイクル」、つまりおよそ50年ごとに訪れる不安定性の波についての分析も載っているが、結論は「よく分からない」だ。共産主義革命と天安門事件がそれぞれピークなら、次のピークは2035~40年頃に来ることになるが、太平天国や清滅亡後の軍閥割拠時代を重視するなら、むしろ足元と2060~70年頃がピークという計算にもなる。このあたりをどう見るかはいろいろな意見があるだろう。

 一方、PSIの上昇で中国に先行する米国では、1月6日の議事堂襲撃に関する捜査が進んでいる。最近の公聴会では注意喚起の情報が生かされず、捜査当局間でうまく情報が共有されていなかったことが語られている。
 さらに興味深いのが、襲撃に参加したトランプ支持者たちの特徴をまとめたこちらの記事。内容についてはこちらの一連のツイートが簡単に紹介している。襲撃者たちは、どうやら金銭的トラブルを抱えていた人が多かったという。
 逮捕者の6割が、たとえば破産や税金未払いを抱えるといった問題を抱えており、破産したことがある人の比率は全米平均の2倍近くにのぼっている。また襲撃参加者の4割は自営業者あるいはホワイトカラーであり、失業者の比率は9%にとどまっていたという。どうやら大衆よりも中産階級あるいはアッパーミドルの方があの襲撃の主役だったようだ。
 このツイートでは、トランプ支持者を「自分はこんな目にあうはずの人間じゃない」という特権意識の持ち主ではないかと指摘している。実に分かりやすい「対抗エリート」的な発想である。どうやら今回の議事堂襲撃は対抗エリートに煽られた「困窮化した大衆」が実行犯なのではなく、実行犯自身も過剰生産されたエリートの一種だったのかもしれない。
 Secular Cyclesによると、ローマ共和国の内戦期には多くのエリート志望者が戦いの中で倒れたという(第6章)。もしかしたら危機フェーズで暴力に身を投じるのは大衆だけでなく、小粒なエリートたちも含まれているのかもしれない。
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