提訴されたこの人物(Youtuber)は
ウォールストリートジャーナルのインタビューに対し、自分は「普通の人間」だと話していたそうだが、提訴している側の主張によると彼は複数のブローカーライセンスを持つ公認証券アナリストだという。事実ならプロが素人のふりをして自分の金もうけのために株価操縦をした可能性が出てくる、という理屈だろう。
個人的には「20万ドル相当のコールオプションを売却」していた原告側も個人投資家というにはかなり怪しい(もしくは頭のおかしい)行動を取っていると思うのだが、それも含めていかにも株式市場で起きそうな出来事ではある。繰り返すが株式市場は基本的に守銭奴のバトルロワイヤル会場だと思っていた方がいいし、今回の提訴もその枠組みの中にきれいに当てはまる事象だ。
さらに
GameStop株関連の公聴会も開かれた。正直、株式市場にとってはもう「過去の話」となっている話題だし、日本語のメディアでもきちんと取り上げているのは経済媒体が中心で、要するに大多数の人は既に関心を失いつつあるテーマなのだが、今回噴出した問題が消えたわけではない。色々と見ていると、テクニカルな点を中心にこれから議論が必要になりそうなところもある。
まずは上のロイターの記事でも触れている空売り問題。
こちらの記事でも触れられているが、GameStop株に対する空売りは、浮動株比率で100%を超えていた。本来、空売りをしようとする投資家は売るための株式をどこかから借りてくる必要があるため、出回っている株数以上の空売りが行われることはないはずだ。この記事だと「株を借りなくても空売りできるネイキッドショートセリングという手法が使われた」ことになっているが、
こちらの記事によるとヘッジファンド自身は「ネーキッド・ショートセリングは禁止されている」と語っていたそうで、どちらが事実なのかがまずよく分からない。
100%を超えるほどの空売りを仕掛けるような個人投資家はほとんどいないだろうし、その意味では専門家が知っていればいい問題かもしれないが、公正な市場を目指すのなら空売りの実態を調べる必要は出てくるだろう。空売りという行為自体が悪だというつもりはないが、売り物がないのに売り注文を出すのは、さすがに取引の根幹にかかわる問題行為だと思われる。
この取引については
こちらの記事に書かれているものが参考になる。この説明通りで間違いないかどうかは断言できないが、投資家から手数料を取らないRobinhoodがどうやって利益を上げているかは分かる。上記の日経の記事によれば、実はこの取引慣行は1980年代から存在しているそうで、その意味では目新しくも何ともない手法だ。
問題は、PFOFは売り手と買い手の提示した差額が大きいほど、もらえるリベートが増える点にある。素人投資家ほどきちんとした価格を提示することができず、甘い条件を出しやすくなるため、この差額も増える傾向がある。あるいは日経の記事で指摘されているように、流動性の低いオプションなどの取引をPFOFに出せば、やはり大きなリベートを得られる可能性が高まる。Robinhoodが素人を大量に呼び込み、なおかつ彼らにオプションなどの取引をさせていたのは、まさに自分たちが儲けるためだったのだ。
上で紹介した
「買い煽りの当事者」も、公聴会には顔を出した。自分の利益のために誰かを株の売買に誘ったわけでも、また株価を動かそうとした集団に属しているわけでもないと主張し、株価操縦の疑いについては否定している。同じく公聴会に呼び出されたSNSの経営者はもっと強気で、「我々はコミュニティーの力を目の当たりにした。個人投資家が通常なら手が出せない投資機会を得るため、さらにその後は既存の金融大手の批判から個人を守るために団結した」と主張している。
内容的には前々から述べている陰謀論に基づいた「ダビデとゴリアテ」論から一歩も動いていないような主張だ。だがこれらの主張が公聴会で問題視されたという記事はほとんどない。このあたりは金融システムや証券取引といった問題というより、米国の今の空気を表したものと見る方がいいんだろう。要するにウォール街は基本悪役と認識されており、そこを中心とした経済体制に対する米国民の不信がかなり高まった証左だと思われる。Turchinの言う「不和の時代」だ。
公聴会で直接出てきたというより、今回の騒動で明白になった動きとして、
株式の「ダーク取引」が増えているとの主張もある。Robinhoodが使っていたPFOFもそうだが、証券取引所を通さない株式の取引が増えており、足元では全取引の過半を占める日も出てくるようになったという。ただしこれは金額ベースではなく、あくまで売買高ベース。PFOFがそうであるように、証券取引所を通さない取引の中心は個人だ。
このウォールストリートジャーナルの記事によると、証券取引所を通さない取引の方が、実のところ取引コストは安いという。公聴会でRobinhoodなどの関係者が主張していたように、売買執行コストが低いところを使って売買をするのは、投資家にとってもメリットがある(実際、Robinhoodを利用している個人投資家は手数料無料というメリットを得ている)。PFOFをやっているマーケットメーカーやRobinhoodのような証券会社だけでなく、投資家にとってもお得な方法なのだ。
だがこうやって個々の参加者が個別の利益を追うことが、全体として合成の誤謬をもたらすこともある。この「ダーク取引」の増加はその典型例で、これによって市場の持つ価格発見能力が失われてしまう恐れがあるのだそうだ。ダーク取引は取引内容の開示を求められない。ダーク取引が増えてくると、実際にどのような取引が行われているか外部からは見えない株が増える。その株の本当の値段がいくらなのか分からなくなり、それが市場の効率性を失わせるのではないかとの懸念だ。
それだけではない。ダーク取引の方に投資家が流れると、それ以外の市場で流動性が失われる。ダーク取引に向かない機関投資家が株の取り引きをしようとする際に、流動性が確保できず売買執行コストがむしろ高くなるリスクがあるのだ。機関投資家の中には年金など多くの人々の資産を運用しているところも多い。
こちらで述べた通り、庶民の多くは個別株投資すらできないわけで、今起きている現象は「小金持ち(個人投資家)が庶民のなけなしの資産(年金)をかすめ取っている」状態と言えなくもない。
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