ウォールストリートジャーナルが
「ロビンフッドの非陰謀」と題した記事を載せていた。わざわざこんな記事を書くということは、それだけ米国内でもRobinhoodを巡る陰謀論が盛んに唱えられているのだろう。記事ではクルーズらが唱える陰謀論に対して「現実はもっと平凡だ」と主張する一方、現代のような「社会的信頼が限定される時代にあって、金融市場は左右両派のポピュリスト陰謀論者のターゲットとなる運命にある」と諦観交じりの感想を記している。
出回っている「陰謀論」の典型と言えるのは、
オカシオコルテスのツイート。
こちらの記事でも指摘されているが、Robinhoodが苦境に陥ったヘッジファンドを助けるため個人の株式売買を妨げたというストーリーがそこでは構築されており、そこにクルーズやイーロン・マスクといった面々も便乗したという。
これがなぜ「陰謀論」になるのか。陰謀論に必要な特徴を備えた主張だからだ。ブラザートンは
「賢い人ほど騙される」の中で、「陰謀」と「陰謀論」の違いを説明している。立証されていればそれは「陰謀」だが、そうでなければ「陰謀論」というわけだ。ウォーターゲート事件のように証拠があればそれは単なる「大統領の陰謀」であって陰謀論ではない。だが、例えば911のテロが米国政府の自作自演だという主張のように、証拠がない議論は「陰謀論」になる。今回の話もまさにそれで、Robinhoodが実際にヘッジファンドを救う陰謀をたくらんだという直接の証拠は出てきていない。
Robinhoodの事業モデルは、
こちらの記事で簡単に説明されている。彼らは個人の売買注文を高速取引業者に流し、その見返りとしてリベートを受けている。そこで収益を上げているおかげで、Robinhoodは個人投資家から手数料を取らずに商売ができるわけだ。高速取引業者は手に入れた売買注文の買値と売値の差額分を利益とすることで自分たちの商売を成り立たせている。売買量が増えれば増えるほど、高速取引業者は小さな鞘でも大きな金額の利益が出せるし、Robinhoodはそこからもらうリベートが増える。だから取引を増やすことはどちらにとっても事業の大きな目的となる。
にもかかわらず今回、Robinhoodは取引に制限をかけることで最大の収益源である「売買量」を自ら減らすことを強いられた。もちろん、ウォールストリートジャーナルが書いているように、そして
前にも指摘したように、清算機関から求められた保証金の額が大きくなりすぎて納められなくなったのが理由だ。結果、彼らは自分たちの最大の収益源を自ら切り捨てるような真似をしなければならなくなった。Robinhoodの経営陣が慌てて
資金調達に駆けずり回ったのも、売買量を戻して自分たちの利益を確保するためである。
一方で個人投資家は、本来ならRobinhoodの取引制限があっても影響を受けるはずなどなかった。
単に他の証券会社を使えばいいだけだったからだ。証券会社はRobinhood以外にも多数あるし、実際に
「他の証券会社に株を移せ、簡単にできる」と助言をしていた人間もいた。Robinhoodという市場への入り口は閉ざされたかもしれないが、すぐ隣に開いたままの入り口がたくさんあったわけで、個人投資家たちは単にそちらに乗り換えればよかっただけなのである。普通なら。
問題は普通でない投資家が大勢いたことだろう。上にも述べた通り、Robinhoodのビジネスモデルで最も必要なのは売買量であり、それを確保するために彼らはどうやら株式投資についてほとんど知識のない素人を大量に巻き込んでいたらしい。マサチューセッツ州ではRobinhoodでオプション取引の手続きをした住民の3分の2以上がほとんどか全く投資経験のない人だったそうで、州は投資家保護に関する州法違反でRobinhoodを提訴している。他の証券会社に乗り換えるという単純な解決法すら知らない「投資家」が数多くいたと思われる。
こちらの記事には、Robinhoodが素人を個人投資家に仕立て上げるためにどんなことをしていたかが書かれている。株式取引をまるでスマホゲームのように見せる手法を使って、株式市場が持つリスクを理解させないまま取引させていた面があるようだ。当然ながら彼らは政治家やSECから厳しく批判を浴びており、
昨年末にはSECに対する和解金の支払いを迫られている。実に「行儀の悪い」事業者と言えるだろう。
だが過去に悪行があったからといって、足元の事件が陰謀論で説明できることにはならない。くり返しになるが陰謀論を「陰謀」として立証するには直接的な証拠が必要であり、その証拠は今のところないのだ。
陰謀論チャートで言えば今回の陰謀論はQアノンのような荒唐無稽なものではなく、「あったかも」くらいの位置に来てもおかしくないとは思うが、それでも証拠が出てきてない時点ではやはり「陰謀論」にならざるを得ない。
むしろシンプルな説明を好む「オッカムの剃刀」に従うなら、自分が損してまでヘッジファンドを助ける行動に出たと考えるより、保証金が払えず仕方なく取引制限をかけた、と解釈する方が妥当。
前にも書いているが、株式市場の参加者は基本守銭奴モードな連中ばかりであり、彼らが自分を犠牲にして他人の利益を優先するなどと想定するのはかなり無理がある(そんな参加者はすぐに淘汰される)。にもかかわらずシンプルな説明を避け、敢えて複雑な理屈を持ちだすのは、これまた陰謀論の特徴だ(ブラザートン)。
それにしてもなぜ今回の出来事ではここまで容易に陰謀論が広まったのだろうか。これまたブラザートンの書籍にヒントがある。彼によればヒトは「少しの知識があると、多くを知っていると簡単に誤解してしまう」傾向があるそうだ。半可通ほど知ったかぶりしてしまうのだが、本来なら必要な知識が欠落しているため、その隙間を陰謀論で埋めることになってしまうのだろう。素人投資家が大量参加しているGameStop事件においては、この条件が見事に成立している。
というかブラザートンによればそもそも陰謀論は一部の特殊な人だけでなく、全てのヒトに親和性のある発想法なのだそうだ。
こちらの記事でも「陰謀論を信じることは、とても人間的で普通のことだ」としている。誰でも陰謀論者になり得るし、進化の過程ではそうした発想法はおそらく生き残りや包括適応度の向上に役立った。だとすれば今回の事例に限らず、あるいはQアノンに限らず、いつの時代も一定の陰謀論が生まれてくるのは避けられない。
また陰謀論者を全員説得するのは基本的に無理だ。Qアノンレベルのヤバい陰謀ですら信者はいる。まして今回のように「あったかも」レベルの陰謀となると、いくら説得しても陰謀論を信じ続ける人は必ずいるだろう。本人が自ら調べて証拠がないことを理解すれば考えを変えるかもしれないが、皆がそこまで対応するとはとても思えない。ウォールストリートジャーナルが最初から諦めモードなのも理解できる。
重要なのは陰謀論が政治と結びつかないようにすることだ。ブラザートンは政治が陰謀論に従って動いた時の危険性も指摘している(最も極端な事例がナチスドイツ)。今回の件については
18日に公聴会が開かれるそうで、それを機に株式市場の規制強化が議論されるとしても、その際にはできるだけ陰謀論者の意見ではなく、事実に基づいた議論をしてもらいたいところ。
ウォーレンくらいならまだマシだが、もっと極端な論者の見解が政治の世界で力を持ったりすると、それは黄信号だ。というわけで私は
Noah Smithほど楽観的にはなれない。
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