エリート内紛争 場外乱闘編

 厳戒態勢が敷かれた米大統領就任式は、1番の話題になったのがサンダースのファッションという具合で、かなり平穏に終わった。いったんは落ち着いたように見えているアメリカの情勢だが、変な方向で火の手が上がっている。場所はウォール街だ。
 GameStopというゲーム小売りチェーンの株価が激しく騰落したことが問題になっているのだが、背景がなかなかシュール。こちらのツイートに要点が箇条書きにされているのだが、単に「市場内で一種の仕手株が動いた」だけの話にとどまらず、政治・社会にまで波紋が及んでいるという。
 赤字企業の株価が足元で急騰。どうやらヘッジファンドが空売りしていた株に個人投資家の買いが殺到したようで、買う際にはSNSを通じて一斉に売買を呼びかけているのだという。株価が上がると売り手は多額の損失が出るのを恐れて買い戻すケースがあり、そうなるとさらに株価が跳ね上がる格好だ。コロナ対策による現金給付で個人の運用資産が増えていること、ウォール街の典型的なエスタブリッシュメントとみなされたヘッジファンドを個人(庶民)が攻撃するという形になっていることなどが、盛り上がりの背景にある。
 問題は、こうした行為は法令上の違反に当たるのではないか、との見方があること。少なくとも証券会社やファンドのトレーダーが合意のうえで売買をすればそれは違法だ。個人であるからといって、相場操縦的な行動が許されるのかというとそんなことはあるまい。実際、個人の動きに懸念を覚えた株取引アプリのRobinhoodは、GameStop株の取引を制限したという。
 しかしこの動きはむしろ火に油を注いだ。こちらの説明を見ると、個人投資家たちによるアプリ会社の集団訴訟や不買運動が起きたほか、著名投資家の中にもそれらを扇動する向きが登場。左翼のオカシオコルテスやウォーレンと、右翼茶会党のテッド・クルーズという左右両極の政治家が取引制限を問題視するなど、着々と騒ぎが広がる事態に。結果、Robinhoodは取引制限の緩和を余儀なくされたようだ。
 見ての通り、単に株式市場で株価が派手に動いているというだけの現象ではなくなっている。何より興味深いのは、なぜか個別株の上下が「庶民vsエスタブリッシュメント」の構図に当てはめられてしまっていることであり、Robinhoodが非難を浴びせかけられているのも、それまで庶民の味方だと思われていた彼らが「突如としてウォール街の金融エリート側についた」と思われたからのようだ。
 正直、株式市場を外から眺めている人間からすると、今回の騒ぎは庶民vsエスタブリッシュメントなどではなく、単に「強欲な守銭奴同士があぶく銭を取り合っている」だけにしか見えない。普通、株式市場で直接個別株の売買ができる人間は、社会全体の中で見れば一握りの金持ちである。World Inequality Databaseを見ると米国人の平均資産は2019年時点で39万ドルあるのだが、うち下位50%が持っているのはその1.5%に過ぎない。資産の7割以上を保有しているのはトップ10%であり、個別株に投資できる余裕がある層の大半はこちらだろう。
 実際、コロナショックからの回復過程で、金持ちがさらに金持ちになる一方、大衆は疫病の直撃を受けて苦労しているという報道はいくつもある。一例がこちらで、金持ちの資産が増えている一方、低賃金労働者の失業率はなかなか回復していないことが示されている。本当の庶民は株式投資に文句をつけるより前に、まず職探しに追われている可能性の方が高い。Robinhoodにケチをつけている連中のいったいどこが「庶民」なのか、とツッコミを入れたくなる数字だ。

 というわけで、ウォール街で起きているこの現象も、実際には「エリート過剰生産」の枠で解釈できるのではないか、という話をしよう。要するにGameStop騒動はhaves vs have notsではなく、haves vs have yachtsの構図で見た方が実態に近いのではないか、という話だ。何のことはない、数年前にあったウォール街占拠運動と構図はそっくりであり、また昨年いろいろと話題になったWoke系の騒ぎが舞台を株式市場に移しただけ、とも見える。
 ウォール街のエスタブリッシュメントがただのエリートではなく超大金持ちなのは間違いないだろう。ヘッジファンドもその一翼と見られているわけで、彼らがわかりやすいターゲットになるのはある意味で仕方ない。実際、コロナ対策で投入された資金は、実体経済を下支えしきれていない一方、株式市場はしっかりと潤している。以前こちらで書いたように、米国ではマネーが金持ちに流れるフローが確立してしまっているように見える。
 一方、それを批判している個人投資家たち(こちらの記事では『ごろつき投資家』と呼ばれている)の中には、スマホアプリで投資する若者が多いそうだ。そして米国に限らずだが、若者ほど学歴が高くなる傾向が全体としては存在する。過剰生産されたエリート候補である彼らの一部はアカデミーの世界に参入しようとしてGreat Awokeningの動きを加速したりする(Turchinのようなよそ者が歴史業界でたたかれているのもエリート過剰生産の一種だろう)わけだが、中にはウォール街へ向かうエリート志望者もいるはずだ。そして彼らは自分のステータスを手に入れるべく、エスタブリッシュメント(今回はヘッジファンド)を攻撃し始めている。
 要するにこれまたTurchinの言うエリート内競争の一例、と考えても辻褄が合うのだ。むしろエリート内競争の発現としては、比較的平和なだけまだマシかもしれない。少なくともキャピトルヒル襲撃のように、対抗エリートが扇動した結果として直接的な死者が出てくるような騒ぎではなく、あくまで金が増えた減ったというレベルの争いでしかないからだ。
 もちろん、この騒ぎで損失を出した人間の生活が追い詰められ、長い目で命にかかわるような事態がないとは言えない。だから本当に必要なのはそうした構造的課題の解決である、とTurchinなら言いそう。そして、残念ながらこちらの課題については改善の兆しが見えていないのが実情だ。株式市場がバブルとしか言い様がないどんちゃん騒ぎをしている一方、アメリカの雇用は引き続き楽観できない状況が続いている。エリートが自分たちの内輪もめにばかり力を注いでいる間に、彼らがよって立つはずの地盤がどんどん浸食されているように見える。
 だがエリート側にそういう意識があるかどうかは不明。というか今回の騒動を海外メディアは「ダビデとゴリアテの戦い」と呼んでいるそうで、要するにメディアもこのエリート内競争を煽り立てる姿勢を見せていると考えられる。それを受けてウォール街の関係者が参加したリモート会議でも激論が交わされていたそうで、本気でアメリカのエリートは見境のない過当競争状態にあるのだと思いたくなる。
 本来ならエリートたちは、金融市場にばかり流れ込んでくるマネーをどう実体経済に回し、困窮化する大衆をどう救い出すかといった議論をすべきなのだろう。少なくともTurchinは「大衆困窮化のトレンドを逆転させる」ことが最も重要だとしている。でも実態はこんな感じ。ノブレス・オブリージュなる言葉は、実は単なる机上の空論なのではなかろうか。
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