分断の姿

 バウツェンは1回休み。
 米国の大統領選は未だに宙ぶらりんの状態が続いている。トランプは今のところ法廷戦術を取っており、各地で訴訟を通じて選挙結果をひっくり返そうとしているようだが、その大半では敗北している模様。現状では全くひっくり返せそうな状況にはない。にもかかわらず政権移行の手続きは進んでおらず、米国の政治はデッドロックに乗り上げた状態だ。
 米大統領選は12月11日までには各州で選挙結果が認定されることになっている。といっても11日までかかるのはカリフォルニア州のみであり、今年の選挙で問題になっている州について言えばウィスコンシン州が決まる12月1日が最後と見ていい。選挙人による投票は12月14日に実施される。
 トランプ側がどこまで抵抗を続けられるのかは見通せない。Why Republican voters say there’s ‘no way in hell’ Trump lostという記事の中では、トランプに「アメリカ人よ武器を取れ」と呼びかけられればそれに答えると話をしている共和党支持者たちの話がいくつも紹介されている。彼らのうち本気の人間がどこまでいるかによって、今後の事態が変わってくることは考えられる。
 そもそも共和党支持者たちのうち、「選挙が公正で正確であった」ことに信頼を置いていない人の比率は、9月下旬時点の半数未満から選挙後には75%超まで急増している。負けたと分かったとたんに選挙自体の不正を疑い出すのはみっともない限りではあるが、同時にこちらのエントリーで指摘した「制度の側が負けつつある」という指摘を裏付けるような調査結果だともいえる。
 そもそも今回の選挙も含め、米国の分断はかなり深刻なのだろう。それも一般に話題になっている人種よりも、むしろ明白なのは地理的な分断の方だ。既に2016年の選挙を分析した時点で、郡単位で見ると共和党か民主党のどちらかが地滑り的に勝利している事例が増えているとの指摘はあった。ご近所さんがどちらか一方の支持者ばかりという地域がどんどん増えていたことになる。
 もちろん今回の選挙についても同様だ。The Most Important Divide in American Politics Isn’t Raceという記事では、題名の通り人種よりも人口密度や学歴こそが「アメリカ政治の最も重要な分断を形作っている」と指摘している。トランプが有色人種の票を増やしているところを見ても、人種ではなくやはり田舎と都会の分断こそが激化しているのは間違いないだろう。

 選挙で敗北した現職の抵抗が続き、大勢の人間がそれを支持している流れは、引き続きTurchinが想定していた「不和の時代」の到来を示すような動きに見える。いや、単にそう見えるというだけではなく、2020年は実際に多くの米国都市で「極めて暴力的な年」になっているとの指摘もある。もちろんこれらは必ずしも政治的な分断が原因とはいえない犯罪も含まれているが、それでも課題の一つであることは確かだろう。
 Turchinの唱える構造的な課題という切り口で言えば、他にも似たような議論が行なわれている。Turchin自身が紹介しているのはThe expanding class divide in happiness in the United States, 1972-2016という論文で、例えば大卒以上と未満の人の幸福度を時系列でみると、前者が1970年代からあまり変わっていないのに対し、後者はずっと低下を続けてきたという。あるいは所得の上位と下位との比較でも、結果は似たような形になっている。
 1970年代以降の変化については、WTF Happened In 1971?というサイトにやたら多くのグラフが収容されている。米国においてこの時期に何かが変わったのではないか、ということを示すデータが大量収録されており、実質賃金の停滞だけでなく、黒人の相対的な所得、累積インフレ、ニューヨークやボストンの住宅価格、金の価格、銀行破綻の数、国家の負債などなど、非常に数多くのデータにおいて1970年代が変化のタイミングであったことが示されている。
 How the 1970s Changed the U.S. Economyでは、1970年代前半に起きたこの変化の原因としてオイルショックを挙げている。安い燃料を前提とした経済がこれによって破壊され、特に製造業の相対的な規模が縮小に見舞われ、労働者の取り分が減っていった。Tainterの言うような収穫逓減が、この時期から始まったと解釈すべきなのかもしれない。
 一方、Turchin自身を紹介した記事もさらに増えている。The Atlanticに載ったThe Next Decade Could Be Even Worseがその一例。なかなか面白い文章で、例えば当初は生態学に取り組んでいたTurchinが歴史分野に転じる際にpermanent sayonaraを告げたという言い回しとか、何人かの歴史家はTurchinについて「天文学者がノストラダムスを見るのとおなじように見ている」と書いている部分など、文章で食っている人間ならではの表現が見受けられる。
 逆にTurchinにとってこの文章はかなり困惑させられるものだったようで、後になって言い訳を自分のblogに載せている。自分がやっていることはあくまでサイエンスであり、決して予言ではないという主張を改めて繰り返しているわけだが、メディアで取り上げられる場合にどうしても「2020年の混乱を予想していた」部分に焦点が当てられてしまうのはもう避けられないだろう。
 それよりもThe Atlanticの記事で面白いのは、「民主的な制度の採用と生き延びるための戦争の遂行の間には極めて密接な相関がある」と書かれている部分だろう。戦争のためには社会の構成メンバーをできるだけ動員しなければならず、それがやりやすいのはボトムアップでの政治運営を行っている民主主義体制の方だという理屈は、もしかしたらSeshatのデータでも裏付けられているのかもしれない。
 最近、よくビジネス関連で「腹落ち」という言葉を耳にする。組織を動かすためには構成員が「腹落ち」、つまり組織の目的と理由を理解し、それに対して当事者意識を持つ必要がある、という話だ。ビジネスと戦争とは単純に比較できるものではないが、組織としての力を発揮するためには上から言われてやらされるのではなく、下から考えて積極的に取り組ませるようにしなければ必要な成果は上がらない。同じことは国家についても言えるのだろうし、戦争ではなく例えばコロナ対策といったものにもこの理屈が当てはまるのかもしれない。
 その場合、国民が「腹落ち」できるようなテーマを掲げることが今の政治家に求められているという結論になりそうだが、政治家を含むエリート自体が分断されている局面でそれが可能かどうかはまた別問題だ。Turchin自身もThe Atlanticの記事中で「エリート過剰生産の暴走プロセスを止める必要があるが、何が効くのか私は知らない」と述べている。増税や最低賃金の引き上げ、ベーシックインカムといった対策が掲げられているが、それらは予想できない効果をもたらす可能性がある。トランプ支持者の暴走が大騒ぎになるかどうかはまだ分からないが、たとえ政権移行が静かに実行されたとしてもバイデン新大統領の前途は多難だ。
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