体制と不安定化

 米大統領選まで10日を切った。足元でバイデン有利という情報が増えたこともあるのか、彼らの資金調達額がかなり増えているオッズも引き続き彼の方が高く、状況は10月上旬に説明した時とあまり変わっていないようだ。FiveThrtyEightの予測でもバイデンの勝率は85%を超えている
 だが、以前にも述べたように、今年の選挙は投票日で終わりとは行かないのではないか、という懸念が増えている。Turchin、Goldstoneらと心配を共有する見解は、足元でも継続中。例えばMail-in ballots will test Americans' faith in the voting system and democracyという記事では、「絶望の冬」というディケンズの二都物語のフレーズを引きながら、今回の選挙がバイデンとトランプの争いというより、制度に対する忠誠を賭けたものになっていると指摘。「私が思うに制度の側は負けつつある」と記している。
 This Scary Statistic Predicts Growing US Political Violence - Whatever Happens On Election Dayという記事では、政治ストレス指数(PSI)を枕に置きながら、他にも様々な研究を紹介しつつ、米政治の不安定化が様々な指標に浮かび上がっていることを指摘している。
 例えばそこで紹介されている脆弱国家指数(Fragile States Index)。米国の位置は178ヶ国中149位と十分に低く、それほど懸念はないのだが、この指数の中で団結度合いを示す部分に注目すると、2005年にはG7の中でもカナダに次いで低い数値だった米国が、今ではG7で最も高い数字になっているという。比較的短い期間で政治的な分断がかなり急速に進んだ、と分析されているのであろう。
 トラブルの要因としてこの記事は格差の拡大に力点を置いている一方、The EconomistのCan too many brainy people be a dangerous thing?という記事ではエリート過剰生産に焦点を当てるなど、Turchin的な観点が増えてきたとは言っても取り上げる際の切り口は様々。リベラルのBuzzFeedが格差に、少し保守寄りのEconomistがエリートに注目しているあたり、もしかしたらそれぞれの読者の好みが反映されているのかもしれない。

 BuzzFeedの記事の中にはもう一つ、面白い話が書かれている。Goldstoneが実は1994年にCIAに頼まれてState Failure Task Forceなるものに加わったという話だ。どのような国家がソマリアのように失敗にまで至るのかについて学術的に分析し、今後の政策の役に立たせたいと考えたようで、Goldstoneらはそれを受けて実際にモデル開発に取り組んだ。2010年に書かれた論文、A Global Model for Forecasting Political Instabilityは、実に1000件以上引用されているそうで、この分野においてはそれだけ重要視されているのだろう。
 記事中にあるように、彼らが作成したモデルは2年後に起きる政治的不安定化についておよそ80%の確率で予測することに成功したという。と言っても対象期間は1955年から2003年までで、Goldstoneがかつて取り上げた近代初期の国家の事例などは入っていない。事例の大半はサブサハラアフリカなど現代の途上国に集中しているが、それ以外の地域、例えば足元でかなりの死者を出しているアゼルバイジャンとアルメニアなども、1990年代の事例として入っている(Appendix A)。
 彼らのモデルは4つの要素のみを組み合わせた割とシンプルなものだが、他の同様の研究と比べても予測精度は高かったそうだ。もちろんHARKingにならないよう、期間を2つに分けて一方で作ったモデルが他方でも通用するかどうかについては確認している。より詳細かつ多数のデータを組み合わせるよりも、比較的単純な方法で政治的不安定化を予測できるのが特徴だそうだ。
 使われる要素はまず乳幼児死亡率。これは国の豊かさや安定度を示す分かりやすい指標ということだろう。次が隣国における紛争状況(Conflict-Ridden Neighborhood)。隣接国で紛争がいくつも起きていると、自国も同様に紛争に至りやすい。分析に際しては国が異なれば全然別の主体と解釈してしまうことが多いが、現実には物理的に近い隣り合った地域との関係を無視することはできないのだろう。3つ目は国家主導による差別(State-Led Discrimination)。政府が先頭を切って国内のあるグループを差別するような国においては、それが政治的不安定化につながりやすいそうで、これもまた感覚的には分かりやすい要素だ。
 そして4つ目が政治体制のタイプ(Regime Type)。通常、この手の分析では民主的か、権威主義的かという2つの項目に分けることが多いのだが、この論文では政治体制について2つの評価軸を使った分類に取り組んでいる。1つは政治参加における競争性であり、もう1つは政府高官のリクルートだ。前者の軸では競争に対して抑制的か促進的か、後者については限定的か競争的かといった分類を行い、それぞれの軸でどこに当てはまるかに応じてマトリクスを作っている(Figure 1)。
 マトリクスの数は48個もあるが、実際の分析に際してはその48個のマスを5つに分類、政治参加が抑制的で、高官のリクルートが限定的な「完全独裁」(例:北朝鮮)から、どちらも極めて競争的な「完全民主主義」(例:OECD諸国)まで分けている。このどちらかに偏った国は動乱に陥りにくいのだが、問題は両者の中間的な制度を採用している国々で、そうしたところは政治的不安定化に陥るリスクが高いそうだ。
 その中間的な制度は「部分的独裁」「部分的民主主義」「派閥争いのある部分的民主主義」に分かれている。「部分的独裁」は内戦や逆方向への体制変革に至る可能性が高いのに対し、「部分的民主主義」は逆方向への体制変革の可能性のみが高い。そして最も不安定なのは派閥争いのある部分的民主主義で、そうした国が不安定化する可能性は、完全独裁の国に比べて実に30倍に及ぶそうだ(p197)。党派的な対立が強い国は、下手に民主化を進めるよりも非民主的な体制を続けた方がマシ、と解釈できそうな分析である。
 この分析以前に、政治制度を細かく分類して行われた分析はそれほど多くなかったそうだ。結論部分ではそうしたところにこの論文の価値があると主張したうえで、安定した政治のためには「高い所得、低い差別、隣国における少ない紛争、そして最も重要なことは、競合がないか統合された政治体制」(p205)が必要であると記している。

 もしこのGoldstoneらの論文が正しいのなら、では今の米国の情勢はどう見るべきだろうか。所得の高さと隣国における紛争の少なさは、間違いなく達成できている。差別についてはBLMが盛り上がるなど問題視されてはいるが、昔のように国家主導で差別を促進しているとまでは言えないのではないか。以前だったらそもそも差別とすら思われていなかったLGBTに対する姿勢の変化などを踏まえても、米国はむしろ差別を減らす方に力を入れている国家だと考えられる。
 問題は政治体制をどう解釈するかだ。普通に競争的な政党政治を採用している国家だと考えれば、米国は「完全民主主義」の国家となり、不安定さへの懸念はなくなる。だが競争的な政党政治だと思っていたものが、実は単純な派閥争いに堕していたのだとしたら。エリート間の争いが、他の内戦に陥った諸国と同じレベルの排他的競争に変貌していたのだとしたら。確かに不安を覚える人もいるだろう。
 くり返しになるが、私は米国が大統領選挙後に内戦に陥る可能性は少ないと思う。上記の論文に書かれていることにもそれほど違和感はない。一方、上の論文の筆頭著者になっていたGoldstoneは、BuzzFeedによると今では政治的暴力に対する懸念を抱くようになっているという。たとえトランプが政治の表舞台からおとなしく去ったとしても「今のトレンドが続くなら、暴力のリスクと発生は続くだろう」というのが彼の見解だ。さて、どちらの考えの方が正しいのか。結論の出る時期が近付いている。
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