22世紀、世界文明崩壊 下

 これまで紹介した妄言通りに世界が進めば、22世紀の前半に「崩壊」局面が訪れる。それはおそらくミケーネ文明やマヤ文明のように、複数の国が横並びに崩壊へと向かう流れになるだろう。もちろん中国の戦国時代のようにどれか1つが生き延び、他国を征服することによって限界収益を増すという展開も過去にはあった。だが現代においてそれは難しいだろう。農業社会と違って現代は領土が広がれば複雑さを支えるエネルギー源が増えるとは限らないし、それに全てを征服するには世界は広すぎる。
 国家の崩壊についてはScheidelも言及している。彼のThe Great Levelerでは過去の事例だけでなく、現代のソマリアなどの例も紹介している。ソマリアは崩壊以前は典型的にextractiveな社会であり、むしろ住民にとっては崩壊後の方が搾取が減り、生活はよくなったそうだ。Tainterの言う「崩壊は合理的な選択」説がここにも当てはまる。
 崩壊すると世界はどうなるのか。古典期マヤの場合は人口が大幅に減った。ローマ帝国においてはいくつもの細かい国に分断された。そしてどちらの場合も社会の複雑さが大幅に低下した。そもそもは複雑な社会の維持が困難になって崩壊に至るのだから、よりコストの低い簡素な社会へのシフトが起きると考えるのが普通だろう。
 では、早ければ22世紀に起きる崩壊で生まれる「簡素な社会」とはどのようなものだろうか。古代ローマにおいては、崩壊前も後も基本的に農業社会であることに変わりはなかった。ただローマのように常備軍を備え、地中海を使って多くの物資を輸送する複雑でコストの高い社会ではなく、より自給自足的な社会にシフトしている。分業はおそらく減り、それぞれが自分で必要な物資を賄う社会になったのだろう。
 マヤの場合はそもそも統一国家があったとは考えられない。こちらはむしろ北部低地に重点が移り、その方面でいくつもの複雑な社会が展開されるようになった。ただ南部低地も人が姿を消したわけではなく、スペイン人が来た時にもいくつかの国がその地に存在した。基本的にこれまた崩壊前も後も農業社会であった点は同じはずで、目立つ建造物の数が減った分だけ簡素になったと推測される。
 だが22世紀に起きるかもしれない崩壊は、こうした過去の事例とは大きな違いが存在する。その時点で力尽きるであろう複雑な社会は、農業ではなく化石燃料に基盤を置いた社会だ。では崩壊後の簡素な社会はどうなるのか。引き続き化石燃料に頼って暮らしているのか、それともひと昔前の農業社会にまで後退してしまうのか。
 問われるのは、化石燃料に基盤を置いたまま社会を簡素化できるかどうかだ。足元では安い化石燃料が減り、それがまた限界収益の低下をもたらしている。22世紀の崩壊後の社会においていきなり化石燃料が安くなる事態は考えづらい。例えば原油は採掘した状態のまま使えるわけではなく、それを精製し用途に応じて配分なり備蓄なりをする必要がある。天然ガスはさらに大変だ。パイプラインの建造・維持が必要だし、液化するとなれば一段と大掛かりな仕掛けがいる。
 最も可能性が高そうなのは石炭だ。使用方法が簡単で、輸送や貯蔵も石油や天然ガスに比べればずっと簡素に対応できるし、埋蔵量を見ても他の化石燃料に比べて圧倒的に多く、石油のように埋蔵地域の偏在もない。一方で健康被害につながりやすく、環境への負荷も大きいといったマイナスもあるが、とにかく低コストが最優先となる崩壊後の社会においては、こういった問題はおそらく後回しにされるだろう。もし化石燃料の使用を続けるとしたら、最も可能性が高いのは石炭だと思われる。
 とはいえ、石炭を単に木炭代わりの燃料として使うだけなら農業社会とほとんど変わりない。重要なのはそのエネルギーをどう使うかであり、その意味では蒸気機関蒸気タービンも一緒に残さないとあまり意味はない。また蒸気機関などはサイズが大きくなるという問題を抱えており、乗用車には向かない。現代社会における利便性がそれだけ失われることになる。もっとも社会のサイズが小さくなることまで考えるなら、移動能力の低下はあまり深刻な影響を及ぼさないかもしれない。
 化石燃料以外はどうか。まず原子力だが、これはシステムとしてはさすがに複雑にすぎるのではなかろうか。発電所という単位で多大なエネルギーが得られるという点は、社会が小さくなる崩壊後においてはメリットだが、その運営にかかる専門的ノウハウの量を考えると維持継続はかなり大変そうに思える。加えて原料となるウランの産出地はかなり偏りがある。海水中に微量ながら遍在しているとはいえ、それを集めるための労力を考えると現実的とは思えない。原子力を使ったエネルギー源に頼る社会を崩壊後に維持するのは、かなり難しそうだ。
 では再生可能エネルギーはどうだろうか。ここで言う再生可能エネルギーとは太陽電池や風車など発電用に再生可能エネルギーを使用するという意味だ。正直、こちらには別の困難がある。特に太陽電池や風車を使った発電は、どうしても分散型の発電システムになる。それ自体は小型化する社会に向いたシステムと思えるが、問題は分散した電力を上手く使うためにバッテリーが欠かせないこと。バッテリーの材料には、例えばリチウムのように地域的に偏在しているものもある。水素を使った燃料電池でエネルギーを蓄えるという発想もあるが、水素の取り扱いは石油よりはるかに面倒であり、複雑さを増すだけの要因になりそう。
 再生可能エネルギーでもダムや地熱といったものは、もう少し簡素に使用できそうに思える。もちろんこれらのシステムもかなり複雑ではあるが、一度作り上げればしばらくは持ちこたえられるのではなかろうか。問題はこれらのシステムは地域的に特徴のある場所でしか使えないこと。火山地帯でなければ地熱発電は無理だし、水力発電のためにはそれに向いた河川の存在が求められる。
 もっと昔からの再生可能エネルギーに頼る社会もあり得る。つまり農業社会だ。風車や水車はせいぜい製粉に使うくらいで、あとは人力と家畜の力に頼ることになる。化石燃料はほとんど使わない社会であり、これなら複雑さをかなり抑制することが可能だろう。ただ、22世紀というおそらく人口の大半が都市に住むようになった社会がすぐ農業社会へ戻れるかというと、おそらくは相当に難しいはず。古代ローマや古典期マヤは農業のプロを大量に抱えた状態で崩壊したが、22世紀にはそうはいかない。農業社会は簡素かもしれないが、そこへの移行は極めてハードルが高い。
 そもそも専門化が極端に進んだ社会が崩壊すれば、そうした困難に直面するのは避けられないだろう。複雑な社会を簡素にすると言うのは簡単だが、やるとなれば話は別。一歩間違えれば石炭どころか農業社会すら通り越して、狩猟採集社会にまで崩壊が進んだうえでのやり直しになるかもしれない。もし本当に世界全体が横並びで崩壊に進めば、歴史的には珍しいそうした極端な事例が起きてしまうかもしれない。
 そうならないために、長期にわたる暗黒時代の到来を防ぐために必要なのは何か。アシモフのファウンデーションであろう。せめて19世紀並みの世界を維持するべく、石炭を使った文明のノウハウとリソース、インフラを持った組織を予め用意しておき、彼らに百科事典編纂ならぬ「相対的に簡素な社会」の編成をさせておくのだ。周辺で崩壊が相次ぐ中、この社会が化石燃料文明の灯を守り、後世に伝えていく。
 どこにどういう形でこの社会を残しておくかは、22世紀の崩壊前の情勢次第だろう。敢えて言うなら、アシモフのファウンデーションのように限られた数しか残さないのではなく、ある程度の数を揃えてリスクに備える方がいい。分散投資だ。そうすることによって人類は崩壊を乗り越え、また新たな繁栄の時代を迎えることができる。ちゃんちゃん。

 以上で妄言終わり。もちろんこの予想が的中する確率はほぼ皆無だろう。ホモ・サピエンスの歴史において今後もどこかのタイミングで崩壊が生じる可能性は高いと思うが、それが上記のような想定で起きるには、かなり色々な条件が整わなければならなくなる。実際にはそこまできれいな崩壊でもなく、かといって永遠に繁栄が続くわけでもなく、その中間のどこかに収まるのだろう。
 でもまあこれだけ先の話になると私は当然もう生きていないし、今生きている人も大半はこの世にいないだろう。当たるか当たらないかなど、誰にも分からないのだ。だから今なら言いっぱなしもできる。後は野となれ山となれだ。
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コメント

あまね
>彼らに「相対的に簡素な社会」の編成をさせておく
…アーミッシュのことでしょうか?(^^;;

desaixjp
彼らは石炭とか使っているんでしょうかね? まあ簡素な社会なのは確かだと思いますが。
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