22世紀、世界文明崩壊 上

 ……というお題で妄言を。使うのはTurchinの永年サイクルTainterの崩壊に関する収穫逓減理論などだ。
 現代社会が既に収穫逓減に見舞われつつある可能性は高い。分かりやすい事例が、都市化が進むほど成長率が鈍るという相関関係の存在だ。都市化はおそらく現在の複雑な社会を運営するうえで必要なシステムである。人口の集中は効率的なエネルギー活用を可能にし、本来ならそれだけ限界収益を高める効果も期待できるはずの手法だ。だが現実には都市化が進むほど成長余地は鈍ってくる。限界収益が減ってきているとしたら、次の問題はいつ「崩壊」が訪れるかだ。
 Tainterは崩壊の前段階としての人口減について言及している。例えばマヤでは人口のピークが紀元550年頃か650年頃という説があり、古典期マヤ文明が崩壊したと言われる9世紀から数世紀前に人口が既に頭打ちになっていたとされる(The Collapse of Complex Societies, p159)。古代ローマについても2世紀にあったアントニヌスの疫病以降、人口は回復しなかった(p140)そうで、実際に西ローマが滅んだ5世紀よりもかなり前から人口減は起きていたようだ。
 ここではこの人口減(頭打ち)を、限界収益の低下、収穫逓減による複雑な社会における負担増のメルクマールとして使う。ローマでは大きすぎる帝国を守り続ける軍のコストが、それによって得られる利益に比べて高くつくようになった。マヤでは南部低地において人口が収容できるサイズを超え、各都市国家が互いに収奪するための軍事力などへの投資を行うようになり、やはり少ない収益に対するコストが増えていった。
 現代の世界は人口減につながるほどのコストを軍事力に払っているようには見えない。だが複雑な社会を保つためのコストは別に軍事力に限らない。むしろ各種インフラや公共的なサービスへの投資や維持にかかるコストの方が、負担としてはずっと大きいのではなかろうか。化石燃料に基礎を置いた現代社会は農業社会に比べて複雑さがおそらく段違いに増えており、それらを支えるために必要となる投資は農業社会における軍隊への投資よりもずっと負荷が大きいと思われる。
 必要な投資はインフラのようなモノだけではなく、ヒトに対しても行われる。複雑怪奇な社会を支えるためには、様々な分野で直接生産活動に携わらないが、一方で欠かせない仕事をこなす専門家が多数必要だ。さらにそれらを組み合わせたシステム自体を円滑に動かすためにも、やはり投資は欠かせない。Bardiの4要素モデルに出てくる官僚機構がなければ、現代の社会を回すのは不可能に近いだろう。
 一部の人間はこの手の仕事をBullshit Jobsと呼んで馬鹿にしている。だがそこで紹介されているDuct Tapersなどは、実際になくなってしまえばかなりのトラブルを巻き起こすような仕事だ。また中間管理職は外からは単なるTask Makersに見えるかもしれないが、実際はこれまた存在しなければ仕事が円滑に回らなくなるだろう。Flunkiesと見下している仕事ですら、実は忙しい時期を乗り切るためには欠かせない戦力かもしれない。
 むしろ現代社会は、一見すると無駄に見えるような人員を多く抱えなければ回せないような状態になっていると捉えるべきではなかろうか。それだけ複雑な社会が必要になったのは、それがかつては多くの限界利益を生み出していたため。でも収穫逓減によって利益が減ると、見た目の効率性だけで安易に判断を下す人間が「この仕事は何のためにあるんだ」とケチをつけるようになる。しかしBardiが言うように、そういう人員を減らしても限界収益は上昇しない。むしろ人員減による負担が他のメンバーにのしかかり、組織の機能はさらに低下していく
 現代の複雑な社会における収穫逓減自体は、Tainterが述べているように前世紀のうちに始まっていたのだろう。その負荷は最終的には社会の成員全体にかかるようになる。成員たちはこの社会で生きていくためだけに長期にわたって教育を受け、また生活の多くを仕事に捧げるようになる。かつては性別をもとに仕事に注力する人間とそれを支える人間とを分けていたが、社会の複雑さが増すにつれてそうした性別による役割分担の垣根も崩れてきた。ヒトという種の再生産より、複雑な社会を回す方に労力が投入されつつあるのが今の世の中だ。
 どうやら複雑な現代社会のコストは、単に子供が負債であるとか、教育のコストが増えているといった部分だけにとどまらなくなっているようだ。日本は先行して人口減社会となったが、これから世界もそうなるとすれば、特に生産年齢人口における人手不足は世界的な現象になるかもしれない。一人一人にかかる複雑な社会を維持するためのコストは、人口が減るほど増えていくことになる。

 以上、主にTainterの理論に従うなら、現代の産業社会は既に崩壊に向けた道筋に入り込んでいることになる。しかし実際に人口が減るところまで事態が進んだとしても、それですぐ崩壊が訪れるわけではない。ローマはアントニヌスの疫病から西ローマの滅亡までおよそ300年は持ちこたえている。マヤでも人口が減り始めてから崩壊に至るまでに200~300年は要したと見られており、人口が減ったからと言ってすぐに崩壊が訪れるわけではないことは、前にも指摘した。
 この期間は、面白いことにTurchinが唱える永年サイクルにおける1サイクルとほぼ同じだ。そして実際、ローマ帝国について言えば人口減から西ローマの崩壊まではほぼ1サイクルに相当する。Ages of Discordの第1章を見ると、元首政Principateの解体局面Disintegrative Phaseが始まったのがアントニヌスの疫病の頃であり、続いて専制政治Dominateの統合局面Integrative Phaseが東ローマでは540年まで続いたことになっている(Table 1.1)。西ローマの崩壊はこの1サイクルの最後の方に起きた計算だ。
 マヤについては具体的なサイクルは不明だが。彼らの社会が紀元550年や650年を境に一方的に衰退を続けたようには見えない。むしろ社会政治的な複雑さはそれより後にピークを迎えたと思われる。記念碑的な建造物の数は7世紀末から8世紀半ばにかけて最も多くなっている(The Collapse of Complex Societies, p164)し、9世紀の初頭までは日付の残る記念碑の建造は一部で続けられていた(p166)。これらの時期は、永年サイクル的に言えばスタグフレーション局面、つまり一種の黄金時代だった可能性がある。人口が頭打ちになった後も、エリートたちがそうした建造物を多数作り上げることができた時代がしばらくは存在したのだ。
 おそらく、人口減が始まるほど収穫逓減が進んでも、まだ複雑な社会はそれに対応する能力と余力を持っていることが多いのだろう。彼らは人口減を前提として、なおかつ複雑な社会というシステムを動かすための仕組みを1回は作り上げることができたのだと思う。Tainterによればそれは構成員に多大な負荷をかけ、多くのコストを投じながらほとんど収益を得られない、というか単に現状を維持するためだけにエネルギーを注ぎ続けるような社会である。そしてその社会ですら回らなくなったとき、構成員はその複雑な社会から逃げだし、よりコストの安い別の社会へと世の中はシフトしていく。崩壊とはTainterに言わせれば社会の失敗ではなく、社会の成員たちの経済的に合理的な選択の結果起きるものである。
 最終的に崩壊するのが、永年サイクルにおけるどの局面であるかは明確には言い難い。ただ成長局面やスタグフレーション局面よりも、危機局面やその後の停滞局面に起きると考える方が確率は高いだろう。つまり崩壊が起きるのは、人口減が始まってから1回ほど永年サイクルが回った後の危機あるいは停滞局面だ、と推測できる。
 そして、足元の人口と永年サイクルの流れから想定すると、最も早くこの崩壊タイミングが訪れるのが22世紀だ、ということになる。
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