支持率動向

 NFLでCovid-19が猛威を振るっているが、もっとクラスターが派手に発生しているのがホワイトハウス。なにせ大統領自身が感染して一時入院を強いられたほどだ。彼は陽性の判定を受けてから1週間たたずに執務に復帰しているそうで、一般的にいえば感染拡大阻止のためにやってはいけないことをやっている。
 彼の病状や受けた治療についてはいろいろと報じられているが、医者ではないので言及は控えておきたい。むしろ問題はこの状況が残り1カ月を切った大統領選にどのような影響を与えるかだ。少なくとも今のところ、今回の騒動は現職にとってマイナスに響いているとの見方が多い。
 Real Clear Politicsが算出している全国世論調査の平均値を見ると、足元でバイデンの指示が急激に増える一方、トランプ支持が急低下していることがわかる。両者の差は10%ポイント近くまで膨らんでおり、今世紀の大統領選においてこの時点では最大のリードになっているそうだ。彼らの選挙人マップを見ても、バイデン有利の数値になっている。
 もちろんFiveThirtyEightも同じだ。こちらの全国世論調査平均を見ても、同じく10%ポイント近くバイデンがリードしている。選挙人予想の方を見るとトランプの勝つ確率は15%、バイデンが85%となっている。可能性が最も高いのはバイデンが400人以上の選挙人を確保するというもので、もしこの展開になればいわゆる「地滑り的勝利」になる。

 なぜ足元でこのような変化が起きているのか。Nate Silverはいくつかの要因を挙げている。1つは1回目の討論会だ。「カオス」「討論会というより口論会」など散々な評価をされたこの討論会だが、評価はトランプよりバイデンの方が高かったそうだ。2つ目はCovid-19への感染。正直、こちらについては当初、Silverも評価が難しいとしていたが、その後の世論調査がそろってきたところで「Covidは彼[トランプ]を傷つけている」と述べるようになった。
 そして3つ目は経済政策。Covid-19対策を巡る民主党との協議を打ち切ったのに伴って米株が下落する場面があったが、Silverはこれもまたトランプの支持率にダメージを与えていると指摘する。経済問題は彼にとって残された数少ない有利な点だったが、協議打ち切りによってその優位を自ら壊してしまったのではないか、という理屈だ。
 Silverの理屈がどこまで正しいかはわからないが、少なくとも世論調査を見る限り足元でトランプに逆風(バイデンには追い風)が吹いているのは間違いない。問題は、投票が迫ったこの時期におけるこの動きをどう見るか。4年前のデータをFiveThirtyEightReal Clear Politicsで確認すると、トランプが数値的に負けていたのは今回と同じだが、その差が違う。当時は差がついていたとはいえ4〜6%ポイント台にとどまっており、今回ほどの大きな差にはなっていない。Silverは、全国世論調査でバイデンが2〜3%のリードであれば選挙人の数は五分五分になるが、もっと大きな差になるとバイデンがずっと有利になると分析している。
 大統領選だけでなく、上下院についても民主党有利という声が出ている。下院についてはほぼ民主党有利という見方でよさそうだ。一方、上院はもっと接戦ではあるが、今のところは僅かながら民主党が多数をとる可能性が高い。つまり、4年前の選挙とは真逆の結果になり得るのだ。この短期間に実に派手な振り子運動がもたらされることになる。

 さて、そうなると問題になってくるのが選挙後に混乱が起きるという、Turchin的な懸念だ。既にそうしたリスクについて前に紹介しているが、ここで紹介したシミュレーションで出てきたような事態が発生するかどうかが問題になる。さらに事態が悪化すれば反乱だの内戦だのといった懸念も出てくるだろう。
 どちらか一方が「地滑り的勝利」を納めれば、こうしたリスクはそれだけ低下する。圧倒的な支持を受けて当選した人物を拒絶するのは、いくら反対派でも難しいためだ。ただそうなる確率は決して高くはなく、FiveThirtyEightによるとバイデンが地滑り的勝利を収める確率は35%、トランプは1%未満となっており、つまり3分の2弱の確率であまり差がつかない形での決着が予想される。そうなると負けたとされた側が強硬に抵抗する可能性が増す。訴訟合戦などの形でのトラブルが一気に噴き出しかねない。
 訴訟のような法的手続きが中心であればまだいいのだが、より超法規的な方法に訴えるものが出てくることも考えられる。既に米国内では今年の春から時に暴力を伴う様々な抗議活動が広まっているが、足元では「米ミシガン州知事誘拐計画容疑で13人逮捕、議事堂襲撃も計画」という、よりヤバい話も表に出てきた。今の時点では選挙後にバイデン支持者よりトランプ支持者がそうした行為に出てくる可能性が高く、そちらの方により注意する必要がある。
 こちらの記事では、特にミリシャと呼ばれる者たちについて説明がなされている。主権は政府ではなく自分たちにあり、どの法律に従うかは自分たちで決めると主張する武装した人々が登場し始めたのは1980年代末から1990年代初頭。足元ではさらに数が増えているらしい。ただ彼らはまとまったグループというより、個人が緩やかにつながった運動という方が実態に近いそうで、実はイデオロギーなども結構多様だという。
 イメージ的には右翼版の「ウォール街占拠運動」みたいなものだろうか。あちらも組織というよりはバラバラな個人が参加した運動であり、それだけに長期的にはほとんど何の影響も残さなかった(少なくともTurchinはそう評価している)。だとすれば、ミリシャによる運動も、短期的には騒ぎをもたらす可能性があるが、長期にわたって続くようなものにはなりそうにない。
 ただし彼らが組織化され、指揮命令系統が定まるようになれば、事態は変わりうる。FiveThirtyEightの記事では、米国のミリシャがラテンアメリカにおける「親体制的な準軍事組織」になるリスクを、最後の部分で指摘している。トランプはそれを試みようとしたか、あるいは欲していたかのように見えるというのがこの記事に出てくる専門家の見解。そしてもしこの試みが成功しているのなら、選挙ではなくより暴力的な形での権力奪取の可能性も出てくるかもしれない。
 もちろん今のところ、そこまで彼らの組織化が進んでいるとは思えない。実際には「敵に回すと面倒だが味方にすると頼りない」という、「運動」参加者たちによくみられるレベルの信頼度にとどまるのではなかろうか。以前こちらでも述べたように、事態が反乱や内戦にまで至る可能性はあまりないと思う。ないといいな。
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コメント

あまね
>ミリシャがラテンアメリカにおける「親体制的な準軍事組織」になるリスク

可能性は低くとも、かつてフランス革命時のサンキュロットや文化大革命時の紅衛兵が何をやらかしたかを思うと「歴史の教訓って何だっけ」という気分になる話ですね…。

desaixjp
人間は結局のところ、歴史ではなく経験に学ぶものなのでしょうね。
サンキュロットはもとより、紅衛兵も既に50年近く前の出来事です。まして米国にとっては海の向こうの出来事でしかないとなれば、その問題点を肌身で感じている人間などいなくても不思議はないと思います。
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