Goldstoneが編み出し、Turchinが広めてきた構造人口理論Structural-Demographic Theoryの政治ストレス指数Political Stress Indicatorの計算要素の中には、国家財政難State Fiscal Distressもある。名称通り、主に財政の悪化を指標として注目しているものであり、その中には
GDP比での政府負債の割合も算入されている。
とはいえGDP比でまだ1倍ちょっとというのは、既に2.5倍を予測されている日本から見ればまだ余裕があるようにも見えてしまう。でも実際に米国財政の状況は世界全体と比べれば決していいとは言えない。
少し前の資料になるが、米国は日、イタリアに続いて先進国の中でも3番目に負債が多い。上の記事でも指摘しているように、10年後の利払いが今の倍近くまで膨らむとすれば、財政難という観点では決して予断を許さないものとなりそうだ。
最近はMMTが話題になっているが、別に全ての経済学者が政府負債を問題視しなくなっているわけではない。スタンフォード大のJohn Cochraneは自身のblogで、
改めて負債は問題だと主張をしている。財政危機はいつか訪れる。負債は誰かが返さなければならないからだ(貸し手や世の中が返すケースも含めて)。その兆候を事前に捉えることはできない。大火災がいつ起きるかは分からないが、その前にあたりに散らばっているガソリンを片付けることはできる。だから負債を減らす努力をすべきだと、Cochraneは指摘している。
リンクトインに載っている
こちらのエントリーでは、負債の危機がもたらす本当にヤバい経済的な問題は、むしろ危機そのものではなく危機に対処すべく政策決定者がその対応を始める前に起きるという。つまり、誰にこの負債を背負わせるかという判断こそ、最大のトラブル要因になるわけだ。政策決定者が間違った判断をするケース、あるいは彼らの判断がもたらす政治的な影響によって損害を受ける人々の反応が、むしろ大きなリスクとなる。
とはいえ何の手も打たずに負債額の増加に任せていても事態が改善するわけではない。自分が政権担当している間は放置し、導火線が短くなっている爆弾を後任に放り投げるという手段が、いつまでも通じるという保証もない。例えば今の日本の場合は、そのあたりはどう考えるべきなのだろうか。
参考になるのは
日本銀行が統計を出している資金循環だろう。各経済主体の金融資産と負債の残高がどうなっているかについて、分かりやすい図が載っている。日本においては家計部門が金融資産と負債の差額において大幅な黒字を計上している一方、民間非金融法人企業と一般政府は赤字になっている。さらに海外も負債が多い(日本から見れば対外債権が多い)わけで、いわば企業、政府、海外が負債を積み上げて家計の金融資産作りを手伝っているような状況だ。
企業は株式を除くと負債を全く増やそうとしていない。企業財務について知っていると株式が負債になるのはおかしく思えるが、株式保有者にとってそれが金融資産となっているのに対応したものだろう。このblogでは企業の役割について「負債を増やして、設備等を投資し、生産性を高めて事業活動を行い、労働者に分配して、さらに消費が増え」という流れで資本主義を発展させることにあると見ているが、このデータを見る限り日本企業はあまりそうした役割を果たしていない。
企業が負債を増やさなかった分、
それを肩代わりし家計の資産増を支えてきたのが政府だ。政府はおそらく需要創出とそれに伴う成長率の上昇を見込んで負債を増やしてきたのだと思うが、実際に起きたのは単に政府から家計への資金シフト、だったのかもしれない。少なくとも政府の負債増は、企業の負債増から始まる活動活発化にはつながっていないように見える。
ただし政府だけが支えているわけではなく、
海外も同じように負債を増やしている。主力となっているのは対外証券投資であり、つまり企業は政府の財政支援を背景に国内で仕事を増やすのではなく、海外へ資金を回すことに力を入れたと考えられる。もちろんその投資に伴う収益は国内に戻ってきているはずであり、つまり家計の資産増に対する企業の貢献は、過去のような企業負債増ではなく、海外負債増という形で表れている、と考えてもよさそうだ。
だが企業に海外の負債を加えても、家計の資産増に追いついていないことは事実だし、その分を政府の負債増で穴埋めしてきたのが特に1990年以降の歴史なのだろう。もし政府の負債を減らしたいのなら、その分を企業(海外)が肩代わりするか、あるいは家計の資産を減らすという方向が考えられる。しかし前者はこれまで30年にわたってできなかったことを日本企業に求めることになり、おそらくは困難。後者はそれよりはマシに見えるが、実際に資産を減らされることになる家計の側がおとなしくしているかどうかは不明。そもそも
1970年には25%弱だった国民負担率は、足元で45%弱(財政赤字を含めれば50%弱)まで増えている。その国民からさらに資産を奪うのは、上で述べたようにむしろ政治経済的リスクになる可能性が高い。
経済的リスクを高めずに対応するには、例えば家計の資産増需要が自然に減るのを待つという方法がある。資産をため込むのは主に老後に備える高齢者世帯であり、彼らの数が減っていけば家計の資産需要も減り、政府が負債を増やす必要性も乏しくなる、という理屈だ。ただし
高齢社会白書によれば、2065年になっても日本の高齢化率は上昇を続けているし、絶対数でも2045年頃までは右肩上がりだ(p4)。
だとすればまだ当面は家計以外の主体がファイナンスを続け、家計の資産増を穴埋めし続ける必要があるように思える。主力は引き続き政府になりそうで、MMTがあろうがなかろうが政府による負債過多の状況は続くと考えた方がいいだろう。過去の例から見てもファイナンス方法の中心は引き続き債務証券になりそう。政府が金融資産を減らすという方策も考えられるが、その場合は足元で増えている対外証券投資が減る可能性があり、そしてそれはあまり喜ばしくない。
対外証券投資は上でも述べた通り、海外の負債の中心だ。これが減るということは対外投資を通じて家計の資産増に貢献している企業の活動がいよいよ低下し、国内のみならず海外でも儲けられなくなる事態に陥ることを示している。海外の資産負債差額はそれほど大きな赤字というわけではないが、家計の資産増を支える重要なコマの1つであることは間違いない。ここが黒字に、つまり日本が債務国になるような事態になってしまうと、後は政府しか残らなくなってしまう。
一方、米国は金額では世界一の赤字であり、GDP比だとその赤字が56.0%に達している。冒頭で紹介した政府負債の状況は日本よりマシだったが、この切り口で見ると米国は日本よりずっとヤバい。個人的には政府負債だけでなく、こちらのリスクにも目を配った方がよさそうに思える。
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