ローマ後

 ちょっと面白い話があったので見ておこう。Geography and State Fragmentationという論文で、おそらくプレプリントと思われるものがこちらのPDFで読める。もっと短時間で内容の要旨を確認したいのであれば、筆者の一連のツイートを見るのが早い。
 ツイートによると、この論文は「なぜ世界でも最も豊かな地域(欧州)は歴史的に古い国境を数多く持っており、またその国境はなぜ特定の地理的環境にあるのか」という問題意識から書かれたものだそうだ。この問題を調べるために筆者たちはまず欧州とその周辺をいくつもの小さなセルに分けたという。それぞれのセルは経度と緯度が各0.5度(およそ1辺55.5キロの正方形)で、西暦1500年から2000年までにどのセルに国境線が含まれていたかを調べた。
 その結果、国境線が置かれた地域は一般的に地形が険しいか、山がちか、河川があるか、あるいは降水量の多い地域であるとの特徴が見つかったという。一方、この地域の経済活動を示す指標として夜間の光量の多さ及び人口密度を取り上げ、こうした豊かさは安定的な国境に囲まれた地域の方が高いことも調べている。といっても豊かさは国境そのものがあるセルよりも、そこから離れたセルの方が高い。
 安定的な国境に囲まれた地域は、いわば安定的に隣国と競争していた地域とも考えられる。こうした現象について筆者はツイートの中で「国家競争は長期の発展に利するが、これらの利益は国家の辺境[つまり国境付近]よりも中央に発生する」と説明している。
 論文が分析対象としているのは欧州とその周辺だけだ。つまるところこの論文は、欧州が競争をしていたからこそ、彼らが世界の中で突出した存在になったという説を、いろいろなデータで説明しようとしたものなのだろう。もちろんここで示されているのは主に相関であり、どこまで因果を説明しきれているかは私には判断がつかないし、また欧州以外の地域ではどうなのかといった疑問も浮かぶ。それでも興味深い論文であることに違いはない。

 これを見て思い出したのが、Walter ScheidelがThe Great Levelerの後に書いた、Escape from Romeという本だ。きちんと読んだわけではないが、こちらのPDFには簡単にまとめられた概要が載っている。これが実に興味深い。
 Scheidelの主張は副題の部分、The Failure of Empire and the Road to Prosperityに現れている。彼によれば、ローマが滅んだからこそ欧州はやがて世界を支配するほどの豊かさを手に入れるに至ったことになる。そもそも欧州以外は一度帝国が滅んだ後に二度と帝国が現れない、といった歴史経過をたどっていない。中国はくり返し帝国が生まれた地域だし、南アジアや中東、北アフリカのみならず、中米や南米においても、帝国は複数回勃興しているのが当たり前である。でもローマは違っており、一度崩壊した後には二度と欧州の広大な地域を支配する帝国が生まれなかった。
 分断されていたからこそ欧州が発展したという話は、上で紹介した論文もそうだし、あるいは以前に取り上げたHoffmanのトーナメントモデルのように、多くの論者が主張している。Andradeも、中国が分断されていた宋戦国時代こそ火薬兵器の発展をもたらしたとの見方を示している。競争は不安定さと直結しているが、一方で安定した社会より大きな発展が見込めるという利点を持っていることも否定できず、そしてそうしたメリットをローマ崩壊後の長期にわたって享受したのが欧州だったわけだ。
 なぜ欧州は他の地域と異なり、「帝国の逆襲」を退けてきたのだろうか。Scheidelは中国と比較しながらいろいろな理由を挙げているが、究極的には「社会政治的発展に影響する地理的かつ生態学的な条件」に由来しているそうで、特に帝国形成において決定的だったのはユーラシアのステップ地帯への暴露度合いなのだという。Chaseの議論を火薬以外に拡大したような、Liebermanの説を近代以降とつなげたような、そしてTurchinらが行ったシミュレーションをもっと大きな国家に絞って調べなおしたような議論だ。
 Scheidelによればそもそもローマ帝国の成立自体が例外的な出来事であり、その崩壊後に新たな帝国ができなかったのがむしろ普通だったのだという。この辺りは私自身もHoffmanの議論を踏まえて欧州で次の帝国ができる可能性がどのくらいあるのかを想定してみたことがあるが、「ステップが遠すぎる」ために帝国の再構築は結構難しそうだと感じた。Scheidelはローマ崩壊後に欧州統一の可能性があったかもしれない7つのケース(東ローマ帝国の西方への拡大、アラブの拡大、フランク王国、神聖ローマ帝国の発展、モンゴルの侵入、ハプスブルクとオスマン帝国の政策、ルイ14世からナポレオンまでのフランスの政策)を調べたうえで、ローマ後の欧州の分断は長期にわたって安定した現象だとしている。
 そしてScheidelはローマの崩壊を「最初の大分岐」First Great Divergenceと名付けている。中国を右代表として、基本的に帝国が勃興しては崩壊するというサイクルを繰り返す世界全体の「歴史」から、例外として欧州が分岐していった時期、という意味だろう。常に同じ地域に帝国がくり返し現れる中国は世界史の中でも例外ではないかと私は思っていたのだが、Scheidelによればむしろ1回限りの帝国しか生み出さなかった欧州こそが例外になる。最初の大分岐によってローマに代表される「帝国」の支配から逃げ出せたからこそ、今のような豊かさにたどりつけた、というのが彼の見解だ。
 最後にScheidelは、「もしローマ帝国自体がなかったとしたら」という思考実験もしている。地理的、生態学的に帝国が生まれにくい欧州において低い確率ながら偶然に誕生したローマの存在は、では後の欧州に何を残したのだろうか。帝国の不在こそが欧州の「大分岐」をもたらしたのだとしたら、そもそも最初からローマが存在しなかった欧州においても、同じように大分岐はもたらされたのだろうか。彼は結論を出していないが、なかなか面白い問いではある。

 最初に紹介した論文も、Scheidelの最近の本も、いずれも分裂と競争こそが欧州の発展の背景にあると見ている。こうした見方自体は昔からあるもので、例えば初版が1981年に出版されたジョーンズの「ヨーロッパの奇跡」などは、欧州で「諸国家併存体制」が確立され、競争が維持されたことがこの地域の成長につながったと見ている。
 ただジョーンズの時代において、ステップ地帯からの距離は単に「騎馬民族の破壊を免れた」という消極的な意味しか持っていなかったようだ。それに対し、足元ではステップとそこに住む遊牧民がユーラシアの歴史にもたらした影響をより積極的に見ている。そもそもステップとの境界にこそ帝国は成立するものであり、遊牧民と定住農耕民との敵対的な関係が双方の政治体を大きくするという、Turchinの唱えた「鏡の帝国」理論などはその典型だろうし、Scheidelもおそらくそこを重視している。馬の戦争利用が始まった頃から、火薬が戦争にとって重要な意味を持つようになる以前、ユーラシア史はステップを中心に動いていたという理屈だ。
 だとしたら気になるのは、欧州と同じくChaseの唱えたOuter Zoneに入っている日本についてはどう考えればいいのだろうか、という点だ。もちろん日本は小さすぎ、欧州のような諸国家併存体制を敷けるだけの空間的余裕はない。あるいは東南アジアのようにやはりステップから遠く、帝国ではなくいくつかの河川流域単位でしかまとまらなかった地域についてはどうか。これらの地域と、欧州との間にどんな違いがあったのだろうか。
 そうした疑問はあるにせよ、競争が発展につながること、欧州においては分裂と諸国家併存がそのような効果をもたらしたことなどは、おそらく事実だろう。歴史に関する一つの見方として、Scheidelの指摘はやはり面白い。
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