選挙のリスク

 米国で不和の時代が続いている。ウィスコンシン州で再び警官が黒人を射撃する事件が起き、それに対する抗議が行われた際にセミオートのライフルを使って隣の州から来た17歳の少年が2人の人間を殺害し、1人を負傷させた。同じく警官によって黒人が殺害された5月の事件以降、抗議行動とそれに伴う死者が発生していたが、またもやである。
 個別の事件について詳しく立ち入るつもりはないが、そもそも未成年がセミオートのライフルを普通に持ち歩いている時点で、日本的な感覚からすると異常と言うほかない。警官が1年間に1000人単位で人を射殺していることも含め、今回のようなトラブルを巻き起こした大きな要因に銃規制の問題があることはおそらく確かだろう。そもそも銃が出回っていなければ警官が安易に発砲することもなく、その発砲を機に抗議行動や暴動が起こり、そういう場にセミオートのライフルを持った人間がやってくるといった事象も減ることだろう。不和の時代はどの国でも起こり得るが、それがここまで簡単に人命の喪失につながってしまうのは現代アメリカの最大の問題の一つだと思う。
 一方、今回の件はスポーツ界で様々な抗議活動を引き起こした。こちらのまとめによれば、NBAやWNBA、MLBで試合のボイコットが起きているのに加え、NFLでは練習をキャンセルする選手が出たほか、Ravensは対応を求めるステートメントを出した。日本でもテニス選手の抗議があったため、この件が話題になっていた。
 そしてこれらの抗議に対する反応を見る限り、米国ではなお人種差別に対する批判が一定の支持を得ているように見える。例えばNBAのプレイヤーが行った抗議に対する世論調査によると、45%が「強力に支持」、12%が「ある程度支持」しており、「強力に反対」は21%、「ある程度反対」は7%にとどまっていたという。BLMの支持について聞いた事件前の世論調査でも、まだ支持が53%と反対(34%)を上回っていた。
 今年が普通の年なら時間とともに事態が鎮静化することを期待できたかもしれない。だが今年は他ならぬ大統領選の年であり、しかもそこに出馬する現職大統領が極めて毀誉褒貶の激しい人物だ。こういう局面で人種差別や抗議行動に対する発砲といった事態が起きれば、それが有権者の行動に影響を及ぼす可能性がある。実際、Floyd事件前の5月にはバイデンとトランプの支持率の差は5~6%ほどだったが、事件後その差は9%以上まで広がった。足元は7%前後だ
 もちろん人種問題と暴動が大統領選に与える影響は決して一面的ではないだろう。人種差別への批判が現職の逆風になる可能性がある一方、秩序と平穏の方が大切だと思われればそれはトランプにとって追い風になるかもしれない。はっきりしているのは騒ぎが広まり、継続するほど、選挙戦の行方に対するボラティリティが高まること。そして米国内における不和が拡大することだ。

 少し前にTurchinがリツイートしていたのが、この秋の大統領選で何が起きるかについて行われた超党派でのシミュレーションの結果である。こちらの記事によると、今回の選挙では「法廷闘争、結果を巡る対立、路上における暴力的な衝突、さらには憲法上の行き詰まり」まで起きるかなりのリスクがあるのだという。
 特に選挙結果が接戦になった場合、どちらの勝利が宣言されても反対側が異論を唱える可能性は高そうだ。まして今のように国内の分断が激しい場合、結果に納得しない側の支持者がどのような行動に出るかは分からない。というかウィスコンシンの事件を見ても、真っ先切って武器を持ち出したがる連中がいることは間違いないわけで、Turchinの予想するような暴力的事態の到来がかなりの確率であると言われても簡単には否定できそうにない。
 さらにGoldstoneは、このシミュレーションにおいて1860年のような連邦からの離脱というシナリオがあったとの指摘をリツイートしている。もしトランプがオーバルオフィスに留まるつもりなら、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンという西海岸の3州が離脱の脅しをかけてくるというもので、まさに「第二次南北戦争」前夜のような有様になりかねないわけだ。
 もちろん、そんなに安易に内戦やら革命やらに至るとは限らないとの見解もある。Walter Scheidelはそうした意見のようで、彼のツイートを見ると、「豊かさのため大衆の動員はより難しく、内戦はよりありそうにない」との主張に完全に同意。さらに「たまにTurchinのレトリックが、抗議/暴動/騒動/分離主義から革命&内戦へずれていく」ことに異論を述べている。
 だとしてもこの11月の選挙が目先の米国における政治社会上の最大のリスク要因になっていることは否定できない。革命や内戦まで至らずとも、より激しい抗議や暴動による多くの死者の発生といった事態まではあり得なくもないように思う。Turchinが出している定量的予測では2020年からの5年間に100件以上の不安定イベントと、100万人当たり5人以上の死者を予想している。米国の人口は3億3000万人に乗ったところであり、だとすると5年で1650人、1年あたり単純に割れば330人の死者を出すような不安定イベントが起きることになる。
 既に今年の時点でいくつかの暴動による死者が発生している。現時点でその数はまだ2桁にとどまっているが、選挙結果を見て怒り狂った連中が武器を振り回せば、その数が増えないという保証はない。個人的にはこの大統領選をきっかけに起きるかもしれないトラブルこそ、NFLのシーズンが途中で終わってしまう最大のリスクではないかと思っているくらいだ。

 ちなみに日本でもトップが交代することになった。とりあえず安定だけはしていた政権が変わるということで、さて日本でも米国ような不安定化が進むのかどうかが気になるところ、なのだが、日本国内の永年サイクルがどうなっているかを調べるため推移を観測していた実質賃金について、統計処理がずさんであったことが昨年判明している。
 永年サイクルを計測する政治ストレス指数(PSI)を見るうえではデータがまず必要なのだが、こんな基本的データで統計不正がまかり通っていたのは残念至極だし、おそらく政治不信という形でSFDの上昇につながっている。こちらの指摘を見る限り、実質賃金は2013-14年に大きく下落し、以後は横ばいだと考えるのがよさそうであり、つまり今なお人口減に伴う大衆の所得増局面は来ていないと見るべきだろう。少なくともMMPの下落につながるような動きには見えない。
 こちらのツイートにある世界銀行のデータを使って2012年から2019年までの日本の1人あたりGDPの推移を調べてみると、通常の計算法でも購買力平価でも8.6%増と低水準の増加にとどまっている。同期間に例えば米国の購買力平価でみた1人当たりGDPが12.2%増えているのに比べても冴えない数字だ。やはりMMPが下がっているとは考え難い。
 今回のトップ交代でエリート内競争が激化すれば、EMPも上昇に向かう可能性がある。もしそうなれば、米国の事態を「対岸の火事」と言っていられなくなるかもしれない。
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