Turchin本 上

 いやーやっぱりTurchinはおもろいわ。今まで手を出しそびれていたAges of Discordをようやく読んだのだが、比較的最初の方から過激思想の広まりについて感染症の流行を示すSIRモデルで説明するという、大変に笑える取り組みを提示している。いやそりゃ確かに昭和の頃には若者が反体制思想にかぶれた時に「はしかにかかるようなもの」と揶揄することがあったが、まさか本気で左右双方の過激思想を感染症扱いしたモデルが成立するとはね。説明しているうちにTurchinも面倒になったのか、途中から「過激思想への『感染』」といった具合に疫学用語のまま話を進めている有様だ。
 SIRモデルは全人口を「感受性保持者」つまり未感染の人間と「感染者」及び「免疫保持者」に分け、それぞれの数が時間とともにどのように推移するかを示した方程式だ。Turchinはこれを利用し、まだ特定の思想に嵌っていない人間をナイーブ、過激思想に「感染」した人間をラディカル、過激思想に幻滅してそれに反対するようになった人間を穏健派とし、SIRモデルを当てはめてその推移を調べている。
 通常のSIRモデルと異なるのは、モデルの対象となる全人口が常に入れ替わることだ。最も高齢の人間は引退するなり死去するなりしてモデルから消え、代わりに大人になったばかりの若者がモデルに入ってくる。新規に入ってきた連中は全員ナイーブであり、その時点ではまだラディカルにはなっていない。またいったんラディカルを経由しないと過激思想に対する免疫を保持する穏健派にはならない。
 パラメーターの設定次第でこのモデルによるダイナミズムは色々と変わってくるが、この方法で上手く説明できるのはTurchinがSecular Cyclesなどで提示しているfathers-and-sons cycleだ。以前こちらのエントリーで、50年ごとのfathers-and-sons cycleはTurchinの理論の中でも二次的なものだと指摘したが、もしかしたら単に世代で区切った議論は雑に過ぎると本人も思っていたのかもしれない。SIRモデルを使うことでより精緻な理論化を図ろうとしたようだ。
 事実、この方法だと「父と息子」という大雑把な説明よりきちんとした議論ができるようだ。パラメーターの設定次第で、例えばモデルの40年目と90年目にラディカルの数をピークに持っていくことができるし、さらにパラメーターを変えれば50年ごとではなく、例えば55年ごとや60年ごとにピークが来るような結果も導き出せる。彼の唱える2種類のサイクルのうち、かなり精緻に考えられている永年サイクルに比べて中身が緩かった「父と息子」サイクルだが、この本では従来よりもその部分が強化されている。
 何よりTurchinにとっては「1820年のスパイクの不在」がこのモデルで説明できるのが大きい。彼がよく持ち出すものとして米国における不安定イベントのグラフがあるのだが、そこにはそれぞれ1970年、1920年、1870年前後に件数が突出した部分(スパイク)が見て取れる。これがfathers-and-sons cycleの証拠とされているのだが、その前の1820年前後にはそれらしい突出が見当たらない。
 だがSIRモデルを使い、色々とパラメーターを変えてみると、サイクルが長くなったり短くなったりするだけでなく、サイクル自体が消えてなくなるケースもあったそうだ(p50-51)。1820年代は永年サイクルにおいても最も条件のいい「好感情の時代」だったそうで、それがスパイクを消すようなパラメーターの変化をもたらした可能性もある、という理屈だろう。さらに50年遡った1770年前後は、データは存在しないが米独立戦争というこれまた大きな不安定イベントが存在した。
 モデルの論拠になっているデータは米国のものだけではない。古代ローマや中世から近代にかけてのフランスにおける不安定イベントの数値を分析し、どちらもおよそ300年ごとに生じるピーク(永年サイクル)以外に、ローマの場合は50年ごと、フランスの場合は67年ごとに起きている短いサイクルの存在も指摘している。また中世から近代にかけてのイングランドのデータも同様に分析。そのうえで永年サイクルと「父と息子」サイクルの両方が働く場合のモデルも作り、パラメーターの変化によって実際の歴史と似たような形状を作り出せることを示している(p56)。
 このSIRモデルとfathers-and-sons cycleに絡む彼の説明は、Turchinの議論の進め方を示す一つの好例と言えるかもしれない。まずデータの中にあるパターンを指摘し(2~3世紀単位の長いサイクル以外に50年程度で回るサイクルの存在を示す)、そのパターンを再現するようなモデルを構築(SIRを使ってラディカルが50年前後の期間で増減するモデルを作成)、そのうえで今度はモデルから現実を説明する(SIRを使って1820年のスパイク不在を説明)。いわばデータだけで説明できない部分にモデルを適用することで、自分の議論を進めるためのツールとして使っている格好だ。

 実はこういったモデルの使い方は、Ages of DiscordにおけるTurchinの議論においてかなりクリティカルな部分を占めている。この本における彼の主要な主張は、米国の歴史にStructural-Demographic Theoryが適用できること、及びその理論からは「騒然たる2020年代」の到来が予測できるということにある。そして特に後半の議論を裏付けるために使われるのが、Goldstoneの編み出した政治ストレス指数Political Stress Indicatorだ。
 PSIの分析に際してはデータをどう集めるかという課題が付きまとう。GoldstoneはRevolution and Rebellion in the Early Modern Worldの中で、国家財政難(State Fiscal Distress)を計算するために政府の財政対策の状況を楽な段階から厳しいところまで5段階に分類するという大雑把な対応を取ったし、また潜在エリート動員力(Elite Mobilization Potential)ならぬエリート流動性/競争(Elite Mobility/Competition)では大学への入学者数を指標に使った。歴史的なデータの収集には色々と困難が伴うだけに、それをどう克服するかはこの手の研究をするうえで避けられないハードルだろう。
 Turchinはこの手のデータ集めにはかなり高い能力を発揮しているし、この本でもその力はいかんなく発揮されている。イェール大ロースクールの授業料、建国の偉人たちの名前を付けた地名の存在など、よくそんなデータを見つけたなと感心するような事例は、Ages of Discordの中にも多数ある。だが、それでも全てのデータを集めきれているわけではない。そういう時にデータではなくモデルからの推測値を使う、という方法でTurchinはハードルを越えようとしている。
 特にその手法が必要とされているのがPSIの中でもEMPの算出部分だ。Turchinはこの本の中で南北戦争前と足元におけるPSIをそれぞれ算出しているのだが、どちらにおいても基本的にEMPの数値は実測データではなく、モデルから計算している。EMPは最終的なPSIに与える影響が大きいだけに、そこの部分が実際のデータではなくモデルに依拠しているのは、ある意味で懸念材料と言える。
 もちろんTurchinは、モデルが出した数値を改めてデータで裏付けようとする努力はしている。南北戦争前のEMP自体は実測値ではなく推測値であるが、その推測値に基づいて算出したPSIが不安定イベントの推移と平仄を合わせていることは確認しているし、足元の計算においてはEMPの構成要素であるエリート人口割合が約3倍に拡大したというモデルの計算を示したうえで、一定額以上の財産を持つ世帯の割合が2~4倍に膨れ上がっていることも示し、モデルと現実との整合性を示そうとしている。
 だがそれでも、Turchinが完全にデータに基づいた議論のみをしていない部分については疑惑を抱く人もいるだろう。もしかしたら彼は自説に都合のいいモデルを持ち出し、上手いデータのチェリーピックができなかった部分をそのモデルで穴埋めしているのではないか、という疑惑だ。実際にはこの本の中で彼が揃えた実測データだけでもかなりの量にのぼるため、それらをまとめて否定するのは難しいところはある。ベイズ推定で言えば、論拠となるデータが増えるほど確からしさも増すわけで、だからTurchinが一部の論証にデータではなくモデルを使っていても、何となく納得させられてしまう面もある。
 こちらのblogの筆者はTurchinの主張にかなり懐疑的で、彼が示したいくつかのデータについて元資料に当たって事実かどうかを確認しようとしたそうだ。ただ明白な間違いと言えるものは見つけられず、またそれまで経済学的に常識だと思っていた「移民は経済にプラス」という説について、多くの専門家が「米国の非熟練労働者にとって移民はマイナス」と考えていることを知って驚いたという話もしている。猜疑心を持って細かくツッコミどころを探したが、決定的な部分がほとんど見つけられなかった様子が窺える。
 ある説について妄信せず、常に客観的なツッコミどころを探る姿勢は、学問の世界では常に必要だろう。Turchinの見解についてもデータの妥当性は絶えず再評価すべきだし、彼が示した定量的な予測などを使い、その説が実際の結果と整合性が取れるかどうかを確認しなければならない。学問の世界では。
 でもこの本を読む分にはそこまで深く考えず、Turchinの繰り出すデータを面白がって読むだけでも十分に元は取れると思う。ペーパーバックは高いがKindleのUnlimited会員は無料で、そうでなくてもKindleなら新書並みの価格で読めるのだから、むしろ買わない方が損だろう。英語だけどな。
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