エリート内競争の是非

 Peter Turchinが2020年の政治的暴力についてプレプリントをまとめていることはこちらで紹介した。そこでは彼が計算した政治ストレス指数Political Stress Indicatorについても述べたが、同じようにこのプレプリントのデータについて記しているblogがあった。How One Man Predicted 2020's Insanityというエントリーがそれだ。
 最初はTurchinの主張を簡単に紹介しているのだが、その中に1ヶ所、気になるところがある。2010年にTurchinがNatureに書いた文章からの引用に際し、なぜか「米国では50年ごとに起きる不安定さの急進が1870年、1920年及び1970年前後に生じており、次のものは2020年前後に来るはずである」という部分を取り上げている点だ。実はTurchinの議論について、この「50年ごとの騒乱」という切り口で紹介している記事が最近は多い。
 例えば以前に紹介したTimeの記事がそうだ。Turchinをノストラダムスと呼んでいるDaily Mailの記事はもっと酷く、実質賃金の低下などの永年サイクルが50年ごとに来るかのような書き方をしている。こちらの記事も、あるいはこちらの記事も、Turchinによる最大の発見が50年ごとのfathers-and-sons cycleであるかのような書き方をしている。
 もちろん真っ当な紹介をしている記事もある。A decade ago, this scientist predicted 2020 would bring 'peak' chaos to the U.S.は50年ごとの短いサイクルと、2~3世紀にわたる長いサイクルがあると書いているし、Mathematician predicted violent upheaval in 2020 all the way back in 2012という記事でも、同じく2種類のサイクルに触れている。
 どうも英語圏のデジタルメディアは、50年ごとのサイクルの方が読者に分かりやすいと考えているように思える。だがTurchinの主張をきちんと伝えるのであれば、まずは2~3世紀にわたる永年サイクルについて説明すべき。彼が詳細にデータを調べているのはこの永年サイクルの方であり、fathers-and-sons cycleはあくまで永年サイクルという理論の中に含まれる主張の1つにすぎない。聞き手は必ずしも語り手の思い通りに話を受け取らないものだが、その実例がはしなくも露呈した格好だ。
 話がずれたので最初のblogのエントリーに戻ろう。このblogはTurchinの議論を間違って紹介しているにもかかわらず、彼のプレプリントについて触れた段階でなぜか永年サイクルのPSIに注目している。永年サイクルは50年よりもずっと長いタームでサイクルを描くものであり、実際に掲載されているPSIのグラフを見ても1970年頃の水準は低位安定している。blogの筆者はグラフを書いた時点で自分の文章に疑問を持たなかったのだろうか。
 しかし、その後でこのblog筆者が取り組んでいるデータの分析はいい。いやその、この筆者が「Turchinが使ったインプット一覧」に載せているものについては少し、というかEMP関連のデータが見当たらないのはなぜだろうかというかなり大きな疑問があるのだが、それでもその後に出てくるAIを使った取り組みは興味深い。PSIが何に影響を受けるかという分析を行ったそうで、トップに出てくるのがエリート人口割合、次が政府への不信、そして3番目がε、つまり相対エリート収入となっている。
 つまりTurchinの議論に従うのなら、政治的なストレスは何よりエリート過剰生産と、それに伴う彼らの収入へのインパクトによってもたらされるのだ。エリート内競争とPSIとの相関はr自乗が0.94と極めて高い数値を示している。それに加えて政府に対する不信も大きな影響を及ぼすわけで、現在の米国の状況は確かにこの分析と平仄があっているように見える。逆に大衆関連のデータは、最も影響度の大きい相対賃金ですら相対エリート収入の3分の1しか影響していない。大衆は政治社会的混乱に際しては徹底して脇役にすぎない、ということだろうか。

 足元でエリートの対立が強まっている要因としては、Milanovicの分析も興味深い。彼はオバマ政権とトランプ政権の最初の2年間における世帯別の実質所得の成長度をグラフにしている。リーマン・ショック直後の時期を含むオバマ政権の方が全体の水準が低いのは仕方がないが、その形状は実に対照的だ。オバマ政権では所得中間層(特に上位の)が相対的に恵まれていたのに対し、トランプ政権では所得最上位と最下位が大きな成長を遂げている。
 オバマ政権の最後の2年とトランプ政権の最初の2年を比較したグラフもある。最上位が伸びているのは両政権とも同じだが、最下位と中間層は実に対照的だ。ざっくり言うならオバマ政権で利益を得たのはトップ10%に相当する専門家層であり、トランプ政権になるとトップ1%のビジネスエリートが大きな恩恵にあずかったと言えるわけで、まさにバラモン左翼対商人右翼の構図そのものだ。
 そうなるといよいよもってエリートの過剰生産を終わらせ、エリート内競争を収めることが急務になっている、ように見える。こちらの一連のツイートでも、エリートの数を抑制することで「次世代のエリートたちの期待値を抑える」ことが必要だとしている。マクロに見ればおそらくそういう理屈になるのだろう。
 しかしこれに対しては真っ当な反論もある。こちらのツイートでは、エリート過剰生産対策として「メリトクラシーと社会的な流動性向上に集中するよりも、エリートたちの公徳心を、ひいてはその正当性を高めさせる」方に議論が進んでいることに異論を呈している。それはより安定した、階層的な階級社会を取り戻そうとする口実ではないか、というわけだ。
 つまり既存エリートが変化を拒む手段として、エリート過剰生産という理論が使われているという懸念である。確かに、上に紹介した「次世代エリートの期待値を下げる」方策は、結果的に既得権益、既得エリートを守るという効果をもたらす可能性は十分にある。以前、メリトクラシーに疲れたエリートたちの話を紹介したことがあるが、その最後で競争にうんざりしたエリートたちがアリストクラシーへ傾く可能性はないのかとの見方を出した。同じ問題意識の持ち主が他にも存在するわけだ。
 エリート過剰生産は社会に混乱をもたらす。だがエリートの競争を抑制することは、社会的流動性や実績主義といった「社会にとっていいこと」とされる現象を減らすことにつながりかねない。これもまた一種のトロッコ問題、だろうか。

 それにしても所得最下層にとってはオバマ政権よりもトランプ政権こそが実益をもたらしているというMilanovicの分析は面白い。トランプ政権は以前の共和党に比べるとより大衆に近い発想で動いている政権だと思うが、その政策が実際にどうやって所得の低い層に成長をもたらしているのかについては誰かに分析してもらいたいところだ。もしかしたらコロナ対策より経済重視というトランプの姿勢も、リモートワークが困難な職種が多い低所得者層にとっては具体的なプラスをもたらす対応になっているのかもしれない。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント