構造人口理論の歴史

 以前こちらのエントリーで、ナポレオン戦争時代の仏語及び英語を自動翻訳にかけた事例を紹介した。そこで使用したのは最近精度が増していると言われているGoogle翻訳だったが、そのGoogle翻訳より精度がいいとの声もあるのが、DeepL翻訳だ。
 どの程度のものなのか。前に使った仏語及び英語をそのままDeepL翻訳にかけてみたところ、まず仏語からの直訳が「勝利は、突拍子もない速さで行進し、国旗を掲げた鷲は、鐘楼から鐘楼、ノートルダム寺院の塔へと飛んでいきます」に、英語からの翻訳は「勝利はチャージステップで行進し、国旗を掲げた鷲は、尖塔から尖塔へ、さらにはノートルダム寺院の塔へと飛翔する」となった。どちらも「国旗」を上手く翻訳できている点でGoogle翻訳を上回ったと言えなくはないが、仏語のpas de charge「駆け足」が「突拍子もない速さ」になっているのは笑いどころだろうか。
 というわけでDeepLにも問題がないわけではないのだが、それにしてもGoogle翻訳も含め、昔に比べればかなり素晴らしい翻訳になっていることは確かだろう。実際、これらの自動翻訳でどのくらい意味を把握できるか、それなりに長い文章で試してみたのだが、英語の原文を読み直さなくても理解できる部分がかなりあった。
 具体的に使用したのは、Cliodynamicsに掲載されたJack GoldstoneのDemographic Structural Theory: 25 Years Onという文章だ。参考文献を除いて25ページほどの文章であり、それほど長いわけではないが、それでも日本語で読むのと英語で読むのでは時間も労力も違う。精度の高い日本語訳が簡単に手に入るのであれば、そちらを読む方が楽だ。さらに労力を減らすために使ったのがShaperというページ。pdfをコピペした際の不要な改行をなくすサイトで、ここを経由して自動翻訳にかけると手間がさらに減るわけだ。
 やってみたうえでの感想だが、全体としてはDeepL翻訳の方がGoogle翻訳より精度が高い事例が多かったように思う。ただし文章によってはDeepL翻訳よりGoogle翻訳の方が正確に訳していた例もあった。また、DeepL翻訳でよく見かけたのが、翻訳が難しい場合に1センテンス丸ごと無視するというケース。昔のGoogle翻訳でもよく見たが、最近は減っているこの現象が、DeepL翻訳ではまだ高い頻度で発生しているように感じる。
 この文章は学者の書いたエッセイのようなものであり、文体としては論理立った比較的堅苦しいものが並んでいる。実際、自動翻訳でかなり柔らかい日本語が出てきたのは1ヶ所だけ(charlatanがチャラ男と翻訳されていた)。小説のような、もっとくだけた文体になると、どのくらいの精度で翻訳されるかはまだ分からない。論理を追うことが中心となるような文章を読む際には、色々と助けになるかもしれない。

 Jack GoldstoneはPeter Turchinが取り上げている構造人口理論Structural-Demographic Theoryの生みの親だ。彼が1991年に記したRevolution and Rebellion in the Early Modern Worldが、SDTについて最初にまとまって書かれた本である。
 Goldstoneの書いたエッセイの前半はこのSDTの誕生について触れたものであり、後半は足元におけるその展開について述べている。特に前半は愛憎が交差する文章が並んでおり、ある意味面白い。Goldstoneがこの考えに至るうえで世話になった多くの学者に対する感謝の言葉が並べられる一方、彼のアイデアを受け入れることに対して消極的だった学界に対する恨み節のような言い回しもあり、なかなかに苦労してきた様子が窺える。
 元々彼は物理学を目指したそうだが、一緒に学ぶ学生を見て自分ではこいつらに勝てないと思ったようだ。そこで社会学に転じ、革命をテーマに研究を進めようとした。当時はまだ1970年前後をピークとしたfathers-and-sons cycleによる社会不安が残っていた時代で、革命研究が盛り上がっていたという。その中でGoldstoneは人口学に触れる機会があり、人口の推移が革命や社会的な動乱に影響を与えているのではないかとの考えに思い至ったそうだ。
 だが彼は、革命の原因を巡る当時の議論が「新マルクス主義者vs文化的アプローチ」という構図にがっちり嵌め込まれていたことに気づいていなかった。前者はグローバルな経済競争にばかり注目し、後者は文化的な側面を重視して物理的な原因を追究するのは古い考えだと思っていたという。国内の人口動態に注目したGoldstoneの考えはいったんは指導教官に否定された。最終的にはどうにか博士論文をこのテーマで書くことが認められたが、以後もSDTに関する研究は茨の道が続くことになる。
 博士論文は通してもらったが、それを出版しようとすると最初はリジェクトされた。続いて複数の国における革命や反乱について比較研究した論文の掲載を試みると、これまた最初は速攻でリジェクトされた。いずれも再チャレンジを行って何とか出版にこぎつけてはいるが、最終的にSDTをまとめた本を出そうとした時も同じように拒絶された。当時の歴史学は今より「欧州中心」だったそうで、英国とオスマン帝国の例を並べて比較するだけで拒否反応があったんだそうだ。
 それでも彼は別の出版先を探し、予定していた副題を削られるなど色々と苦労しながら、ようやく1991年に上記の本を出版できた。この本は社会学の世界では歓迎され、賞も受けたが、歴史学者には酷評された。当時は「歴史の終わり」がブームになっていた時であり、同時に「革命の時代も終わった」という空気が広がっていた。ソ連の解体などの社会変動は革命とは別物であり、今後は比較的平和裏にリベラルな民主主義への移行が進むようになる、と思われていた。
 結局GoldstoneもいったんはSDTを横に置き、それ以外の研究に力を入れるようになる。SDTという理論は広まることなく消え去っていくかに見えた。だが2000年以降にはこの理論が再び注目されるようになった。おそらくIT化の進展に伴う統計的手法の広まりが、例えばスポーツの世界でSABRmetricsとして花開いたように、この分野にも及んできたためではないかと思う。Turchinも00年代からこの手法を使い始めている。
 SDTの復権がよりはっきりしてきたのは2010年頃からだと、Goldstoneは述べている。アラブの春をきっかけに再び革命と呼ばれそうな動きが広まってきたことが背景にあり、しかもそうした社会的動揺は途上国だけでなく先進国でも見られるようになった。1991年の本の中で既に米国が今後、不安定な時代に入ると予想していたGoldstoneにとっては、想定通りの事態だったはず。彼の文章からも、I told you soという声が聞こえてくるかのようだ。

 エッセイの後半は、彼が寄稿したCliodynamicsに掲載されている他の論文やTurchinのAges of Discordなど、足元でのSDT研究についての紹介に費やされている。Turchinの本については、1800年から最近に至るまでのデータを1つのグラフにまとめた部分などを評価している。
 またGoldstone自身の解釈に対して異論を唱えた論文についても高く評価している。19世紀前半に欧州各地で社会不安が高まっていたのに、英国だけは途中から政治的に落ち着いていった理由について、Goldstoneは産業革命で先行していた英国が増える人口を吸収できるだけの経済力を身につけられたことが背景にあると理解していたそうだ。
 それに対し、Explaining British Political Stability After 1832という論文では、19世紀に英国から大量の移民が世界各地に流れ出したことを重視している。北米や豪州などに向けた移民は1815年にナポレオン戦争が終わった後から急増しており、その大半が英国からの移民だっが。欧州大陸諸国の移民が増え始めたのは19世紀も後半になってからだという(p215-216)。Goldstoneはこの論文を基に、大英帝国の植民地は経済的にはあまり利益を生まなかったが、社会的政治的な安定には大きな役割を果たしていたのではないかと指摘している。
 Goldstoneは他にも20世紀に入ってからの英国の政治ストレス指数(PSI)についての研究などにも触れている。自分が見出した手法が広く使われるようになったことはさぞやうれしいだろう。
 というわけで現在、彼のRevolution and Rebellion in the Early Modern Worldを読んでいるところ。長い本なので時間がかかりそうだが、読み終わったら何か書く、かもしれない。
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